未来像共有し独自の長期戦略を


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(産経新聞「正論」からの転載:2019年5月27日付)

 元号という制度を今も維持しているのは日本だけだという。元号と西暦とが入り交じることを面倒に感じることも多いが、数十年という間隔で時代を区切ることのメリットもある。長期的な社会変革にはそれくらい先を見据えたビジョンが必要であるし、過去の政策評価はある程度時間がたたないと正当にできない場合も多い。

数十年先見据え環境変化対応

 こうしたタイミングを計ったわけではないだろうが、大型連休直前にわが国の低炭素化に向けた長期的な戦略の案が示された。2050(令和32)年あるいは今世紀後半という数十年先を見据えた戦略を提出することは、温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定に参加するすべての国の義務だ。

 1997(平成9)年に採択された京都議定書は5年程度の短期での削減目標達成を義務付ける仕組みであり、長期的なイノベーションに向けたインセンティブを付与できなかった。その反省を踏まえ、パリ協定は各国に長期ビジョンの提出を求めているのである。

 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」と名付けられた戦略案に対してメディアや有識者からは、2050年80%削減では不十分であるとして引き上げを求める意見やイノベーションに過度に依存し達成が危ういとする声、温暖化対策を原子力復権の言い訳にすべきではないといったさまざまな批判が寄せられている。

 筆者もこの長期戦略が特に出来が良いとは思っていない。例えば冒頭部分で昨年の台風や豪雨による死者の数が紹介され、気候変動対策が喫緊の課題であるとの結論が導き出されているが、昨年の災害が気候変動に起因すると断定するような書き方には感心しない。

 気候変動と個々の災害との因果関係はどれだけ科学的な検証を行っても否定も肯定もできるものではなく、予防的に行動すべきことは否定しない。だが、安易に気候変動と結びつけてしまえば、国土利用計画や治水対策に欠陥がなかったかという真摯な検証の必要性をかき消してしまう。気候変動対策はイメージで語られがちだが、科学的に不確実性が高く、CO2排出削減策と適応策のバランスも重要だ。政府の戦略が冒頭から特定の自然災害と温暖化を直結していることには懸念を覚える。

諸外国と比べ3つの特徴

 しかし戦略をどうブラッシュアップするかはさほど重要ではない。今後の社会変革のドライブが低炭素化であるというビジョンを共有することが重要なのだ。この大変革は未曽有のチャレンジを伴うものであるから精緻な計画などできるはずもなく、試行錯誤を重ねて適宜修正していけばよい。

 その上で諸外国の戦略案と比較して読むと、日本の戦略には3つの特徴がある。1つ目は多様なイノベーションについてコスト目標を含めて記述したことだ。イノベーションとは、新たな技術を生み出すことではない。今ある技術を圧倒的に安価に、あるいは利便性を高めて自律的な普及を図ることがカギとなる。各国の戦略でもイノベーションの必要性は強調されているが、技術の社会実装に向けて具体的なコスト目標に踏み込んだ点は評価できるだろう。

 さらに、石炭発電の高効率化や次世代原子力など、あらゆる技術を取り上げたことも評価すべきだろう。わが国のエネルギー政策上石炭も原子力もすぐに手放すことは現実的ではない。加えてエネルギー需要が急増する新興国・途上国ではこれらの技術へのニーズはより強い。世界の低炭素化に貢献するためあらゆる技術のイノベーションを模索すべきだ。

先例示し世界に発信を

 2点目は実効的なCO2削減につながる評価方法の確立に踏み込んだ点である。例えば電気自動車をCO2排出ゼロと考える国もあるが、発電の段階でCO2を大量に排出すれば意味はない。諸外国が電気自動車の優遇制度を導入する理由は複数あるが、自動車規制とエネルギー政策を両にらみで考える複雑さを避けているというのも一つだ。

 しかし実効的な削減につなげるには、ガソリンや電気などを製造する過程まで含めて評価すべきというわが国の自動車戦略における主張は正当だ。運輸部門に限らず「何がグリーンか」の評価はまだ未成熟であり、議論の必要性を世界に発信し続けるべきだろう。

 最後はSociety5.0というコンセプトだ。地域・社会の課題を超えた未来の社会像であり、わが国なりのSDGs(持続可能な開発目標)と言っても良いものだ。わが国が直面する課題は気候変動だけではない。急速な人口減少・過疎化、高齢化など課題山積だ。しかし大量のデータやデジタル技術の活用によって気候変動対策を含むこうした課題が解決できれば、先進諸国だけでなく数十年後には急速な人口減少局面に突入する中国などにも先例を示すことになるだろう。

 道のりは容易ではない。改元を機に未来の社会像を共有し、実現に向けた一歩が踏み出されることを期待したい。