日本文明とエネルギー(1)

文明の興亡とエネルギー


認定NPO法人 日本水フォーラム 代表理事

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生き残った文明

 アメリカの国際政治学者の故・サミュエル・ハンチントンは、世界の歴史には12の文明があったという。そのうち7文明は、すでに滅びて存在していない。滅びた文明は、メソポタミア、エジプト、クレタ、古代ギリシャ・ローマ、ビザンティン、中央アメリカ、アンデスの文明である。
 一方、5文明が現在も存続している。その文明は西欧文明、中国文明、インド文明、イスラム文明そして日本文明である。日本文明が世界史の中で1つの文明として挙げられ、更に生き残った文明とされている。
 サミュエル・ハンチントンに言わせると「日本文明には敵対する文明はなかった。連携する文明もなかった。日本文明は孤立した文明であった」としている。

人類最初の文明・メソポタミア文明

 「滅びた文明」の中のメソポタミア文明は人類最古の文明といわれている。発祥の地は、現在のイラクを流れるチグリス川とユーフラテス川にはさまれた一帯である。約6,000年前に生まれた都市国家といわれている。
 現在のこの一帯はほとんどが土漠である。メソポタミア最古の都市ウルクの現在の写真を見ればわかる。見渡す限り、荒涼とした土漠が続く。(写真-1)

(写真-1)メソポタミア文明 最古の都市ウルク 出展:世界の歴史まっぷ

(写真-1)メソポタミア文明 最古の都市ウルク 出展:世界の歴史まっぷ

 断言できる!このような土漠地帯で、文明が生まれるわけがない。
 もちろん文明誕生当時のこの一帯は土漠地帯ではなかった。レバノン杉が一面に茂っていた。
 当たり前といえば当たり前だ。文明が誕生する以前の何億年、何万年、何千年もの間、この大河一帯が土漠であるわけがない。遠くから飛んできたレバノン杉の種が育ち、大森林地帯を形成していた。
 古代の人類は、豊かな森林と大河が造った肥沃の土地に集まり、文明を創っていった。
 その大森林地帯が今は土漠になっている。

ギルガメッシュ物語

 10年以上前、ラムサール湖沼条約の会議でイランのラムサールを訪れた。ラムサール宮殿を見学した時、宮殿の庭にレバノン杉が堂々と立っていた。世界史に名高いレバノン杉である。このレバノン杉が当時のメソポタミア周辺に密集していた。(写真-2)

(写真-2)イラン ラムサール宮殿のレバノン杉 2005年5月

(写真-2)イラン ラムサール宮殿のレバノン杉 2005年5月

(写真-3)ギルガメッシュのレリーフ ルーブル博物館 出展:Wikipedia

(写真-3)ギルガメッシュのレリーフ
ルーブル博物館
出展:Wikipedia

 21世紀の現在、メソポタミア文明跡地ではこのレバノン杉が姿を消し、土漠地帯となっている
 なぜ、レバノン杉は姿を消したか?その答えは明快である。人間が伐採し尽くしたのである。
 人間が生きていくにはエネルギーは絶対必要である。化石エネルギーが登場する以前、エネルギーは森林であった。このエネルギーを消費していくことが文明であった。
 メソポタミア文明で人類最初の物語「ギルガメッシュ叙事詩」が生まれた。これは英雄ギルガメッシュの物語である。ギルガメッシュの最初の冒険が、森に入っていき森の守り神の化身のフンババと戦う話である。ギルガメッシュはフンババを倒し、森林の木を伐採して、その木材を使って都市を造っていった。(写真-3)
 人類文明の最初の物語が、森林を伐採して都市を造っていくことであった。

エネルギーを食い尽くす文明

 サミュエル・ハンチントンは、中国文明は存続した文明としている。広大な中国大陸での文明は、黄河や長江など大河川ごとに文明が生まれていった。その中で最も古いといわれている黄河文明はすでに滅んでいる。
 現在の黄土高原は森林率5%の土漠地帯である。この一帯もメソポタミア文明と同様、かつては森林地帯であった。3,000年前の森林率は80%、1,500年前は15%と減少して、現在の状況になってしまった。
 黄土高原の年間雨量は、日本の年間雨量の4分の1の400mmである。雨が少なく植生の回復力のないこの地帯で、ひとたび森林が失われれば文明は衰退し、滅びていく。
 世界の文明のみが、エネルギーに左右されていたのではない。日本文明もエネルギーに大きく影響され、日本の歴史が展開されていった。
 本シリーズでは、日本文明とエネルギーに注目していく。日本文明の歴史的展開、そして近代への突入とその課題、さらに未来の日本文明の方向性を探っていく。