2050年のエネルギーを考える思考実験

── 宮古島「すまエコプロジェクト」にみる電化の流れ


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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「環境管理」からの転載:2017年2月号)

 2050年。今から33年後のわが国はどのような社会になっているのであろうか。どの程度のエネルギーを必要とし、それをどうやって賄っているのか。世界のエネルギー・環境政策にどのように貢献しているのか。エネルギーに関する技術開発やインフラの構築に必要な時間軸を考えれば、2050年は決して遠い未来ではない。しかし、今から33年前、携帯電話はもちろんスマートフォンがこれほどに普及することなど誰も予測していなかったように、これから33年後には私たちの社会を激変させる技術が生み出されているかもしれない。
 未来を見通すことは不可能ではあるが、より良い社会を後世に遺すためには、どのような変化要因に配慮しながら制度設計を考えていけばよいのか。
 日本のエネルギーを巡る環境を激変させる要因は様々あるが、「五つのD」、すなわち、人口減少(Depopulation)、分散化(Decentralization)、自由化(Deregulation)、脱炭素化(De-Carbonization)、そしてデジタル化(Digitalization)が挙げられるだろう。ちなみに欧州電気事業関係者の間では、3D+S、すなわち「脱炭素化」(Decarbonization)、「デジタル化」(Digitalization)、「分散化」(Decentralization)と「部門結合」(Sector Coupling)がメガトレンドといわれている。
 複雑に絡み合うこれらの変化要因に対しては、技術の進展と社会の構造・意識改革の両面から柔軟に対処することが必要であり、すべてを一気に解決するような魔法の杖は存在しない。しかし、待ったなしの課題に先駆的に取り組もうとする動きは各地でみられる。沖縄県宮古島市で行われているプロジェクトを例に、2050年の日本のエネルギーに関する思考実験をしてみたい。

五つのDとは

 世界のエネルギーの潮流が「脱炭素化」(De-Carbonization)にあることは説明を要しないであろう。IPCCの第5次評価報告書では、2℃シナリオ(産業革命前に比べて、2100年までの全球平均気温の上昇幅を2℃以下に抑制する可能性が66%以上)を達成するには、2050年に40〜70%削減、2100年には排出ゼロが必要であり、2050年に一次エネルギーに占める低排出エネルギーの割合を2050年には80%程度、2100年にはほぼ100%にすることが必要だとされている。最終エネルギー消費における化石燃料を、電気・水素・バイオマス燃料で代替することを進め、化石燃料使用の場合のCO2のCCSあるいはCCU(回収したCO2の利用)が必要となる。発電には再生可能エネルギーや原子力・CCSなどの技術を活用し、水素も主に電気から製造することが必要とされる。
 自由化(Deregulation)は既にスタートしているので、2050年のエネルギーを考える上での変化要因として挙げることに違和感がある方もおられるかもしれない。しかし自由化された市場における社会インフラ構築の難しさは、自由化がスタートして一定程度時間が経過し、徐々に設備率に余裕がなくなったところで顕在化する。
 そこにさらなる難しさを加えるのが分散化(Decentralization)である。低炭素電源である再エネの導入は脱炭素化のためにも進めなければならないが、それが地域的に分散することで、これまでとは異なる系統運用が必要になる。自由化との関係でいえば、低炭素・分散電源が政策的に優遇されて大量に導入されることで、調整機能を持つ従来型電源の維持が難しくなるという問題が起きる。
 ここに人口減少が大きくのしかかる。特に地方において人口減少・エネルギー需要縮小が進む。そうした地域は地価が安いので、大量の分散電源が導入され、従来型の送配電網を通じて買う電気(系統電力)の需要は今後さらに減少する。送配電網はこれまでのように電力使用量(kWh)に応じた収入では固定費を回収しきれなくなり、送配電料金の引上げが行われる。そうなればますます再エネを導入して従来型の系統電力の購入量を減らすほうが得になるので、再エネの導入量が増える。米国などで問題になっている「デス・スパイラル」だ。近年、温暖化対策として「炭素に対する価格付け」の議論が盛んになっているが、これも火力発電の価格上昇につながり、デス・スパイラルを加速する要素となる。エネルギーのみならず、高度成長期に建設され経年の進むインフラ(交通・通信・エネルギー・水道など)の維持が大きな課題となり、選択と集中が必要になる。
 こうした状況において期待されるのがデジタル化だ。分散型電源のコントロールや需要予測など様々な場面で変化をもたらすと期待されている。再エネや蓄電池など個別技術の進歩・コスト低下と合わせ、IoTやAIなどデジタル技術の進展による交通・物流の電動化・自動化などを通じて、インフラ間の相互補完性を高め、すべてのインフラを総合してコミュニティを支えるための最適な配置や運用を考えることが重要になる。デジタル化によって、エネルギーのスマート利用が進むことが期待される。

