汎用目的技術の進歩による
地球温暖化問題解決への展望について


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「環境管理」からの転載:2018年3月号)

 情報通信技術(ICT)等の汎用目的技術(GPT)の急速な進歩が、温暖化対策技術のコスト低下をもたらしている。これにより、自動車部門をはじめとした経済活動全般において、大規模な温室効果ガス排出削減が可能になりつつある。温暖化防止政策はこの構造を理解した上で設計しなければならない。必須の要件は、汎用目的技術の進歩を促進し、妨げないことである

1.なぜイノベーションが必要か

 地球温暖化問題を解決するためには、大幅な温室効果ガス排出削減が必要とされている(Clarke et al.,2014)(杉山大志, 2017a)。このためには、エネルギー分野等における様々な技術のイノベーションが欠かせない(van Sluisveld et al., 2015)(Peters et al., 2017)(杉山大志,2017b)。

2.現在起きている急速な技術進歩の本質

 ここ10年ほどの間に、太陽光発電のコストは急速に減少してきた(IEA, 2017)。だが、これは例外的なものではない。急激なコスト減少は、蓄電池(Nykvist &Nilsson, 2015)、車載用燃料電池(Iguma, 2015)、シェールガス・オイル開発技術(Mills, 2015)等の他のエネルギー技術についても見られた。のみならず、急激なコスト減少は、人工知能(Artificial Intelligence, AI)、センサー、インターネット通信、情報記憶装置、微小電気機械システム(Micro Electro Mechanical Systems, MEMS)等の多くの情報通信技術(Information and CommunicationTechnology, ICT)でも観察されている(Holdowsky,Mahto, Raynor, & Cotteleer, 2015)(Manyika et al., 2015)。これらは通常はいわゆる「温暖化対策技術」とは分類されないが、例えばエネルギー効率の高い空調・照明技術や、生産性が高くかつ温室効果ガス排出が少ない精密農業(King, 2017)などの形で、温室効果ガスの削減に大きく寄与する(World Economic Forum, 2015)。
 現在起きているこのような同時並行的かつ相互に影響を及ぼし合う技術進歩の根底に存在するのは、ICT(AI,IOT等)、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの汎用目的技術の共進化である。ここで汎用目的技術とは、様々な用途に利用される、「極めて汎用性の高い技術(清水, 2016)」ということである。絶対的な概念というよりは、限定的の目的のための技術に対しての相対的な概念であり、厳密な定義はない。学界では、蒸気利用技術、電気利用技術、そしてICTは汎用目的技術の例とされてきた(Helpman, 2003)。さらに化学、ナノテクノロジー(OECD, 2017)、レーザー(清水, 2016)等の技術についても汎用目的技術として議論がされてきた。汎用目的技術の特徴づけとしては、①多くの経済部門で共通して利用されるもので(pervasive)、②それ自体に長足の技術進歩の可能性があり、かつ③補完的なイノベーションを誘発し収穫逓増をもたらす技術、の三つが挙げられている(Bresnahan & Trajtenberg,1995)(井上, 2016)。
 一般に、新しい技術は古い技術の組み合わせで生まれる。技術システムは全体として、複雑系として共進化する。技術進歩には蓄積性があり、技術は互いに影響を与えながら、進歩をますます加速させる(Arthur, 2009)(Kauffman, 2000)。このように技術は一般的に共進化するものであるが、それが汎用目的技術を中心として加速的に進んでいるのが今日の状況である。例を挙げると、ムーアの法則によって代表される計算機の急速な発達によって、材料のナノスケールのシミュレーションが進歩し、これを活用した微細加工技術が発達し、これが再帰的に計算機の能力を発達させてきた(井熊 均, 2015 )。以上を活用して、太陽電池、燃料電池、シェールガス・石油採掘技術等が進歩してきた。 

