原発の電気は安いのか?(前編)


国際環境経済研究所理事・主席研究員

印刷用ページ

(「環境管理」からの転載:2017年10月号)

 新たなエネルギー基本計画策定に向けて、わが国の今後のエネルギー政策のあり方が改めて議論されている。2014年に策定された第4次エネルギー基本計画では、エネルギー政策の基本は3E+Sにあることを踏まえて、徹底した省エネと再エネの導入加速、福島の復興を前提とした原子力事業の再構築と火力発電の高効率化などの方針が示されていた。次期計画において基本的な考え方に大きな変更があるとは考えられず、世間の関心は専ら、原子力の新設あるいは建替えに関して政府の方針が示されるかどうかに集中しているようにみえる。
 前回基本計画では、新規制基準に合格した原子力発電所については再稼働を進めるというスタンスが明示された。しかし、原子力事業の長期的なビジョンが示されることはなかった。原子力発電所の運転期間が40年、特別点検を受けて延長したとしても60年に制限されていることを考えれば、新設あるいはリプレース(建替え)がなければ、わが国から原子力発電事業がなくなることは明らかであり、結論に関わらず、この議論が避けられないことは確かだ。
 とはいえ、本来再稼働を進める前にやらねばならないことも山積している。前回基本計画で掲げた通り、福島の再生・復興に向けた取組みを着実に進めること、安全基準の遵守だけでなく発電所の安全性に一義的な責任を負う事業者が自主的かつ不断の取組みを続ける仕組みを構築すること、それでも万一事故が起きたときに備え原子力損害賠償法や原子力防災を充実させること等、多くがまだ取組みの途上だ。廃棄物の処理を含む核燃料サイクル政策の動向も不透明であり、この状態で新設・リプレースを議論することは非現実的であるとして批判も強い。しかし、今世紀半ばには温室効果ガスの8割減を目指すという政府方針も踏まえれば、原子力発電所の必要性を否定できるものでもなく、新設・リプレースに要する時間を考えれば、今から議論を始めても決して早くはない。
 しかし、日本の将来のエネルギー供給においてどれだけ原子力の貢献を期待するかは、その「お値段」次第でもある。もちろん原子力の価値は、発電時にCO2を排出しないという環境性、エネルギー自給率に貢献する点にも見出すことはできるが、そうした公共的価値よりも消費者にとって目に見えやすいのが経済性である。しかし原子力発電所の電気は本当に「安い」のだろうか?東京電力福島原子力発電所事故によって原子力災害のコストが顕在化し、消費者は原子力の安全神話とともに経済性の神話も崩壊したと受け止めている。
 改めて、「原発の電気は安いのか」について考えてみたい。

発電コストの比較方法

 そもそも、各発電方式ごとのコスト試算はどのように行われるかについておさらいをしておきたい。東京電力福島原子力発電所事故のあと、当時の政府が「エネルギー・環境会議」の下に設置した「コスト等検証委員会」により詳細に議論が行われた通り、試算方法にはいくつか選択肢がある。今後稼働を開始するプラントの発電単価を評価するには「モデルプラント方式」が適しているとされ、国際的にもこの方式を採用した試算が多い。コスト等検証委員会も、同委員会の議論を継承して第4 次エネルギー基本計画に基づく長期需給見通し策定の参考となる試算データを提供する目的で設置された「発電コスト検証ワーキンググループグループ」でも、モデルプラント方式を基本としている。
 モデルプラント方式とは、ある年に発電所を新設すると仮定して、その発電所の設計、建設から運用、廃止までのすべてのコストを、その発電所が生涯の間に発電するであろう総発電電力量で除して、1kWhあたりのコストを算出するものである。

出典:発電コスト検証ワーキンググループ

(出典:発電コスト検証ワーキンググループ注1)