宮古島「すまエコ」プロジェクトとは

 上記に述べた「五つのD」といわれる課題は、中山間地域や離島などで顕在化しやすい。こうした課題に先駆的に取り組むプロジェクトの一つである、沖縄県宮古島で行われている「すまエコプロジェクト」をご紹介したい。
 すまエコプロジェクトとは、宮古島市が沖縄県の委託事業として実施している「宮古島市全島エネルギーマネジメント(EMS)実証事業」の愛称であり、宮古島の言葉で「すま」は島を意味するという。
 宮古島は人口約5万5,000人、農林水産業と観光業が主である。全国一の合計特殊出生率を誇る沖縄県であり、宮古島にはリタイア世代の移住もあり、人口は微減が続いているものの大幅な減少には至っていない。周囲のより小さな島では特に若年層の人口流出が続いており危機感は強い。沖縄本島の那覇からも約300km離れているため、食糧やエネルギー資源などの島外依存度低減が大きな課題となっている。さらに、地球温暖化の影響からサンゴ礁が大きな影響を受けており、観光資源維持の観点からも島民の温暖化対策への意識が高いという。
 島の電力需要はピークで約52MW、最低需要期で約22MWであり、暖房需要はほぼ必要ないため(筆者が訪問した12月26日も最高気温28度の暖かさであった)、夏がピークとなる。沖縄電力が宮古島に供給する電気の原価はkWhあたり30円を上回っているとされるが、その内訳は半分が燃料費、半分が設備費だという。設備費が高い理由の一つは、小規模系統であるため持たなければならないバッファーの幅が大きいことであり、負荷率は50%を下回る(沖縄本島の64%を大幅に下回る)。ただし、実際に宮古島の住民に適用されている電気料金は、沖縄本島と同等のkWhあたり25円程度である。つまり、ユニバーサルサービスとして赤字補てんを受けていることになる。なお、現在の50%を切る負荷率を80%まで高めることができれば、赤字は解消できるとのことである。
 再生可能エネルギーの導入も進んでおり、風力発電が4.8MW、沖縄電力の設置するメガソーラーが4MW、そしてまだ接続されていない案件も含めて各家庭等に設置される太陽光発電が24.1MWもある。実証事業として設置されたメガソーラーには、定格出力と同容量の蓄電設備(4MWのNaS電池と100kWのLiB電池)が設置されているが、再エネをより多く有効活用していくためには、マネジメントシステム全体の見直しが必要とされる。
 エネルギー利用の見える化や水需要のコントロール(地下ダムの揚水ポンプ運用)の検討も行われているが、現在柱として考えられているのが、蓄エネ機器普及である。
 蓄エネ機器が普及すれば、負荷率を向上させ従来型電源の単価を引き下げることが可能になると同時に、運用次第では再エネをより多く有効活用することが可能になる。化石燃料依存度が高く原油価格の乱高下に影響を受けやすい離島のエネルギー構造の安定化、省エネ、CO2削減を目的に検証が進められている。
 蓄エネ機器としては、HP給湯機(エコキュート)と電気自動車(EV)、家庭用蓄電池の3種類が考えられるが、それぞれのコストや宮古島のライフスタイルを考慮し、エコキュートの大量導入が最優先で検討されているという(写真1)。

