福島第一原発訪問記(4)

原発構内を回る(1)/水との闘い


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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※ 福島第一原発訪問記()、()、(

福島第一原発の現状

 
 構内の状況をお伝えする前に、データで福島第一原発の現状を整理しておきたい。まず、1から4の各号機とも「冷温停止状態」注1) を保っていると評価されている。東京電力は日々記者会見を実施して、その日の状況を報告しているが、筆者が本稿執筆時に確認した各号機の状態は下記の通り。ちなみに筆者らが現地を視察した3月21日のデータも添付しておくのでご覧いただきたい。


―本稿執筆時点の状況―
東京電力HP注2) より
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―3月21日時点の状況―
東京電力HP注3) より
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水との闘い

 構内視察用のバスからまず見えてきたのが「多核種除去設備」のある建物である。この設備は、いわゆる「汚染水」から放射性物質を取り除く浄化装置である。


多核種除去設備ALPSのある建物
提供:東京電力ホールディングス株式会社

 福島原発ではいま、「水との闘い」が繰り広げられている。大量の地下水が原子炉建屋内に流入し、高濃度の汚染水(溶け落ちたデブリを冷却するために注入された水が、デブリと触れたことで高濃度の汚染水となる)と混ざり、「汚染水」となる。その汚染水が流れ出して港湾内の海水の放射性物質濃度を上昇させたり、構内のトレンチ(配管や電源ケーブルを通す地下トンネルのような空間)に溜まれば作業員の被ばくの原因となる。また、汚染水を貯留するためのタンクが敷地内に林立しているが、今後永続的に増設するわけにはいかない。廃炉作業に必要なスペース確保も困難になれば新たなリスクの原因ともなりかねないからだ。
 汚染水の量を減らすため、3つの基本原則に基づく対策が採られている。①汚染源を「取り除く」、②汚染源に水を「近づけない」、③汚染水を「漏らさない」である。
 それぞれの対策を見る前に、現状の分析結果を見てみよう。福島第一原発周辺の放射性物質の分析結果については、大気、沿岸の海水やサブドレン(原子炉建屋とタービン建屋近傍にある井戸)から汲み上げた水など、対象ごとに東京電力のHPでデータが公開されており、ほぼリアルタイムで状況を把握することができる。事故直後からの変化は下記の通りである。


抜粋【5月版】201705-1F概要資料R1[拡大画像表示]


注1)
通常運転時は約300℃程度になる原子炉内の水温が、継続的な冷却によって100℃未満に保たれている状態を指す。事故を起こした福島第一原発では何をもって「冷温停止状態」と評価するかが議論され、①圧力容器底部の温度がおおむね100℃以下になっていること、②格納容器からの放射性物質の放出を管理し、追加的な放射線放出による公衆被曝線量を大幅に抑制していること、③これらの条件を維持するため、循環注水冷却システムの中期的安全が確保されていること、と定義され、2011年12月16日、原子力災害対策本部は、炉心溶融を起こした1~3号機がすべて冷温停止状態に達したことを発表した。(コトバンク参照)
注2)
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2017/images1/handouts_170414_08-j.pdf
注3)
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2017/images1/handouts_170321_04-j.pdf

 「汚染源を取り除く」対策の一つが、この多核種除去設備を含む浄化装置である。セシウムを吸着する米国KURION社製のキュリオンや東芝のSARRY注4) などが導入されたのに続いて、62核種を取り除く機能を持つALPSが稼働している。こうした浄化装置はどれも導入初期にはトラブルが多く、2013年には安倍首相からの強い指示により14年度中に浄化を完了することを目指していたものの、目標達成は延期せざるを得なかった。しかし改良や設備の増強を進め、高濃度汚染水については2015年5月までに全量の浄化が終了している。


