再エネで脱炭素化は幻想である

第2部 エネルギー革命は物理法則を超えられない(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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前回:再エネで脱炭素化は幻想である 第2部 エネルギー革命は物理法則を超えられない(その1)

エネルギーにムーアの法則は当てはまらない

 こうした技術的限界について指摘すると、再エネによるエネルギー革命を信奉する人たちから、「ブレークスルー技術によって乗り越えられる」と反論されるという。確かにデジタル情報技術革命の世界は、劇的な技術進歩とコストダウンの実例を示している。84年に初めて商業化された携帯電話は1台9000ドルもし、重さは1㎏もあった。今日のスマートフォンは単に安く、軽くなっただけでなく、30年前のIBMメインフレームコンピュータ(1部屋を占める大きさだった)よりはるかに高い性能を持っている。こうした劇的な小型化、低コスト化は、トランジスタ回路の大きさとエネルギー消費が2年ごとに半分に減っていくという、いわゆる「ムーアの法則」に従って実現したものである。実際過去60年間でロジック演算の世界では、効率向上によりエネルギー消費は実に10億分の一に低減しているという。しかし同様の劇的な効率改善が「エネルギー生産」の分野で起きることは、物理学的に見て「ありえない」とMills氏は指摘する。

 もし太陽光発電がムーアの法則に従って進歩してきたら、切手1枚の大きさの太陽電池1つで、エンパイヤステートビル1棟全体のエネルギーを賄うことが出来るようになっていただろう。もし蓄電池がムーアの法則に従っていたら、本1冊の大きさで、かつ3セント足らずのバッテリー1台で、エアバスの総2階建てジェット旅客機A380をアジアに飛ばすことができたはずである。でもこうした物理学はSF小説にしか登場しない空想である。現実の世界では、アジアに旅客機を飛ばす燃料に相当するエネルギーを、電力で貯めるには6千万ドル分のテスラ型バッテリーが必要で、しかもその重さは旅客機自体の重さの5倍になるという。最小のエネルギーで情報を貯め、処理する電子技術の世界と、エネルギーそのものを創出し、物理的に物体を動かしたり、加熱・変形・加工する技術の世界では、従っている物理法則が異なっているというわけである。

 確かに太陽光や風力発電、蓄電池技術は急速に進歩しており、コスト低下も著しいことは同氏も認めている。シリコンバレーの情報技術によって、そうした改善が加速することも間違いないだろう。風力、太陽光、蓄電にかかわるコストは80年代の工業化以降、20年間で10分の1以下に低下している。しかし今後のコスト低減は、限界効用逓減の法則に従って漸進的に進んでいくことになるだろうという。(図7)

 これはあらゆる物理的システムに見られる共通の法則である。技術の初期段階には劇的な効率改善が期待できるが、次第に技術システムは物理学的な限界に近づいてくるため、2桁の改善は期待できなくなるというのである。太陽光発電は、セルに到達する太陽光エネルギー=光子の持つエネルギー以上のエネルギーを生み出せない。風力発電は、風車が受ける風の持つ運動量以上のエネルギーを生み出せない。蓄電池容量は、使われる分子の物理化学的な限界に拘束されている。同様に、化石燃料を使ったエンジンが生み出すエネルギーは、使われる炭化水素のもつ物理化学的エネルギーを超えることはできないのである。

 内燃機関を使ったエンジンの効率限界は、熱力学で言う所の「カルノー限界」によって規定される。カルノー限界は燃料の持つエネルギーと、エンジンの動作温度にとって規定され、理論的には、超高温で作動するエンジンであれば燃料の80%の化学エネルギーを力に変換できる。しかし既存の限界レベルの耐高温材料を使ったエンジンのエネルギー転換効率でも50~60%が限界であり、さらに10倍の効率を達成することは不可能である。

 風力発電の理論限界は「ベッツ限界」によって規定されている。風の持つ力学的エネルギーを風車でとらえる効率の限界は約60%であり、最新の風力発電タワーの効率は既に45%を超えているという。今後、多少の改善の余地はあるかもしれないが、2桁進歩はありえない。

 太陽電池の理論限界は「ショックレー・クエーサー限界」によって規定されている。電池表面に入ってくる光子エネルギーを電子に変換できる理論限界は33%であるが、最新の太陽電池セルの変換効率は既に26%であり、理論限界に近づいているという。つまり、風力も太陽光も、今後は漸進的な改善しか見込めず、更に10倍以上の効率改善は物理的に不可能ということである。漸進的な改善には、例えばスケールメリットを追って巨大な風車タワーを建てるとか、広大な砂漠一面に太陽電池を敷き詰めるといった、エンジニアリングによる一定の改善効果は期待できるが注2)、Mlls氏によれば、そこに使われる資材、鉄やコンクリート、被覆ガラスといった物資は既に大量生産されており、さらなる需要増による追加的なスケールメリットによるコストダウンは期待できないということである。

