トランプ大統領のエネルギー政策が機能しない理由


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 4月3日付けワシントンポスト紙(電子版)は、「トランプ大統領は何故叩かれるのか‐米国人がトランプの政治課題を嫌うのはそれが嘘に基づいているから」との記事を掲げた。政策課題を具体化すると、その過程で不誠実な出来事などが露見することになり国民は怖気づくと言うのだ。
 その結果、トランプ政権が打ち出す政策は不人気になる。オバマケアを改革する代替法案は頓挫したが、世論調査によるとその支持は17%しかなかった。入国禁止令もメキシコの壁も不人気だ。オバマ前政権の気候変動政策を見直す大統領令への支持も高くはない。
 3月28日に環境保護庁で署名された大統領令により、石炭を中心にした化石燃料生産増のための政策が明らかになった。本大統領令では、「自給率の向上と経済成長を目標に、不要な規制をなくし、安全かつ環境汚染なくエネルギー資源を開発することは国益に適い、地政学的な安全保障の強化になる。安く、信頼でき、安全、安心、クリーンな電気を保証することも国益に適う。エネルギー生産を妨げる可能性のある、開発の重荷になっている法を、関係省庁は直ちに見直し、改廃すること」としている。
 具体的な見直し対象の一つは、鉱区権設定だ。2016年1月から停止されている連邦政府所有地における石炭鉱区権設定が可能になる。さらに、石油、天然ガス採掘に伴い排出されるメタンガスの規制も緩和される。最も大きな見直しは米国の二酸化炭素排出量の38%を占める電力部門からの排出削減を狙ったクリーン・パワー・プラン(CPP)の見直しだ。同部門からの排出量を2005年比30年に32%削減するCPPは、米国のパリ協定下の目標達成のカギになるとみられていた。CPPの詳細については松本主席研究員の論考に触れられている(http://ieei.or.jp/2017/04/special201603021/)。
 エネルギー生産を温暖化対策よりも優先する象徴がCPP見直しだが、有権者の政策に対する支持は高くない。ギャラップが今年3月初旬に実施した世論調査では、環境保護と国内エネルギー供給どちらを優先すべきかと質問に対し、環境が59%、エネルギー供給が34%となり、その差25%はギャラップ調査史上最大になった。
 少し古い調査だが、2015年3月のデータを表-1に示している。今後力を入れるべきエネルギー源に関する調査だが、調査対象のなかでは石炭は最も支持が低いのだ。クイニピアック大学が今年3月中旬に行った世論調査では、気候変動は主として人為的な原因によると思うと答えた割合が66%、トランプ大統領は気候変動対策の法を廃止すべきと答えた比率は29%、すべきでないと答えた比率は63%だった。党派別では、やはり共和党支持者には温暖化懐疑論を支持する人が相対的に多いことが表-2から分かるが、CPP見直しが有権者の支持を集めているとは言えない。

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 国民の支持が少なくても政策は実行可能だが、予算が十分なければ実行は難しい。CPPを見直し石炭を中心に化石燃料の生産増を狙うトランプ政権だが、石炭生産数量が減少したのは市場の力であり温暖化対策の政策のためでなかったのは、私の論考でも触れている(http://ieei.or.jp/2017/04/yamamoto-blog170404/)。CPPを見直しても石炭生産が増える可能性は薄いが、CPPの見直しも簡単ではなく、相当の時間が掛かると予想される。
 CPPは大気浄化法に基づき、温暖化効果を持つ二酸化炭素の排出を削減することを目的としているが、大気浄化法上の有害物質とし規制可能なのは、2007年の連邦最高裁の判決により温室効果ガスが有害物質とされたからだ。環境保護庁は有害物質を規制する責任を負っており、CPPを無効にすることは最高裁の判決と矛盾するので出来ない。
 そのため環境保護庁は、CPP作成時と同様の手続きにより見直しを図る必要が出てくる。ここで問題になるのは、見直し手続きを行うには人員も資金も必要になるということだ。3月15日に発表されたトランプ政権の2018年度予算案では、環境保護庁の予算は、前年度の82億ドルから57億ドルに減額され、人員は16000人から3200名削減が発表されたが、プルイット環境保護庁長官は70億ドルの予算をホワイトハウスに要求していたと伝えられている。
 温暖化懐疑論を信じ、オクラホマ州司法長官時代、環境保護庁を相手に14の訴訟を起こし、環境保護庁の役割をできるだけ縮小しようとしていると言われるプルイット長官が大きな予算削減を要求しなかったのは何故だろうか。
 CPPを初め、水関係の環境法、自動車の排出規制など、環境保護庁は多くの規制を見直すことが必要になるが、それには人員と予算も必要とプルイット長官が考えたからと思われる。十分な人員も予算もなければ、トランプ大統領の意向に反し、規制の見直しには時間が掛かってしまうということだ。
 環境保護の規制を見直すためには、環境保護庁に予算を付ける必要がある。さて、最終案はどうなるのだろうか。このままでは、規制を見直すのに時間が掛かり、トランプ政権の意図は実現しないことになるかもしれない。

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