ついに始まったEVシフト

―石油需要のピーク早まる―


日本エネルギー経済研究所 石油情報センター

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EV導入の課題

(1)EV車両の課題
 EVシフトの実現には、技術的課題、社会経済的課題が多い。
 最大の技術的課題はバッテリーである。最近のEVには、1回の満充電で、ガソリン車並みの300~400㎞の航続距離を有する車も登場しているが、車載バッテリーの重量と容量の関係で航続距離をいかに大きくするかが最大の課題だろう。EVユーザーによると、冬場は車内暖房に要する電力消費で走行距離は半減するという。
 加えて、バッテリーの寿命が短い。現時点では、2~3年でバッテリー交換が必要で、その廃棄やリサイクルの体制は十分ではない。
 また、日本ではEVステーションが約2万軒に達しているが、その多くは充電に数時間を要する通常充電型で、20~30分で充電可能な高速充電型は少ない。こうした充電インフラの構築や充電時間の短縮も大きな課題である。

(2)電源構成の違い
 地球温暖化対策としてEVシフトを検討する場合、充電に使用する電気の起源を考える必要がある。走行段階でCO2排出がゼロでも、充電するための電気をつくる段階でCO2排出量が多くては、温暖化対策にならない。
 東日本大震災(2011年)後のエネルギー政策総点検時の総合資源エネルギー調査会における石油連盟の試算によると、火力発電の平均排出原単位を0.61㎏-CO2/kWh(当時)とした場合、同クラスのガソリン車とEVの走行距離当たりのCO2排出量はほとんど変わらないということだった。
 フランスでは、国内発電電力量の約80%は原子力であり、EVシフトは温暖化対策として大きな意味がある。しかし、英国では、天然ガス火力、石炭火力がそれぞれ約30%で、温暖化対策にはならない。これが大気汚染対策を目的にした一因かもしれない。
 ちなみにドイツは、エネルギー安全保障上の要請から、国産石炭による石炭火力が約45%と高水準を維持しており、再生可能エネルギーが約20%あるものの、EV化は温暖化対策にならない(表2)。
 EVシフトを太陽光や風力といった自然エネルギーの導入とセットで進めることができれば、系統電力への負荷を軽減させることにもなり、極めて有意義である。将来的には、EVシフトは自然エネルギーの活用とセットにするのが妥当だろう。


表2 主要国の電源別発電電力量の構成比(2014年、単位:%)
出所:電気事業連合会HP

(3)自動車産業の構造転換
 政策的観点からEVの普及促進、内燃機関自動車の販売禁止を進める場合、各国の既存自動車産業の構造転換が最大の課題となるだろう。
 既存の自動車産業は、エンジンを中心に、1台あたりの部品点数は3万点を超えると言われており、極めてすそ野が広く、雇用吸収力がある産業である。日本自動車工業会によると、わが国の自動車の部品・製造関連の雇用者は約80万人、販売・関連サービスまで含めると自動車関連の雇用者は約550万人に上る。
 これに対し、EVはバッテリーとモーターで動くので部品点数は約40%削減されると言われ、雇用吸収力も激減する。また、既存のエンジンの整備士がすぐにモーターの整備を行えるようになるわけでもない。政策的に“負け組”が発生する場合は、何らかの救済措置が必要だろうし、時間をかけて構造転換を図る必要があるだろう。
 その点、フランスの自動車生産台数は世界第11位と、国内自動車産業は大きいわけではない。英国も同13位と規模的には大きくはない。これに対し、同4位のドイツは、国内自動車産業の規模が大きい。環境立国を目指すドイツではあるが、簡単にはフランスや英国に追随できないだろう。昨年9月23日、ドイツ上院で2030年までの内燃機関自動車販売禁止を求める決議が行われた際、ドブリント運輸相は「非現実的」とコメントしている(表3)。
 雇用規模が大きいということは、選挙権を通じて、政治的に影響力を持つことになる。一般に、環境重視の政策は有権者の支持を得やすい。しかし、それは、自分や家族、身の回りの人々の負担や犠牲が発生しない場合にとどまる。環境対策による影響が雇用や賃金に及ぶようになれば、有権者は必ずしも支持するとは限らないだろう。トランプ米大統領の当選をポピュリズムと言うことはたやすいが、ラストベルトと言われる米国中西部の白人労働者階級は、トランプ氏の通商政策や経済政策に自らの雇用と賃金の安定を託したとみる向きが多い。
 国が実現すべき政策目標は、環境対策だけではない。雇用と賃金を安定させるための経済成長も必要だし、エネルギー安全保障の実現も重要である。バランスのとれた政策の遂行を期待したい。


表3 国別自動車生産台数(2016年)
出所:日本自動車工業会HP

(4)税制改正の必要性
 米国以外の先進石油消費国では、おおむね、自動車燃料に高率の課税を行っており、大きな税収となっている。日本の2017年度の揮発油税(地方揮発油税を含む)税収は約2兆7000億円、軽油引取税の税収は約9300億円に上る。EVシフトの進展で、揮発油・軽油の消費が減少すれば、これらの税収も減少する。財政赤字に苦しむ中、国の税収に穴が開くわけで、財務当局としては放置するわけにはいかないだろう。
 欧米ではEVへの「走行課税」が検討されている。例えば、GPS(全地球無線測位システム)端末を車載し、走行距離に応じて課税しようとするものである。スイスやオーストリアで、アルプス越えの国内通過車両に対する課税手段として登場した。燃料販売と同時に徴収するという従来の燃料課税に比べて仕組みが複雑で徴税コストもかかるほか、ドライバーのプライバシーにも関わるなど、まだまだ課題は多いようだが、今後、こうした検討が行われることになろう。

石油産業への影響

(1)ピークディマンド
 最後に、EVシフトの石油産業への影響について考えたい。
 自動車用燃料の需要は、世界の石油需要の半分弱を占めていることから、自動車のEV化は石油産業にとって大きな打撃になることは間違いない。ガソリン車やディーゼル車がすぐになくなるわけではないが、石油需要のピークは、想定よりかなり前倒しされることになろう。
 英国政府がガソリン車とディーゼル車の国内販売を禁止する方針を発表した翌日、ロイヤル・ダッチ・シェルのプールデン最高経営責任者(CEO)は、発表自体は歓迎しつつも、石油需要のピークは2030年代初頭になるだろうとコメントした。需要のピークは、従来、国際エネルギー機関(IEA)の「世界エネルギー展望」の基本ケースと同様、2040年以降とする見方が多かったが、パリ協定が掲げる“2℃目標”実現ケースの2020年代半ばとする見方に近づいていくのではないかと思われる。“2℃目標”とは、産業革命前からの世界の平均気温上昇幅を2℃未満に抑えるというものである。

(2)原油価格の低迷
 今回のEVシフトの動きについて、産油国側からのコメントはあまり聞こえてこないが、産油国にとっても大きなショックだろう。
 現在の原油価格は、石油輸出国機構(OPEC)と非OPEC主要産油国の協調減産が価格を下支えし、シェールオイルの増産が上値を抑えている形だが、中長期の価格抑制要因として、EVシフトが追加されることになった。
 原油価格の回復は、EVシフトの促進要因になってしまう。したがって、産油国としては、石油収入の低迷に耐えつつ、現状程度の価格水準で技術開発や温暖化対策に対抗していくしかないのではないか。
 サウジアラビアにおける脱石油依存経済を目指した「サウジ・ビジョン2030」や国営石油会社Saudi Aramcoの新規株式公開(IPO)の動きも、需要のピークや温暖化対策の進展を視野に入れ、生き残りを目指す産油国側の動きと考えるべきだろう。