3.汎用目的技術の急速な進歩による大規模な温室効果ガス排出削減の見通し

 汎用目的技術について急速な進歩が現に観測され、今後も加速するとみられていることから、その活用によって大規模な温室効果ガス削減が可能ではないかいう議論が起きている。

3.1 業界団体のビジョン

 業界団体のビジョンを示すものとして、例えば世界のエレクトロニクス産業の業界団体であるGlobale-Sustainable Initiative (GeSI )は、ICTによる2030 年における温室効果ガス排出の削減ポテンシャルが、世界全体の1/4 に上ると推計している(GeSI, 2015)。これは利用事例毎の積み上げによって求めた数値である。利用事例としては、例えばICTの使用によって病院における医療行為を代替する「e-Health」によって、病院における温室効果ガス排出削減量を削減するとしている。また世界規模の業界団体であるWorldBusiness Council for Sustainable Development(WBCSD)は農業のスマート化によって、2030 年までに農業起源の温室効果ガス排出量をベースライン比で30%以上削減するという目標を掲げている(WBCSD,2015)。

3.2 運輸部門

 次に学術的な論文や国際機関の報告をみていく。運輸部門については、自動運転・電気自動車・カーシェアリングの三つの組み合わせによって、乗用車部門からの温室効果ガス排出削減を大幅に減らすことができるとする見積りがある(Viegas, Martinez, Crist, & Masterson,2016)(Greenblatt & Saxena, 2015) (OECD/ITF, 2015)。中には、2050 年時点で、世界全体の乗用車による温室効果ガス排出の80%を削減できるとする報告もある(Fulton et al., 2017)。大幅な排出削減が可能になるのは、電化によって低炭素の電源を活用すること、自動運転やカーシェアリングによって渋滞の緩和等による効率向上が図れること、この三つの技術には相乗効果があるためとされる。ただし、利便性の向上によって温室効果ガス排出がかえって増大する可能性もあり、大幅な排出削減を可能にするには、リバウンド効果を抑制する適切な政策介入が必要となる(Wadud, MacKenzie, &Leiby, 2016)。貨物部門についても、ICTの活用による効率向上と物流の最適化、電化等の燃料転換によって、75%の温室効果ガス排出削減が可能という見積りがある。大型トラックの電化としては、高速道路へ架線を設置し給電するシステムが有望とされている(IEA, 2017b)。架線から給電する自動運転トラックは既に鉱山で利用されている。

