語られ始めた「エネルギー転換」への懐疑


ジャーナリスト

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 ドイツで福島第1原発事故以来、本格化した脱原発、脱石炭、再生可能エネルギー導入促進を内容とする「エネルギー転換」(ドイツ語でEnergiewende)の現状に関連して、ドイツを代表する週刊誌「シュピーゲル」に、興味深い記事が2週続けて掲載された。
 1つ目は5月4日号のカバーストーリーで、表紙には「Murks in Germany」というタイトルが掲げられている。このMurksという言葉は、おそらく英語とドイツ語の両方の意味を掛けている。英語でmurkとは暗黒のことであり、ドイツ語でMurksとは「ぞんざい(不手際)な仕事」を意味する。表紙の絵は、羽根の折れた風力発電所や送電線が垂れ下がった鉄塔が並び、その元で暗黒になったベルリンの町並みが表現されている。
 「転換」という「ぞんざいな仕事」の結果、ベルリン(ドイツ)が大規模な停電に襲われる恐れがあることを示唆しているのだろう。暗黒とは具体的な停電と言うよりも、「転換」全体の失敗を象徴しているのかも知れない。
 内容をかいつまんで紹介すると、以下のようである。
 福島事故以来8年が経過した。「転換」のためにすでに1600億ユーロ(約20兆円)の巨費を投じ、多くの法律、規制、指針が作られたが、実際に政策を調整し推進する人がいない。メルケル首相にしてからが、このプロジェクトの面倒を見ていないのだ。国民は「転換」に共感していたが、今や高価で混乱し、不公平なものと見なしている。風力発電所や太陽光発電所の建設が止まってしまったのは、送電線、蓄電設備が不足しているためだが、中でも不足しているのは政治的意思と運営能力だ。環境省と経済省の対立が「転換」の前進を妨げてきた。エネルギー省を作らなければ、省庁の間でこの問題はたらい回しにされるだけだ。
 風力や太陽光発電所は作られたが、同時に石炭発電所は稼働している。風力発電所建設は頭打ちで風力発電機メーカーは倒産している。洋上風力発電所建設も予定通り進まない。いくら洋上で発電しても、それを運ぶ送電線がなく、買い取られないのでは意味がないからだ。
 ドイツでは化石燃料発電と再エネ発電という二つのシステムが併存している。前者から後者への移行が遅れれば遅れるほど、コストがかかり不安定性が増すだろう。2022年までの原発全廃が実現し、石炭発電所廃止が進んだ2023年1月、供給の穴が出現し、電力システムは限界にぶつかるかも知れない・・・
 「転換」の問題点、難航を指摘する記事は、すでに福島事故直後からドイツメディアにはしばしば掲載されていた。その主な点は賦課金の高騰、系統安定化のコスト増、高圧送電線の建設停滞などである。多くは保守系ヴェルト紙、高級紙フランクフルターアルゲマイネ、経済紙ハンデルスブラットなどのメディアに掲載された記事だった記憶する。他方、ドイツ政府をはじめ、環境派の民間活動団体(NGO)や研究所は楽観的な見通しを掲げて来たし、世論の大勢は脱原発、再エネ普及によって、安価で環境に優しい理想的な電力需給システムが出来るという夢を抱いていた。
 シュピーゲル誌の記事は、現実主義的な見地から、再エネ導入抑制や原発稼働延長によって「転換」の速度を緩めるのではなく、「転換」の速度を上げることにより今の状況を打開する、という立場に立っている。政府がもっと主導権を発揮し、製造業の効率を高め、電気自動車や水素エネルギー普及を進めるなど「転換ヴァージョン2.0」を進めるべき、という主張である。やはり非常に理想主義的で、その種の理想主義こそが今日の混乱を生んだのではないかと思うのだが、ともあれ、記事は現状の混乱や見通しの不透明さよく表現しており、「エネルギー転換は失敗に瀕している」とはっきりと指摘している。
 理想主義的な雰囲気が続いていた中で、左派リベラル系メディアであるシュピーゲル誌が、極めて悲観的なトーンの「転換」に関する記事を掲載したことは、ドイツ国内の雰囲気の変化を端的に物語っているのではないか。
 2つめの記事は翌週(5月11日号)の「ドイツは(モデルチェンジのために)製造を打ち切られた商品である」という見出しが付いたカバーストーリーで、見出しが示唆するように、ドイツ経済全体が世界経済の激変に対応できず没落するのではないか、という危機感が基調になっている。
 その根拠となるのは、ドイツ経済の屋台骨とも言える自動車産業の現状だ。それは、単にトランプ米大統領によるドイツ車への高関税といった短期的な要因だけに止まらない。ドイツ自動車産業は長い間、ディーゼル車に代わる電気自動車や自動運転などへの巨額の研究開発投資や構造改革を怠ってきた。今や業界には巨額の開発資金がかかる新技術ではなく、手っ取り早く利益を生み出すガソリン車、ディーゼル車生産に戻る動きもある。


ドイツ・ヴォルフスブルクのフォルクスワーゲン工場の生産ライン。
自動車産業はドイツ経済を支える。
(2012年2月、三好範英 撮影)

 ソフトウェア、バイオ技術、人工知能などでもドイツ企業は敗北した。中国はかつてはドイツ企業を模範と見て、大挙してドイツに視察にやってきたが、今やドイツ企業経営者が新しい産業分野を見るために中国に押し寄せる状況だ。ドイツ企業は技術革新を進める勇気を欠いており、このままでは2部リーグの経済に落ち込んでしまう・・・
 こうした危機意識が経済界で共有されているとすれば、経済人の多くがエネルギー転換へ許容度を狭めている、つまり、「今や企業活動の支障になるエネルギー転換どころではない」という感覚を持ち始めているとしても不思議ではない。「転換」への悲観論が広がる最大の要因は、こうした経済界の雰囲気の変化にあると推測するのも無理な見方ではないと思う。
 一般市民の次元でも、次第に「転換」の負の側面が意識され始めたとの世論調査もあるし、そうした感覚をすくい上げて、いわゆる右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が勢力を伸ばしている現実もある。この点についても次回以降、報告したい。