写真1/各メーカーのエコキュートが並ぶ
(筆者撮影)

 家庭用蓄電池については容量単価平均で約15万円/kWhを上回るとされるコストがネックだ。テスラ社が年明けに発売する新製品は約6万円/kWhにまでコストを低減することに成功したとされるため、今後検討の余地はあるが、今の段階では導入すべき蓄エネ機器としては劣後する。
 EVはエコキュートと並んで蓄エネ機器の本命ではあるが、宮古島の自家用車利用者1日平均走行距離は15km程度であり、沖縄本島の1日平均走行距離50kmを大きく下回る。そのため、EVの初期投資をランニングコストのメリットで回収するには非常に長い時間が必要であるため、導入のインセンティブは持ちづらい。既に宮古島には約150台のEVが導入されており(車両総数は約4万台)、ユーザー満足度は高いとのことではあるが、いずれも1日平均走行距離25km以上の島内ヘビーユーザであり、まだまだ普及性は期待できない。まずはエコキュートの導入を推奨し、全島2万5,000世帯のうち5,000世帯のエコキュート導入を目指すというのは妥当な判断であろう。

 しかしエコキュートが大量に導入されたときに生じる新たな課題もある。エコキュートは深夜電力料金の適用される時間帯においてお湯を沸きあげるよう調整する機能を持つため、大量に導入されれば明け方頃に電力需要が急増することとなる。それが系統最大電力を超過すれば停電につながりかねないし、火力発電機の起動停止が必要になれば大きなコスト増要因となる。蓄エネ機器の導入により負荷率を向上させ電力供給コストの低減を図るというプロジェクトの趣旨にそぐわない事態が懸念される。エコキュートの稼働がコントロール可能でなければ導入の意味が薄くなってしまうのだ。
 そのため「すまエコプロジェクト」では現在、エコキュートの制御性について実証実験を行っている。制御指令のプログラミング、適切な機器稼働タイムシフトの検討(需要家間の公平性の担保等)、制御のための通信コスト低減に向けた仕様設定など、様々な検討が行われている。現在は夜間時間帯におけるタイムシフトを優先するが、今後太陽光発電の余剰電力によって昼に稼働させることも検討されるという。あわせて導入バリアを低減させるための購買システム構築やリース制度の検討、さらには施工コスト低減に向けた検討も進められている。通常15万円程度かかる施工費を5万円まで低減させるため、3名1チームで1日に2台の施工を目指している。こうした検証によって得られた知見を含み、ほぼすべてのノウハウを公開していることもこのプロジェクトの優れた点だろう。
 IoTを活用してエコキュートの稼働を自在にコントロールすることができるようになれば「すまエコプロジェクト」で得られた知見を日本全体で活用することも実現するのではないだろうか。平成26年3月現在、エコキュートは日本全国で500万台設置されており、750万kW(1台あたりの消費電力を1.5kWとした場合)の電力を調整できるポテンシャルを有しているのである。「エコキュート2.0」の開発に期待したい。

すまエコプロジェクトの課題

 「すまエコプロジェクト」について特筆すべきは、社会コストの低減を目的に掲げていることであろう。長期的・経済的に安定したエネルギー構造や社会システムを目指すために、FITや公的補助金を利用せず、あくまで民間事業として需要家がその負担と意思で蓄エネ機器を導入することを前提としている。これから日本のエネルギーが向き合う「五つのD」の変化要因に持続可能な形で対応していくにはいかに社会コストを低減できるかがカギとなるのであり、補助金頼みではなく消費者がメリットを感じ選択することが重要だ。
 しかしこのプロジェクトにもまだ課題は多い。最大の課題は蓄エネ機器導入を推奨し、そのコントロールを行うエネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス(ERAB事業)をどうマネタイズするかであろう。社会として蓄エネ機器を持つことによるメリットをどう価値化するかという課題ともいえる。実際にエコキュートが大量に導入され、系統負荷率が向上するといったメリットが出たときに、従来型電力事業者(送配電事業者)とその価値をどのように分け合い、消費者に還元していくかの検討はまだこれからだ。