3.3 産業部門

 汎用目的技術の活用による生産性の向上は、産業部門や民生部門でも同様に起きており、また今後も急速な発展が期待される(World Economic Forum, 2015)(Snatkin,Karjust, Majak, Aruväli, & Eiskop, 2013)。温室効果ガス排出の削減は、運輸部門と同様に、エネルギー・資源の利用効率向上に加えて、①電化、②自動化、③コネクティビティによって可能になる。②の自動化とは換言すれば知能化ないしAIの活用であり、③のコネクティビティとは換言すればIOTであり、機器のシェアリングもこれによって可能になる。より印象的に言えば、①電化、②AI、③IOTと言っても良い。
 例えばIOTによって工場の操業の効率最適化がなされるようになった(Manyika et al., 2015)。ICTの利用にはもちろん電力消費を伴うが、その利用で実現される省エネ効果のほうが大幅に大きいのが普通であったし、計算能力の向上により今後はさらなる向上が期待される(Koomey, Matthews, & Williams, 2013 )(GeSI, 2015 )。IOTの活用で、企業は製品を売るだけではなくサービスを売ることができるようになり、これはライフサイクルベースでみたエネルギー・資源効率の向上に寄与する(IEA,2017)。産業用ロボットの導入は自動車、電機産業を中心に進んできたが、今後はより広範な産業部門への導入が期待されており(World Robotics Organization, 2014)、これもエネルギー・資源効率の向上に寄与する。これらの技術進歩によって経済システム、特に雇用に大きな影響が出ることが予想されているが(Brynjolfsson &McAfee, 2011)(M. R. Ford, 2009)、それだけ大きな経済的な変化が起きるということは、裏を返せば、エネルギーおよび温室効果ガス排出への影響も大きいということであろう。
 既に航空機部品の多くは3Dプリンタと遺伝的アルゴリズムの活用によって生産されるようになり、機体の軽量化による省エネを実現している。3Dプリンタには多様な技術があり、製造時には電力多消費の場合もあるが、斬新な設計が可能になることから、軽量化や流体力学的特性の向上によって、使用時のエネルギー消費を減らすことができ、ライフサイクルベースでは大幅な温室効果ガス削減をもたらす(OECD, 2017)(Beyer, 2014)(Faludi,Bayley, Bhogal, & Iribarne, 2015)。
 農業部門では家畜からのメタン排出抑制剤等のバイオテクノロジーやICTを活用した精密農業(precisionagriculture)によって、コスト低減と温室効果ガス削減の同時達成が可能になる(Wollenberg et al., 2016)。精密農業では、最適化された農薬投入・散水によってエネルギー・資源効率が高まるとともに、過剰な農薬投入を避けることで温室効果ガスの一つである亜酸化窒素の発生が抑制できる(Brown, Dillon, Schieffer, & Shockley,2016)。米国ではすでにトウモロコシ農家等において精密農業が普及しているが、これは経済利潤が動機になってきた(Schimmelpfennig & Ebel, 2016 )(Pierpaoli,Carli, Pignatti, & Canavari, 2013)。さらに将来には、藍藻からの合成肉によって食肉を代替することで、大幅な温室効果ガス削減が可能であるとする試算がある(Tuomisto & Teixeira de Mattos, 2011)。

3.4 民生部門

 民生部門においても、アマゾン効果といわれるように、e-コマースによって物流の効率が向上し、これによる排出削減の可能性がある。医療、教育、他の公共サービスも電子化されることで効率が向上し、排出削減につながる(IEA, 2017)(GeSI, 2015)。照明(IEA, 2016)や空調(IEA, 2017)のスマート化による省エネも図られている。

3.5 エネルギー部門

 エネルギー部門については、既述の再生可能エネルギー・蓄電・省エネのほかに、核融合のためのプラズマ閉じ込めへの人工知能の応用(Baltz et al., 2017)や、IOTによる原子力発電・火力発電・送配電システムの維持管理の向上等、あらゆる技術への応用が進んでいる。なお原子力発電は米仏などでは安全規制強化などでコストが向上しているが、韓国・ベトナムなどをふくめた世界全体でみれば、あらゆる技術がそうであるように、コストは低減している(Lovering, Yip, & Nordhaus, 2016)。再生可能エネルギー100%のエネルギーないし電力システムは、現在の技術では実現困難であるが(Heard,Brook, Wigley, & Bradshaw, 2017)。今後、蓄電池や電力系統管理等のイノベーションによるブレークスルーが期待されている(IEA, 2017)。

