ドイツの脱石炭はポピュリズム拡大の引き金か? 


ジャーナリスト

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 ドイツ政府が設置した諮問委員会「石炭委員会」が2019年1月26日、2038年までにドイツ国内の石炭火力発電の全廃を求める答申を行った。
 温室効果ガス(CO2)の排出量が多い石炭発電は、環境派から地球温暖化の元凶と見なされており、英国は2025年までに、フランスは2021年までに脱石炭を実現することを表明している。
 ただ、ドイツの場合、石炭、褐炭発電は、総発電量の35.3%(石炭12.8%、褐炭22.5%)を占める(2018年暫定値)。再生可能エネルギーの導入が進み、35.2%を占めるまでになったとは言え、石炭発電への依存が低い英仏とは違い、とりわけ褐炭発電への依存度は高い。褐炭は露天掘りの採掘でコストも安く、ドイツは褐炭の世界最大の産出国である。褐炭炭坑や褐炭発電所では2万人以上の人が働き、その廃止は地域経済に多大な影響を与える。こうした事情から、環境先進国を自認するドイツも脱石炭に関しては、はっきりした姿勢を示してこなかった。


出典:エネルギー収支統計協会(AGEB)

 他方、CO2の国際的な削減目標がある。ドイツの場合、2020年までに1990年の排出量比40%の削減目標はすでに放棄されたが、2030年までに55%削減の目標は維持している。
 多方面の利害を調整し、脱石炭政策の方向性を打ち出す必要が生じ、政府は2018年6月に政府、電力業界、産業界、環境団体などの代表28人からなる諮問委員会「石炭委員会」を発足させ、議論を続けてきた。当初は2018年中に答申をまとめる予定だったが、議論はやや長引き、答申がまとまるのは年を越した1月にずれ込んだ。
 合意に至った脱石炭の目標年までの約20年間、産業構造変換のために400億ユーロ(約5兆円)の財政支援が行われることも決まった。その多くが褐炭炭坑や発電所が立地するノルトライン・ヴェストファーレン、ブランデンブルク、ザクセンなどの州に支出されることになる。
 約20年のスケジュールを、環境派は緩慢すぎると主張するが、巨額の財政支援が盛り込まれてもなお、電力業界には早急すぎるという反発がくすぶっている。ただ、合意内容の評価については、すでに色々報道されているし、私にそれらの是非を判断する能力もないのでここでは追わない。
 ただ、大局的に見て確実に起きることは、今後一般国民が負担する膨大なコストの発生だ。脱原発、再生可能エネルギー導入に伴う膨大な費用はすでにドイツ国民が負担しているが、それに脱石炭のための費用が加わった。
 質問内容にも拠るが、各種世論調査を見ると、大体4分の3程度の人が、ある程度時間をかけるのであれば、石炭発電全廃に賛成している。固定価格買い取り制度に基づく再生可能エネルギーの導入で、家庭用電気料金の上昇にまだ歯止めがかからない中で、ドイツ国民の「エネルギー転換」への肯定的な見方は大きく揺らいではいないようだ。ただ、これからさらに電気料金が上がって行くにつれて、ドイツ国民の評価が変化することはないだろうか。
 今、ヨーロッパはポピュリズムの台頭が顕著だ。ポピュリズムには色々な側面があるが、いわば建前優先のエリート層と、本音で語る庶民層との対立が一つの軸となっており、これまで欧州統合、ユーロ導入、移民・難民受け入れがその主要な対立軸となってきた。つまり、欧州統合の理想や人道主義の、いわばきれい事の政治に前に、庶民の多くが、「我々の生活や治安を犠牲にするな」といった感覚を持つようになっているのである。
 フランクフルターアルゲマイネ紙(2019年1月28日電子版)は、ドイツ各都市で施行され始めているディーゼル車の走行規制をめぐり、規制を推進する人々を既成エリート層と見て、ディーゼル車を所有する普通の市民が離反を起こしている、と報じている。フランスで、環境対策を理由とした燃料税引き上げへの反発をきっかけに「黄色いベスト運動」が広がったのも、こうした庶民感覚の証左なのだろう。
 ドイツでエネルギー転換に反対の姿勢を取っているのは、主要政党では右派ポピュリズム政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」だけだが、同党はこれまで移民・難民問題を主な争点として取り上げて来ており、エネルギー政策を理由にAfDに投票している国民はまだ少ない。ただ、石炭発電廃止に伴うコストが上昇すれば、エネルギー転換はエリートのプロジェクトとの意識が広まり、ポピュリズムが支持を広げる論点に浮上するかも知れない。
 褐炭炭坑の立地場所であるブランデンブルクやザクセン州は旧東ドイツ地域にあり、これまでもAfDへの支持が高い。これらの州では今年秋に州議会選挙が行われる。すでにツァイト紙(2019年1月26日付電子版)は、AfDが褐炭炭坑地域の将来への不安を今後の選挙運動のテーマに取り上げるのではないか、との見方を報じている。