“Bridge to the Future”(その3)

最近の「石炭火力」論議を巡って


電源開発株式会社 顧問

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※ “Bridge to the Future”(その1その2

気候変動問題と石炭火力

世界は石炭をなくせない

 IEA の World Energy Outlook 2016 によれば、世界の一次エネルギー供給について各国政府が掲げている最新の政策目標値をベースに作成した場合、石炭の割合は減るものの絶対量では微増する見通しとなっている。すなわち、現在も、2040年になっても、一次エネルギー供給における石炭の存在は世界において依然として大きい。何故、石炭がなくならないかというと、欧米のように減るところがある一方で、増えるところがあるからであり、その背景には、電気を何から造るかという選択以前に、そもそもまだ電気を使えない人たちが世界には大勢いるという現実がある。世界には現在でも、サハラ砂漠以南のアフリカで約6.3億人、パキスタンやインドを中心にアジアで約5.1億人、世界全体で約12億人が電気の無い生活を送っている注4)。こういう人達に電気を届けるためにさまざまな工夫と努力が続けられているが、ここにおいても答えは一律ではありえない。その地域の資源状況、社会状況等に沿って有効なシステム(=チーム)を組み上げていくものであり、その際に予め石炭火力を排除できるほど問題は簡単ではない。

利用効率向上の威力
 その石炭火力発電の効率は各国でどうなっているのか。日本はこの分野では圧倒的に世界のトップランナーである。石炭を最も大切にうまく使っている。これはプラントの設計・建設の技術とその維持・運転の技術の双方で日本が優れていることの結果である。

 では各国が日本と同じように石炭をうまく使ったらどうなるか?仮に日本で現在使われている高効率の石炭火力発電技術を米国、中国、インドに適用した場合を試算すると、CO2削減量は約12億トンになる。これは2014年の日本のCO2排出量にほぼ匹敵する。世界で電気を造るのに最も多用されている原料(世界の発電の4割)であるが故に、その効率向上が重要であり威力は大きい。

パリ協定目標
 2015年11月に、COP21において「パリ協定」が採択された。この協定では、世界共通の長期目標として「産業革命前からの地球の平均気温上昇を2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑えるように努力する」ことが掲げられた。この「2℃シナリオ」の達成は、各国政府が掲げている最新目標値が全てその通り実現できたとしても困難である。要すればこの「2℃目標」(さらには「1.5℃目標」)では、今世紀末でのゼロ排出達成を目標としている。世界で石炭火力を含めて全ての火力発電を全廃するか、全ての火力発電で全量CCSを導入するか、またはバイオマス発電とCCSを組み合わせてマイナスのCO2排出原単位を実行するか、といったイメージと呼応する水準である。

政策資源投入のバランス確保
 これだけの根本的な目標であるから、その取組みには入念な工夫と仕掛けが求められる。先述のとおり「2℃目標」を達成するためには、少なくともCCSは燃料種別を問わず全ての火力発電に導入しなければならない。そしてCCS実現の有無によって、世界が負担しなければならないコストは膨大な違いが生じるとされているが注5)、現実のCO2対策技術に対する補助金投入は著しく再生エネルギー助成に偏っている注6)。政策資源の投入についてバランス確保(“Policy Parity”)が求められる。
 バイオマス発電とCCSを組み合わせてマイナスのCO2排出原単位を実行すること(BECCS)も「2℃目標」を達成するために不可欠とされるものであるが、このBECCSにおいては石炭火力での混焼がもっとも安定したスキームを実現できる注7)
 また、CO2規制の下では石炭火力は当然に天然ガス火力に経済性で劣るものとされるが、逆に全ての火力発電にCCSの全面導入が義務付けられた場合には、パラドクス的ロジックとして石炭火力の経済性優位の可能性がある注8)
 本稿の中心テーマのひとつである「チームの中で評価すべき個々のプレーヤー」論は技術開発の評価においても当然あてはまる。時代時代の技術システムと社会システムを前提として個々の技術が活かされ、また不要とされ、評価される。技術の進化には、良いこと、悪いこと双方について、様々な可能性が秘められている。技術においても、現在の条件を前提にして将来の価値を断定することは避けなければならない。

注4)
World Energy Outlook 2016(IEA)
注5)
IPCC 第5次評価によれば、「2℃目標」を達成するにあたっては、CCS実現の有無により全体の対策費用が約2.4倍違ってくる(世界の2100年までの累積GDPの3%に相当)とされている。
注6)
過去10年間に世界で、再生エネ導入のために支出された補助金は8,000億ドルだったのに対し、CCSへのそれは200億ドルに過ぎない。
出典:Zapantis,Alex(2016).“Update:Global status of CCS”,Abstract of Japan Clean Coal Day, Global CCS Institute
http://www.jcoal.or.jp/coaldb/shiryo/material/upload/D2_Featured%20Speech-II_Mr.%20Alex%20Zapantis_CCS.pdf
注7)
バイオマス専焼火力スキームの場合、バイオマスの供給状況により専焼火力の稼働、経済性が大きく影響を受ける。この脈絡を避けることのできる混焼スキームについては、燃料の供給系・燃焼系・排煙処理系との関係で石 炭火力が最も容易に対応できる。
注8)
CCS装備を前提としたときの火力発電の経済性は、CO2回収率、燃料費、稼働率、CO2貯留サイトとの距離などの要素に大きな影響を受けるが、CO2分離プロセスにおいては一般的に排ガス中CO2濃度が高い方がCO2分離がし易いため、石炭火力は相対的に経済性が優位になる可能性がある。

※ 次回:「“Bridge to the Future”(その4)」へ続く