3.6 小括

 以上に述べたような技術はいずれも温室効果ガスの排出削減の手段につながると期待できる。だが、排出削減量を見積もるとなると、個々の技術の仕様・コスト・普及量の見通しや、誘発される人間活動の変化を推計しなければならず、容易ではない。仮に良い技術ができても、上手くビジネスモデルが確立できない場合もある(Linder & Williander, 2017)。以上の理由により、大幅な排出削減という推計から、リバウンド効果によって逆に排出が増加するという推計まで、計算結果には大きな不確実性が伴う(Larson & Zhao, 2017)。
 のみならず、2030 年、2050 年ともなると、どのような技術が普及をするか予想することもできないが、しかしながら、それによるエネルギー消費・温室効果ガス排出への効果が極めて大きい可能性がある。例えば、人工知能を搭載したロボットがオフィスや家庭に普及すると、大幅な省エネが可能になるのではないか? あるいは、太陽光発電等の設置工事の大半をロボットが担うようになれば、太陽光発電はさらに安価になるのではないか?
 2030 年や2050 年のAIがどの程度賢いかは予言できないため、これによる排出削減量もコストも予言は難しい。
 このような不確実性があるため、運輸部門を例外として、経済全体あるいは部門全体としてどの程度の温室効果ガス排出削減が可能であるかという定量的な見積りは、今のところ学術論文としてはほとんど存在しない。これに挑む野心的な研究が待たれるところである。
 なお地球温暖化によって自然災害が引き起こされた場合の適応(adaptation)についても、汎用目的技術の進歩による便益は大きいと思われる。既に、ICTの活用によって、暴風雨、害虫被害、大気汚染等の災害の予測、早期警報、緊急情報通信、事後検証、及び予防教育は長足の進歩を遂げ、これによって災害への脆弱性は大幅に軽減した。今後もその寄与は極めて大きいと思われる(Eakin et al., 2015)(Upadhyay & Bijalwan,2015)(Lu et al., 2016)(J. D. Ford et al., 2016)(Kryvasheyeuet al., 2016)。

4.温暖化対策を直接の目的としたイノベーション推進における政府の役割

 エネルギー技術進歩をもたらすための政府の役割としては、研究開発補助金等によるテクノロジー・プッシュと、設備導入補助金等によるデマンドプルが必要である。これは経済理論的には二つの外部性に対応するためと整理される。第一は環境外部性である。第二は専有可能性である。後者について補足する。技術開発の費用は一企業が負うが、技術開発の便益は社会全般に広まる。このため、政府介入がなければ、企業の技術開発投資の総計は、社会全体からみた望ましい水準を下回る。このために、特許の保護、研究開発補助金の拠出、研究開発減税、設備導入補助、ニッチ市場づくりのための規制等の政府介入が正当化される、という理論である (Sorrell, 2015 )(OttmarEdenhofer, 2014)(Global Energy Assessment, 2012)(Mazzucato& Semieniuk, 2017 )。加えて、エネルギーという財の、他の財には稀な特徴として、既に既存の安価な製品が存在している上に、そこから製品を差別化することも難しい(例えば、電気は何からつくっても同じ電気である)ので、私企業に任せていただけでは、なおさら新規の技術開発がなされにくいことがある(Alic & Sarewitz, 2016)。米国のベンチャーキャピタルのもとでは、ソフトウェアなどの他産業に比べて、革新的な太陽電池やバイオ燃料等の温暖化対策技術開発事業の成功率は著しく低かったとされ、このエピソードもこの分野においては政府の継続的な支援が必要であるという論拠を与える(Gaddy,Sivaram, Jones, & Wayman, 2016)。

 ただし、技術開発政策においては、政府の失敗を避ける必要がある。まず政府は技術の選択に成功するとは限らないため、既存技術に偏重することなく広範なポートフォリオを持つ必要がある(Kverndokk &Rosendahl, 2007)が、実際には特定の政治的利益に囚われることがある(Linda R. Cohen, 1991)。また、政府が費用効果的な対策を実施できず、国民経済に多大な負担を課する可能性がある(朝野賢司, 2011)。日本の再エネ全量買い取り制度はこの点において失敗であった。政府が研究の優先順位を決定する場合、科学技術的な検討の犠牲のもとに政治的配慮が重んじられるようになると、科学技術の進歩は阻害される。さらにはそのようにして決定された仕事に研究者が囚われて、研究資源がクラウディングアウトされることとなって、経済全体における研究活動の生産性が下がる(Patrick J Michaels,2013)。
 なお、専有可能性の問題については前述のような理論があり、また現実に政府による技術開発支援は広く実施されているものの、この妥当性には批判もある。 その第一は、政府介入が成功したという実証的な証拠が乏しい、というものである。仮に成功したようにみえていても、偶々政府が巨額の投資をしたことと技術進歩が起きたことが同時に起きているだけで、因果関係はないのかもしれない。あるいは、政府がその予算を官僚的に使う代わりに、民間が利潤動機で使ったほうがかえって技術が進歩した可能性も考える必要がある。
 第二の批判はやや複雑である。まず、科学技術を模倣し利用するためには、自ら研究開発をしなければならないので、模倣といえどもコストは決して安くない。そして、当該分野に貢献し、研究のネットワークのメンバーとして認められない限りは、結局その科学技術を使いこなせるようにはならない。すると、科学技術は無料で模倣できる公共財ではなく、費用を負担しなければ利用できないクラブ財であるという側面がある。この場合は専有可能性の問題はかなり和らぐことになる。実際に、どの企業も多くの研究開発投資をしており、さらに企業の研究者でも学界において成果を発表し意見交換をしていることが、この見方を裏付ける。このような活動が活発ならば、政府の関与はそれほど必要でなくなる(Kealey& Ricketts, 2014)(Kealey, 2013)(マット・リドレー, 2017)。

