「脱炭素ビジネス」どこかで見た風景-世界はどこに向かうのか(その1)

ー中国の失敗と米国の市場から学ぶエネルギー政策ー


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 NHKスペシャルという番組で「脱炭素ビジネス」を取り上げていた。11月にドイツ・ボンで開催されたCOP23の会場を舞台に、日本の金融機関が途上国の石炭火力発電所に融資を決めたため、環境NPOから「化石賞」を受賞したことを先ず取り上げ、その後は風力発電を中心に再エネビジネスに日本が乗り遅れていると伝えていた。石炭を取り巻く問題に触れず「石炭は悪者」というNPOの姿勢だけ報道する姿勢はメディアとしてどうだろうか。
 「再エネビジネス」で成長する話は、今までテレビ番組で何度取り上げられたのだろうか。再エネビジネスで日本が出遅れているとの問題意識を持つ前提は、再エネビジネスで成長が実現されると考えているからだろう。もう聞き飽きたグリーンビジネスの世界だが、今回は、石炭火力の問題からまず考え、次回「再エネビジネス」に関する番組の理解のどこがおかしいのか指摘したい。

世界の発電量の40%以上は石炭火力

 検証が必要なのは、二酸化炭素排出量が相対的に大きい石炭火力を廃止せよとの環境NPOの主張だ。いま、世界の発電量の40%以上は石炭火力が担っている(図-1)。中国、インド、米国、ドイツ、豪州、ポーランドなど石炭火力の比率が多い国は、新興国だけでなく先進国にも多くある。日本も発電量の約30%は石炭火力からだ。

 なぜ石炭を止められないのか。答えは簡単だ。供給源が安定的に分散できる安価な燃料は他にないからだ。天然ガスに代えれば、電気料金の値上げは避けられない。例えば、日本の全ての石炭火力を天然ガスに切り替えれば、燃料代の上昇よりに今年前半の電気料金は、少なくとも1kWh当たり1円弱上昇する。今年上期の化石燃料輸入価格を見れば石炭の価格優位性は明らかだ。図-2が示すように過去石油が高くなった時にも石炭はそれほど上がっていない。電気料金がさらに上がれば国民生活と産業には大きな影響が生じる。他の国でも同じような状況だろう。
 一方、石炭の使用量が減少している国もある。中国と米国だ。それぞれ理由がある。中国と米国の事情から分かることは、エネルギー政策で重視すべき点は、温暖化・環境だけではないことだ。

脱石炭の中国が失敗した理由は

 中国では石炭火力の廃止が相次ぐ一方、新設が抑制されている。北京を中心とした北部では、家庭、産業部門で利用されている石炭を天然ガス、あるいは電力に切り替える様々な政策も5、6年前から実行に移されている。図‐3が示すように、大気汚染に悩む中国では、北部を中心に石炭利用抑制あるいは禁止政策が導入されたのは温暖化対策というよりも大気汚染対策と言えるが、社会主義国にありがちな全体を見渡さない政策ゆえ、燃料が届かず暖房ができない家庭、職場が生じた。校舎の暖房ができず、日が照っている時には校庭で授業を行う学校すら出てきた。さらには、天然ガス供給が不足し製造ができないため不可抗力を宣言する企業もでた。天然ガス価格も上昇した。結局、2017年12月になり政府は一部の需要家に石炭使用を認めざるを得なくなった。

 中国の経験は、エネルギー政策で重要なことは、環境に加え、安定供給、価格であることを示している。環境を中心に考えた結果、供給と価格面で問題を生じた。国民生活にも悪影響を与えることになる政策により、持続可能な成長が実現されることはない。
 なお、中国の政策の詳細については、Wedge Infinityの連載に詳細を掲載したのでお読み戴けばと思います(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11605)。

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市場に任せる米国

 米国のエネルギー選択は、中央政府が強権的に脱石炭を強いる中国とは正反対に、今のところ市場任せだ。前オバマ政権では脱石炭の政策が検討され実施が迫っていたが、トランプ政権では反故にされた。トランプ政権は、石炭火力に補助金を導入する政策を連邦エネルギー規制委員会に導入するように働きかけている。その結果は、1月中には分かる筈だ。オバマ政権、トランプ政権の政策は共に市場とは相容れない政策だが、今までは市場がエネルギー選択を決めていた。その結果、10年間で石炭消費は大きく落ち込んだ。
 米国で石炭火力が減少したのは、価格競争力のあるシェールガスが市場原理で台頭したからに他ならない。1990年代から2000年代前半にかけ米国の発電量の約50%は石炭火力からだった。価格競争力のある石炭を、図-4が示すように、東部、中西部、西部に持つ米国では、多くの地区において石炭火力が最も価格競争力を持つことになった。オバマ前大統領は温暖化対策として石炭火力を減少させようとしたが、政策実行前に、電力部門では石炭から価格が下落した天然ガスへの切り替えが起こり、石炭火力の発電量比率は50%から30%に減少した。図-5の石炭と天然ガスの価格推移が石炭離れの理由だ。粉砕などの前処理と燃焼後の灰処理が必要な石炭の価格は、カロリー当たり天然ガスの7割以下が必要と米国ではされている。

 2016年には、図⁻6が示す通り、米国発電市場の歴史において初めて天然ガス火力の発電量が石炭火力を上回ったが、その後天然ガス価格の値上がりがあり、2017年前半には石炭が僅かながら天然ガスの発電量を上回った。ただ、石炭の発電量に回復の動きは見られない。石炭火力の発電量の減少により、米国のエネルギー起源二酸化炭素排出量も減少している。2000年に21億5600万トンあった石炭からの排出量は、2016年には13億5400万トンまで落ち込み、米国の全排出量も58億6700万トン51億8700万トンに減少している。

エネルギー選択の考え

 中国の強権的脱石炭政策は、大気汚染、環境問題だけを考えなされたものだった。その結果、学校、職場、家庭で暖房ができない事態が発生した。供給、価格という視点を欠いた政策を導入した結果だった。暖房ができなければ、中国北部では大きな問題が発生するのは当たり前だ。環境以前に「生活」の視点を持ち、エネルギー供給を先ず中国政府は考えるべきだった。
 米国では、市場がエネルギーの選択肢を決めた。価格競争力がその決め手であり、石炭の消費量と二酸化炭素排出量は減少した。二酸化炭素排出量が減少したのは、相対的価格競争力を石炭が失った偶然がもたらした結果と言える。
 さて、日本が考えるべき点は、環境、温暖化問題だけでないことは中国の例からも明らかだろう。安定供給は、まず考えるべき視点だ。環境が改善しても暖房ができない家庭、操業ができない工場が出てくることになり、エネルギー供給に制限が生じれば、持続可能ではなくなる。
 米国の例から価格も重要な要素であることが分かる。市場が選択するエネルギーには、価格競争力が必要だ。米国では自国産のシェールガスが最も価格競争力を持った。日本で最も価格競争力があるのは、石炭だ。これは、いつの時代でも変わらない。前処理、灰処理コストを考えても日本では石炭が最も価格競争力のあるエネルギーだ。
 石炭は、これからも多くの国で選択されることになる。それは、環境問題だけではなく、安定的かつ競争力のあるエネルギーが家庭、産業で必要とされるからだ。2000万人の貧困層を抱え、国民の6割弱が「生活が苦しい」(図-7)と答える日本も環境問題だけ考えられる状況にはない。エネルギー政策には多面的思考が必要だ。環境NPOの声を伝えたNHKは、これらの問題をどう考えているのだろうか。