 蓄電池の世界では、リチウム以外の物理化学特性を持った素材を使うことで、まだ2倍、3倍の改善は期待できるが、それでも10倍や100倍といった劇的な改善は期待薄であるという。バッテリーは、強豪な競争相手、化石燃料(例えば石油)と戦わなければならない。重量1ポンドのあたりに貯められるエネルギーの量を比べると、石油分子のエネルギー密度は、最高効率のリチウムの容量と比べても15倍も大きいという。この石油のもつエネルギーの密度の高さゆえに、今飛んでいる航空機やロケットの燃料は石油=炭化水素由来のエネルギーが使われているのだという。またこれが故に、化石燃料動力の20%効率の改善の方が、バッテリーの200%改善より現実社会では大きな実用価値を生むとしている。

デジタル技術はエネルギーセクターのウーバーを生まない

 デジタル情報革命の世界では、ウーバーのような新技術を使ったサービスにより、運輸関連の資産の共有化(シェアリング)とコスト低減が実現している。同様の技術革新がエネルギーの世界で実現すれば、変動する需要と変動する自然エネルギー供給をマッチングさせ、再エネを含む電力システムのコスト低減が出来るかもしれない。しかし、同氏によれば現実は全く逆の方向に進みそうだということである。運輸部門の電化が進むと、電力システムにおけるピーク管理がより難しくなっていく。これはオフピーク時に自動車の充電を行うように需要側に働きかければ緩和されるが、都合の良い時に給油するという事に慣れた消費者に、行動変革を迫るというチャレンジが発生する。またウーバーのようなカーシェアリングや自動運転技術によって、運輸部門の効率は劇的に改善すると期待する向きも多いが、一方でウーバーによる経済的な効率改善が需要の増加を招き、自動車の利用が増え、都市の渋滞が増えるという実証データもあるということである注3) 。しかも自動運転の実用化は、この傾向をさらに加速する可能性がある。現実の消費者は、エネルギー効率ではなく、経済効率を見て行動しているからである。

 エネルギー効率の改善は、より大きなエネルギー需要をもたらすという「ジェヴォンズのパラドクス」の存在は経済学者に広く知られている。今日の飛行機のエネルギー効率(燃費)は1950年代に実用化された商業用旅客機の3倍のエネルギー効率を達成しているが、同時に航空移動のコストを下げ、航空旅客の急増をもたらし、航空業界のネットの燃料消費は4倍に膨らんでいるという。デジタル情報技術におけるエネルギー効率も劇的に改善しているが、一方でインターネットやコンピュータの普及により世界の情報・通信セクターのエネルギー消費は、石油換算で30億バレル~航空部門のエネルギー消費より大きい~に達成しているということである。

 現実世界におけるエネルギー効率改善の動機は、エネルギー消費から得られる便益のコストを下げることにある。人々やビジネスがより大きな便益を求める限り、「ジェヴォンズのパラドクス」によれば、エネルギーコストの低減はより大きな需要をもたらすことになるという。もちろん特定のサービスやモノに対する需要にはおのずと限界があり、一人あたりの食料消費や、一人一日当たりの移動量、一家庭あたりの冷蔵庫数、照明の数等には限度があるだろう。しかし世界の80億人注4) はそうした限界からまだほど遠いところで生活していると指摘した上で、その中で相対的に貧しい40億人の人々が、一人あたりで先進国の住民が使うエネルギーの15%を使い始めただけで、世界のエネルギー消費に、米国一か国分のエネルギー消費が上乗せされることになるという。また同氏によれば、新たな発明は新たなエネルギー需要をもたらすことにも繋がるという。具体例としてMills氏は、航空機の発明により、機体10億ドルの売り上げに対して、その飛行機の20年間にわたる運行期間に50億ドルの燃料消費をもたらすことになるという。また、同様に世界のどこかに、10億ドルのデータセンターが建設されるたびに、同じ20年間の設備運用期間中に総額70億ドルの電力消費が新たに発生するという試算もあるという注5)