 技術開発の国際協調については、各国は技術開発を国益と考えて推進するため、自然と国際協調が芽生えるという特徴がある。このようにして、排出削減交渉やカーボンプライシングが典型的に直面する共有地の悲劇の問題からは解放されている(Fischer,Greaker, & Rosendahl, 2017)(Faehn & Isaksen, 2016)(Lachapelle,MacNeil, & Paterson, 2017)(杉山大志, 2017c)。例えばブラジルは国益としてバイオ技術開発と技術移転を推進した(Favretto, Stringer, Buckeridge, & Afionis, 2017)。また国際条約とは無関係に新興国への技術移転は進んだ。新興国政府は技術の吸収に熱心であり、私企業も競争力確保のために技術移転を盛んに行ったためである(Glachant & Dechezleprêtre, 2016 )。これに対してEU ETSの技術開発への効果は限定的だった(Calel& Dechezleprêtre, 2016)。諸国政府は、ICTなどの汎用目的技術の推進により、経済便益を含む多くの社会的課題の解決を目指しており、温暖化問題はそのような社会的課題の一つと位置付けられている(OECD, 2017)。

 なお、温暖化対策イノベーションを促すための投資には、他の政策課題とのシナジーのみならず、トレードオフもあるので、配慮が必要である。大規模な温室効果ガス排出削減のための巨額の投資は、コベネフィット、つまり他の政策課題とのシナジーを実現しつつ可能であるという考え方が、しばしば主張される(IPCC,2014)(Kennedy & Corfee-Morlot, 2013)。しかし、多くの場合に、トレードオフも存在する。例えば新たなエネルギー技術導入のために、逆進性のある形で生活費が高くなり、貧困問題が悪化する危険が指摘されている(Herrero, Strengers, & Nicholls, 2018)。また、都市計画は温暖化対策と密接に関わり、そこでは政府の役割が重要になるが、多様な利益とのトレードオフがあるために、温暖化対策を理由として大規模な変革をすることは難しく、漸進的なインフラの改善がみられる傾向にあるという(Monstadt & Wolff, 2015)。