 最も注目を集めた原子力については、何をコストとして計上すべきか多くの時間を費やして議論が行われた。その結果、資本費や運転維持費はもちろん、核燃料サイクル費用や東京電力福島原子力発電所事故を受けた追加的安全対策費、事故リスクへの対応費用、国が負担する立地交付金や研究開発コストも加味されることとなっている。原子力については明確に算出できないコストもまだ多いため下限として提示されていることには留意が必要だが、2030年の長期需給見通しを決定するにあたり、拠り所とされたコスト試算は図1の通りである。このコスト試算の結果に対しては、原子力の電気が今でも一番安いということに対する懐疑的な見方がメディアでも多く示された。「原子力事故リスク対応費用の見積もりが不十分」、「バックエンドコストについては見通せない部分がある」といった指摘が主であったが、実は原子力のコストに大きな影響を与える重要な要素として指摘したいのが割引率と稼働率である。
 このコスト試算に使用されたエクセルデータは公開されており、変数を操作してコストの振れ幅を確認することができる。例えば2014年モデルプラントは、割引率3%、稼働率70%で計算すれば、10.1円/kWhとなるが、割引率を5%にすれば11.1円~/kWhと9.9%上昇し、割引率5%で稼働率60%に低下した場合には、12.5円~/kWhと23.7%上昇することとなる。
 なお余談ではあるが、松尾(2012)注2)も指摘する通り、震災後に行われたコスト試算の優れた点は、試算に用いたエクセルデータ注3)も公表されていることだ。稼働率や為替レート、燃料やCO2の価格や割引率といった前提条件を変化させて、国民が誰でも試算を確認することができる。発電コストに関する基本的な考え方を理解するには非常に有用だといえるだろう。

図1/ 2014 年・2030 年の発電コスト検証結果図1/ 2014 年・2030 年の発電コスト検証結果
(発電コスト検証ワーキンググループ報告より)
(出典:発電コスト検証ワーキンググループ報告)
[拡大画像表示]

原子力発電のコストに大きく影響を与えるもの

 「原発の電気は安いのか」。この問いに正確に答えるならば、「原発は、安い電気を供給する可能性のある電源である」ということになるだろう。
 安い電気を供給し得るかどうかは条件次第であり、条件が整えば安い電気を供給し国民に貢献する可能性が高い。
 非常に曖昧な答えであると思われるかもしれないが、これは原子力に限ったことではない。OECD/NEA・IEAが2015年に公表した「Projected Costs of Generating Electricity 2015」の言葉を引用すれば、“There is no single technology that can be said to be the cheapest under all circumstances.”(どんな状況下においても最も安いといえるような単独の技術はない)のであり、制度設計や条件次第で各電源のコストは変わるのである。
 同レポートは「原子力はコスト超過がなければ、あるいは、低利の資金調達が可能であれば魅力的な低炭素電源である」と表現しているが、図2は、原子力の発電原価に与える影響(感度)を割引率ごとに、割引率、金利抜きの建設コスト、運転期間の長さ、燃料コスト、炭素価格、リードタイムについて示したものである。割引率が10%程度になれば、それが最も大きな影響を与える要素であることが示されている。

図2/原子力発電のトルネード・チャート図2/原子力発電のトルネード・チャート
(入力パラメータの変更に対するLCOE注4)の感度)
[拡大画像表示]
注1)
長期エネルギー需給見通しに関する小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告(案)
http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/006/pdf/006_05.pdf
注2)
日本エネルギー経済研究所松尾雄司「コスト等検証委員会」による原子力発電のコスト試算の概要と評価(2012 年1 月)
http://eneken.ieej.or.jp/data/4192.pdf
この論稿は、モデルプラント方式と有価証券報告書を用いた試算との比較なども含めてコスト試算の諸課題について整理されており、参照されることをお勧めしたい。
注3)
資源エネルギー庁「発電コストレビューシートの使い方」
http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/pdf/cost_wg_05.pdf
注4)
LCOEとは、均等化発電原価(LCOE:Levelized Cost of Electricity)。発電所の設計、建設から運用、廃止までの全てのコストを、生涯発電量で割ったもの。