写真2/宮古島のメガソーラーと風力発電。
平成15年9月11日に襲来した台風により島に設置されたすべての風力発電が倒壊した
ため、風力発電設置のガイドラインが見直されるきっかけとなった
(筆者撮影)

 条件変化にも柔軟に対応せねばならない。沖縄電力では現在全供給エリアで共通の料金メニューを提供しているので、宮古島でも時間帯別料金メニューを申し込めば深夜電力料金は11.8円/kWhで供給される。これを前提とすればエコキュート導入のコストメリットは大きいが、このような料金設定がいつまでも維持されるものでもない。
 さらに、導入の障壁をどう低減するかも重要である。エコキュートの価格は22~25万円/台程度まで低減したとはいえ、ガス給湯器と比べれば7~10倍程度である。さらに宮古島ならではの導入バリアが存在する。宮古島は地下水を汲み上げて利用しているが、石灰岩質の地層であるため硬水となり、軟水器を導入しなければ水のミネラル分によりエコキュートの細管が目詰まりを起こしてしまう恐れがあるのだ。1台15万円程度とされる軟水器を導入し、メンテナンス(軟水機能再生に必要な塩を定期的に投入する。月1,500円程度)を行わねばならないとすると、需要家にとっては導入のハードルはさらに上がる。メンテナンスを含んだリース制度なども提供することで、消費者サービスを充実させなければ大量導入は期待しづらい。

電化による省エネ・CO2削減は世界の潮流

図1/エネルギー需要の見通し
(出典:省エネルギー小委員会( 第17 回))

 こうした課題はあるが、「離島オール電化」ともいうべき「すまエコプロジェクト」が全国から高い関心を集めているのは、電化による省エネ、CO2削減が今後世界での潮流となることが明白だからであろう。
 現在、需要側で消費するエネルギー(最終エネルギー消費)は電力が25%、燃料が75%である(図1)。
 電源の低炭素化が進み、仮にすべてCO2フリーの電源に置き換わったとしても、日本全体で削減できるのは最終エネルギー消費で25%に留まる。残りの75%を占める燃料の非化石化を進める必要がある。
 しかしながら現在、化石燃料を代替する非化石燃料は、カーボンニュートラルのバイオマスや紙パルプ・鉄鋼の製造工程などから生じる副生燃料(黒液や副生ガス)などに限定される。政府は水素の活用も視野に入れるが、CO2フリー水素の実現は国のロードマップでも2040年以降であり、現実的な削減ポテンシャルを期待するのは難しい。需要家側で消費するエネルギーを一次エネルギーから二次エネルギーに転換することが必要であり、低炭素化のカギは「供給側の脱炭素化」を前提とした「需要側の電化」にあるといえる。米国電力研究所が示した2050年に米国の温室効果ガスを70%削減する低炭素シナリオでは、電化の促進により電力需要は43%増加し、石油やガスの消費量を大きく抑制することとされている(図2)。

 

図2/米国の低炭素シナリオ
(出典:米国電力研究所)

 また、東京電力ホールディングス株式会社経営技術戦略研究所が行った試算によれば、電化率が最も進んだケースでは、2050年度のわが国の総電力需要は約1.3兆kWH、現状比約30%増加する。これだけ電化が進み、かつ、電源構成が再エネ+原子力(68%)、LNG火力(32%。なお、熱効率は50%と仮定)となれば、CO2排出量は、現状比約▲75%にすることが可能だという(図3)。もちろんこれは再エネだけでなく、原子力というもう一つの有力な低炭素電源の維持が必要であることは論を俟たないが、「供給側の脱炭素化」と「需要側の電化」を車の両輪として進展させることに成功すれば「2050年80%削減」というビジョンに向けて大きく前進することとなる。

図3/電化の促進とCO2排出量
(出典:東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所)

 需給両面に関わる脱炭素化に向けた様々な技術のブレークスルーが必須であり、クリアすべき課題は多いが、すまエコプロジェクトのような現場に根差した検証の中に、ブレークスルーの種があるのかもしれない。

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