5.汎用目的技術イノベーションの推進における政府の役割

 以上はいわゆる温暖化対策技術の推進に関する議論であったが、前述したように、今後は、汎用目的技術の進歩がますます急速になり、多くの優れた温暖化対策の技術イノベーションがそこから派生するという構図で現れることになるだろう。このため、政府の役割としては、地球温暖化という単一の政策目的を追求する技術開発だけではなく、むしろ汎用目的技術を核として科学技術全般を推進することが重要であり、そのための制度設計が望まれる(杉山大志, 2017d)(Sugiyama & Laitner, 2017)。そこでは、基礎研究の推進によって全く新しい技術の開発を促すこと(Shayegh, Sanchez, & Caldeira, 2017)、多彩な分野の技術を持った大小様々な企業の蓄積からなるイノベーション・エコシステムが活発に活動できるような経済環境をつくること、等が重要である(Tassey, 2014)。最後の点については、温暖化対策が、かかる経済環境の形成を阻害しないように配慮が必要である。日本では再エネ全量買取制度を実施した結果、電気料金が高騰した(朝野, 2017)。これは企業の経済活動に悪影響を及ぼすものであった。
 今後もこれまで同様、汎用目的技術を核とした科学技術全般の進歩によって、所得向上を筆頭として、人類のあらゆる福祉の向上が期待されている(WIPO, 2017)(WorldBank, 2016)。なおICTはGDP向上をもたらしていないという意見もあるが(Šmihula, 2009)、これには現在のGDPの計測上の課題が指摘されている(Mandel,2012)。他方で平均寿命等の多様な指標によって測定される福祉水準は確実に向上している。温暖化問題については、汎用目的技術の進捗のペースが、温暖化対策技術及びそれによる排出削減の進捗のペースを大きく規定することになるであろう。このタイミングを見通すことは難しいが、2050 年までには温暖化対策は安価なものになり、諸国はその実装に大きな不都合を感じなくなって、温暖化問題は解決に向かうといった相場感を個人的に持っている。

6.地球温暖化問題の技術的解決

 科学技術のシステムは、産業組織、政治組織、法制度等と複合的な社会・技術の複合体を形成しているため、温暖化対策のためには社会・技術全体を一体として変容(トランスフォーメーション)させることが必要であるとする意見があり(Geels, Kern, et al., 2016)(Geels, Berkhout, &Van Vuuren, 2016)、特に欧州ではこの考え方に立脚した論文が多い。しかしこのような社会・技術全体の変容を国や国際社会で意図的に成功させた先例はなく、その難しさが指摘されている(Sorrell, 2015)。
 それにしても、社会・技術全体を変容させるというと、ソ連型の共産主義を彷彿とさせ、成功しないのみならず、自由や民主といった、より重要な価値が危険にさらされる気がして空恐ろしさを感じる。
 そこで別の考え方を紹介する。まず、社会・技術全体というのは、複雑なあまり、どのように動作しているのか理解すること自体が困難であるし、ましてそれを意図的に制御して思い通りにすることは現実にはできず、またそうしようと思っても、意図せざる結果を招いてかえって問題を引き起こす。このため、政府は社会・技術全体を変えようなどというところまで深入りしないで、技術開発の推進によって温暖化対策のコストを下げることに資源を集中すべきである、という考え方である(Alic &Sarewitz, 2016)。筆者はこちらに賛同する。
 1970 年前後の公害のときにも、経済成長が問題の根源であり、「成長には限界がある」といった考え方があって、くたばれGDPといった標語もあった。だが結局、公害問題については、受容可能なコストでの技術が開発され普及したことで、概ね解決してきた。地球温暖化問題についても、同じような「技術的解決」が可能であると筆者はみている。社会・技術全体を変えようという考えに崇高な使命感や高揚感を抱いている人々も多いように見受けられる。だがそのような方法は、地球温暖化問題自体よりも遙かに難易度が高いのみならず、深刻な弊害を招くことを危惧している。あらかじめ社会・技術を設計して、その偉大なる計画に沿って社会と技術を変えるという考え方は、危険すぎて賛同できない。もちろん、技術が進歩した結果として社会は変わる。だがそれは、自律的に共進化する(従って何が飛び出るか予測できない)技術の進歩に合わせて、社会が変わっていくのである(この考えはブライアン・アーサーが経済とは技術の表現であるといっているのと同じである(ブライアン・アーサー, 2011))。そして、温暖化対策技術が安価にさえなっていれば、どのような社会に変わったとしても、温暖化問題を解決することはできる。

参考文献(PDF)