COP24に向けた争点


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 5月初め、ボンで開催された気候変動枠組み条約補助機関会合に参加してきた。2015年12月に合意されたパリ協定はそれだけでは機能しない。各国目標の様式、目標年次、プレッジ&レビューやグローバルストックテークの進め方、市場メカニズムのガイドライン等、実施のための詳細ルールが必要となる。いわば法律を実施するためには、それを補完する政令や省令が必要なようなものだ。パリ協定は先進国と途上国の利害が鋭く対立する中で妥協の産物として合意されたが故に、難しい問題の多くが詳細ルール交渉に先送りされた。交渉を長く観察してきたC2ESのエリオット・ディリンジャー氏は「パリ協定では曖昧な部分を先送りできたが、今回は白黒をつけねばならない。米中が協力モードにあり、合意にむけての政治的モメンタムが非常に高かったパリ協定よりも、詳細ルール合意の方が難しいくらいだ」と述べている。

 詳細ルールは本年12月のCOP24(カトヴィツエ)での合意を目指しているが、5月の補助機関会合を見る限り、予断を許さない状況だ。本質的な対立点を鳥観図的に見てみよう。

 第1の対立軸は先進国、途上国の差別化である。パリ協定上、先進国、途上国は同じ条文の下でプレッジ&レビューを受けることとされているが、京都議定書型の二分法にこだわる途上国の合意を得るため、詳細ガイドラインにおいて途上国の国情に応じた柔軟性を認めることとされた。先進国はプレッジ&レビューの手続きを先進国、途上国間で可能な限り共通なものとし、温室効果ガス削減・抑制目標であるNDC(Nationally Determined Contribution)を客観的、数量的にトラック可能なものとすることを重視している。他方、途上国は「途上国の国情に応じた柔軟性」を最大限拡大解釈し、先進国向けと途上国向けにガイドラインを書き分け、制度的に先進国に厳しく途上国に甘いレビュープロセスとすることを主張している。パリ協定に盛り込まれた全員参加型の枠組みに可能な限り二分論を盛り込みたいということだ。ボン会合ではオバマ政権の気候変動特使であったトッド・スターン氏とも会ったが、彼は「一部途上国は時計の針を元に戻そうとしている」と憤慨していた。

 第2の対立軸は資金援助である。途上国はNDCの中に温室効果ガス目標のみならず、途上国への資金援助目標も盛り込み、報告・レビュー対象とすることを求めている。NDCは温室効果ガスの削減・抑制を内容とするパリ協定第4条に基づく概念であり、先進国から見ればNDCに途上国支援目標を入れ込むというのは論外である。これ以外に途上国はあらゆる局面で資金援助拡大を俎上に上げてきている。先進国が野放図な資金援助の拡大に慎重であることは言うまでもない。

 これまでの交渉でも常にそうであったが、2つの対立軸はパッケージ化されている。途上国は資金援助に関する交渉が進まない一方、先進国が重視するプレッジ&レビューの詳細ルール交渉のみが先に進むことを許さない構えでいる。途上国の中でも特にアフリカ諸国、最貧国は資金援助の確保を今次交渉の最大の目標としている。他方、成長著しい中国、インドなどの新興国にとって資金援助ニーズは高くなく、むしろ自分たちの温室効果ガス目標が先進国並みの報告・レビューに付されることを回避することを重視している。このため、先進国にとって受け入れ困難な資金援助要求を突きつけ、レビュー手続きの差別化で先進国の譲歩を引き出したいと考えている。このように途上国の中でも狙いは様々なのだが、先進国に資金援助拡大を要求することでは利害が一致している。

 先進国の中でも共通なプレッジ&レビューを最も重視しているのは米国である。今回の補助機関会合でもプレッジ&レビューのルール作りに十分な時間を割くことを強く主張していた。スターン前特使は「自分がパリ協定交渉で最も重視したのが先進国と途上国の共通のフレームワークであった。仮に詳細ルールに二分法的な考え方が持ち込まれればトランプ政権はもとより民主党が政権復帰しても米国のパリ協定復帰が難しくなる。トランプ大統領はパリ協定離脱表明をしている以上、米国が先進国の先頭に立って交渉をするには限界がある。EUは大事なところで途上国に妥協的になる傾向がある」との懸念を表明していた。

 筆者は今回の米国代表団の動きについては高い関心を持っていた。トランプ大統領はパリ協定離脱を表明したが、米国政府は詳細ルール交渉に引き続き参加している。これはパリ協定残留を主張し、「交渉のテーブルには着いておいた方がよい」というティラーソン前国務長官の方針を反映したものだと思われた。しかし3月にティラーソン国務長官は解任され、後任にはトランプ大統領に近いポンペイオ前CIA長官が就任した。これが詳細ルール交渉への米国参加に何らかの影響を与えるかどうかが注目されたのである。しかしポンペイオ国務長官就任の影響については「Not yet」(ディリンジャー)という状況だ。トランプ政権、就中ポンペイオ国務長官の関心は北朝鮮、イラン等に向いており、気候変動は関心の外である。このため事務レベル交渉への介入もなく、今次交渉では米国代表団は前回と同様の規模、交渉ポジションで詳細ルール交渉に臨んでいた。しかし最終的な詳細ルール合意には各国政治レベルの関与が必要になってくる。その時点でポンペイオ国務長官の関与が生ずるのか、どのようなベクトルの関与となるのかは予断を許さない。

 5月のボン交渉では上述の根源的な対立点について収斂の兆しは一切見えていない。ボンではこれまでの各国の主張を全て盛り込んだインフォーマルノートの若干の整理作業が行われたのみである。9月初めにバンコクで再度交渉が行われるが、その後は12月のCOP24での交渉となる。議長となるエネルギー省のクルティカ副大臣がCOP21時のフランスのファビウス外務大臣のような外交手腕を発揮し、会議を合意に導けるのか、未知数である。

 交渉のモメンタムが失われることを恐れ、誰も表立って口にしないが、2019年に中南米で行われるCOP25に決着が持ち越される可能性も排除できない。パリ協定は2020年から動き出すことを想定しているので、詳細ルールの合意が2019年に持ち越されても何とかなってしまうのである。
 
 COP24の顛末がどうなるか、その結果及び評価については改めて紹介したい。