 同氏によれば、技術革新は間違いなく進んでいくが、時として古くて確立した技術が最適な解決策であり、技術革新によって捨て去られない場合もあるという。人類は未だに石も煉瓦もコンクリートといった古典的な技術も使い続けているが、それは、それらが「古い」から使われているのではなく、用途に対して「最適」だから使われ続けているのであるという。グーグルは、再エネを石炭より低コストにすることを目指し、“RE<C”プロジェクトを立ち上げて、優秀なエンジニア達を投入したものの、既に2014年に同プロジェクトは中止されたということである。その際、グーグルのエンジニアの一人は「既存のエネルギー技術の漸進的な改善では不十分で、真に破壊的な技術革新が必要だが、我々は未だ機会を見出していない。」とコメントしたという。彼らは本論考の考察してきたエネルギー転換における物理限界や、規模の現実制約に気付いたのだろう。炭化水素は今のところ、社会が必要とし望んでいる動力を供給するのにまだ最適なエネルギーであり、当面はそうあり続けるものと思われる。

 以上がMills氏が”The New Energy Economy: An Exercise in Magical Thinking”の中で展開した論考の概要である。脱炭素化社会の実現には、太陽光や風力、蓄電池といった現在語られているような「はやりの」再エネ技術ではなく、それらより質的にもコスト的にも、けた違いに優れた、より革新的なエネルギー創出、蓄積技術の開発と実用化が必須になるが、そうした技術はまだ人類は手にしておらず、今のところ「新エネルギー経済」へ移行していく、あるいは移行できるというのは幻想にすぎない、というのが同氏の結論なのである。

 これは同氏が極端に悲観的な見方をしているというわけではない。実際、マイクロソフト社の創業者で、現代のハイテク技術のシンボルであるビル・ゲーツ氏は、2015年のThe Atlantic誌のインタビュー記事“我々にはエネルギーの奇跡が必要だ” 注6) の中で、気候変動問題の解決策を問われ、「太陽電池のコストは化石燃料並みになったと主張する向きもあるが、これは誤解を招く無意味な主張だ。彼らはアリゾナの正午に太陽光のkWhコストが化石燃料より安くなったというが、夜はどうなるのか、太陽のでない日はどうなるのか?・・最大の問題は(自然エネルギーの)間欠性であり・・グリッドスケールの経済的な蓄電技術を手にすることが出来るかどうか、めどは全く立っていない。しかも経済性には10倍以上の開きがある。・・こうした(再エネは化石燃料より安くなったという)主張を読んだ一般大衆は、これがいかに大変なチャレンジかについて、過小評価してしまうことになる。また、(化石エネルギーの)ダイベストメントといった“誤った”解決策や、「簡単に解決できるさ」といった態度は、問題解決に向けた我々の能力の足を引っ張ることになる。真の解決策と偽の解決策を峻別するのは容易ではない。」と、最近の再エネ礼讃の風潮を批判し、「エネルギーの技術転換には情報電子産業とは全く違う長期の時間がかかり・・当面経済的にリターンの期待できない技術開発に辛抱強く資金を投じ続ける必要がある。・・その点政府の役割は大きいが、米国政府は医療分野の研究に投じている300億ドルの研究開発費よりはるかに小さな予算しかエネルギー分野に投じていない。」と懸念を示し、実際自らの個人資金20億ドルを、様々なクリーンエネルギー技術の研究開発に投じているという。ただ、インタビューの最後でゲーツ氏は楽観的なコメントとして、「自分が気候変動問題に楽観的でいられる唯一の理由はイノベーションだ。それは不確実な世界ではあるが、今から10年もすれば誰かが何かを発明し、それがこの問題を解決することになるだろう。・・私はいつの日かインドに電話をかけて、ほら、これがあなたたちの石炭より安いエネルギーですよ。しかも世界の環境にも地域の環境にもベターな・・と言える日が来ることを願っている。もしこれが向こう15年で実現しなかったら・・・少なくとも我々は2℃上昇“実験”をすることになるのだろう。」ということである。
 

注2)
6月7日付日経新聞によれば、中国では太陽電池を両面に着けたパネルで地面からの反射エネルギーを捕捉して、単位面積当たりの発電量を増やすパネルが登場しているというが、この場合確かに面積あたりの発電効率は改善するものの、シリコンセルは倍量必要となり、発電量当たりのコストを半減するといった改善効果は期待できないだろう。
注3)
John Mrkoff, “Urban Planning Guru says riverless Cars Won’t Fix Congestion”, New York Times, Oct.27, 2018
注4)
現状世界人口は75億人と推計されているが、Mills氏は今後の人口増も含めて80億人(8 billion)と記載しているようである。
注5)
“ Data Centers”, U.S.Chamber of Commerce, Technology Engagement center, 2017
注6)
“We need an Energy Mircle”, The Atlantic, Nobember 2015