経済産業省「廃炉・汚染水対策ポータルサイト」注5)より

 しかしトリチウムについては水と分離することが難しい。トリチウムは、エネルギーが小さく、体内に取り込んでも10日程度で体外へ排出されるため注6) 危険性は非常に低いとされ。(セシウムなどに比べると、同じベクレル数でも危険性は数百分の1以下)、運転中の原子力発電所からも一定の濃度(1リットル当たり6万ベクレル未満)の排出量注7)であれば放出が許されているものではある。しかし、福島第一原子力の現場ではトリチウム以外は除去された水も「処理水」としてタンクに貯留している。これは、安全とは異なる安心の問題として、丁寧な対処が求められる。政府は「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を組織して、その対策を協議しているが、地元の漁業関係者の方々などはトリチウムの特性などについては的確に把握されており、より気にされているのは安全性そのものというより風評被害であるというのが筆者の印象だ。こうした風評被害を最小限に抑える環境づくりがまずは必要で、トリチウム水タスクフォースを含めて政府からの情報発信が重要ではあるが、メディアの方々にも現場や実態を正確に伝えていただけけることを願う。


構内に林立する汚染水(トリチウム水)のタンク
提供:東京電力ホールディングス株式会社

凍土壁

 福島における水との闘いの象徴として有名なのは「凍土壁」であろう。Googleで「凍土壁」と入力すると、検索候補として「凍土壁 凍らない」「凍土壁 失敗」と出てくる。それほどに悪名高い(?)対策であるが、しかし、実は海側については2016年10月に完全凍結し、山側については約97%が凍結済み、残り3%は全て凍結させてしまうことで地下水と建屋内の水のバランスが崩れることがないよう規制委員会が慎重に判断することとしており、まだ凍結させていない箇所が残っているが、「凍らなくて失敗した」という状況ではない。課題や失敗は大きく報じられるものの、前進や成功は報道されないので現状が見えづらくなっているが、少しずつではあるが現場は着実に進展しているそうだ。

 そもそも凍土壁の目的は、汚染水を漏らさないよう遮蔽することではなく、汚染水を増やさないために地下水の流入を減らすことにある。先ほど述べた3つの対策の②汚染源に水を「近づけない」にあたる。従前は約400㎥/日の地下水が建屋内に流入していたが、地下水バイパス、サブドレン、フェーシング等の対策を重層的に実施することにより現在は約120㎥/日程度にまでは減少している
 もちろんそれでも、根本的な対処として十分であるとはいいがたい。汚染水を貯めるタンクは敷地一杯に広がっているが、流入する地下水の量を減らすという点では前進はしており、報道されているように全く「ダメ」という訳でもないのだ。今後、建屋周辺からの地下水くみ上げ(サブドレン)と併せて汚染水対策が進むことが期待されている。
 なお、汚染水が生まれる仕組みや凍土壁の役割などについて、一般社団法人AFW代表理事であり、「福島第一原発廃炉図鑑(太田出版)」の著者の一人でもある吉川彰浩氏が詳しく解説されている注8)ので、ぜひ参照していただきたい。


提供:東京電力ホールディングス株式会社


構内を走るバスからは、そこここに残る津波の爪痕が見られる。あの震災で福島第一原発では二人の社員が亡くなっている。地震が収まった後被害状況を確認するために見回りに行った、20代の社員二人が津波に巻き込まれてしまったのだ。まだ若いお二人と震災で命を落とされた全ての方のご冥福を改めてお祈り申し上げます。
提供:東京電力ホールディングス株式会社

注4)
https://www.toshiba.co.jp/about/press/2011_12/pr_j2202.htm
注5)
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/01.html
注6)
トリチウムの生物学的な半減期は10日程度とされる。
注7)
年間でBWRの場合は3.7兆ベクレル/基、PWRの場合は74兆ベクレル/基
注8)
「福島第一原発」凍土壁失敗は何を生む 誤解の先にある次世代への責任
https://news.yahoo.co.jp/byline/yoshikawaakihiro/20160819-00061292/

次回:「福島第一原発訪問記(5)」へ続く