わが国の省エネはどこまで期待できるか


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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「環境管理」からの転載:2016年10月号)

 昨年示されたわが国の長期エネルギー需給見通し(以下、エネルギーミックス)は、5,030万kLという大幅な省エネの進展を前提にしている。2030年度にかけて35%という大幅なエネルギー効率の改善が期待されているわけだが、これは1970年代からの20年間にわが国が達成した効率改善と同程度である。しかしわが国のエネルギー需要の価格弾性値はいずれの分野においてもオイルショック当時より大幅に縮小しており、価格による省エネ促進効果は薄れている状況にある。こうした状況を踏まえて、今後エネルギーミックスで期待されている省エネを実現していくためには何が必要かを考える。

はじめに

 2015年7月に発表されたエネルギーミックスは主にその電源構成が話題となったが、1次エネルギー、電力ともに、その需要見通しにおいて相当の省エネを見込んでいる。経済成長については同年2月に内閣府が行った試算の「経済再生ケース」で採った年率1.7%程度を前提としており、過去の経済成長とエネルギー需要の相関関係から考えれば、2013年度に約3.6億kLの最終エネルギー消費は、2030年度には3.8億kL程度まで増加することが予測される。しかし全部門で徹底した省エネを実施することで、これを3.2億kL程度に抑制することが見込まれているのである。
 2014年にはわが国が化石燃料輸入に28兆円を費やし、10.4兆円という過去最大の貿易収支赤字を計上している現実を考えれば、省エネに取り組む必要性は高い注1)。省エネには温室効果ガス排出削減だけでない意義があるが、コスト負担についても精緻に考える必要がある。
 そもそもエネルギーミックスについては、年率1.7%の経済成長が維持できるのかという前提条件に対する疑問の声や、震災以降、経済成長とエネルギー消費量のリンクが薄くなっている実態はあるが、1990年代以降わが国においてはエネルギー効率の改善が停滞していること、燃料価格や電気料金が1%変化した際の燃料および電力消費量の変化率が全部門においてオイルショック当時よりも相当程度低くなっていることなどを鑑みれば、この省エネ目標の達成が非常に厳しいものであることは覚悟せねばならない。
 停滞する我が国のエネルギー効率改善を進めるために政府は、ベンチマーク制度の拡大やエネルギー管理スパンの見直し(管理スパンをサプライチェーン全体あるいはグループ会社等に拡大)、ZEHビルダーやエネルギーマネジメント事業者といった第三者の関与を積極的に支援することで、各部門の省エネポテンシャルを掘り起こしていくとされている。今後、取り組みの進展や技術の進歩に応じて適宜政策が見直されることとなろうが、その際に必要な視点はまずは情報提供方法の見直しなどで「安価な省エネ」を徹底していくこと、エネルギー価格上昇によるエネルギー需要抑制効果が低くなっていることへの留意と、政策効果の不断の検証と改善であろう。

日本は“省エネ大国”は本当か

 省エネ大国という言葉は様々な意味を含んでいるが、省エネ技術に秀でているという意味でもその技術によってエネルギー効率改善を進めてきたという意味でも、わが国が“省エネ大国”であることは事実であろう。
 わが国が省エネに取り組んだきっかけはオイルショックであることは周知の事実だ。第一次オイルショックにより、1973年10月から1974年1月のわずか3か月で、原油1バーレルあたりの公示価格は3.01ドルから11.65ドルにまで上昇した。当時は電源の約7割が石油火力であったため、1974年6月1日に9電力平均で56.82(東京電力は63.04%)、76年にも各社20~30%程度の値上げを実施せざるを得なくなった注2)。このような状況下においては、特に国際競争にさらされる産業部門にとって省エネは死活問題であり、アルミニウム工業のようなエネルギー多消費産業は国内製造拠点がほとんどなくなったとされる。政府は1979年「エネルギーの使用の合理化等に関する法律(以下、省エネ法)」を定めてこれをわが国の省エネ政策の根幹とし、各部門におけるエネルギーの効率向上を求め、その結果1990年代までの日本は他国に抜きんでた効率改善を進めたのである。
 しかし、それは既に過去の栄光であるとの指摘がしばしばなされる。1次エネルギー消費の対実質GDP比率を各国と比較すると、2005年頃にイギリスに追い抜かれ、ドイツやフランスといった国とも大差なくなっているのである。この比較にはそもそも実質GDPの換算に複数の考え方があること、そしてイギリスでこれだけ省エネが進んだのは産業構造の変化によるもの、すなわちサービス産業化が進んだことによることが大きいという事実を踏まえる必要があるが、わが国も「省エネ大国」の名のもとに慢心することなく省エネへの取り組みを継続していかねばならないこともまた事実であろう。
 しかしエネルギー効率改善が既に進んでいるということは、さらなる省エネの余地、ポテンシャルはあまりないということを意味するのであろうか。この点については、部門や技術の進展も踏まえて詳細な分析が必要となるが、まず部門ごとにみれば、最終エネルギー消費削減が進んだのは産業部門のみで、それ以外の運輸、家庭、業務部門では軒並み増大、特に家庭・業務部門ともに1973年の2倍以上の最終エネルギー消費量となっている。
 東日本大震災を機に家庭のエネルギー消費が減少に転じたことは大きな変化であり、これを一過性のものとせず定着させることが今後わが国の省エネ政策における重要な柱の一つといえるだろう。

図1図1/エネルギーミックス実現に向けた部門別省エネ政策
(出典:資源エネルギー庁「省エネ政策の現状と課題」注3)
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省エネ政策に「決め手」はない

 省エネルギーに特効薬はなく、詳細にデータを把握し規制と支援を使い分け、パッチワーク的に様々な努力を積み重ねることが必要だ。
 我が国もまさに多様な政策を取り入れてきた。産業部門では自主的取り組みをベースに、政府への報告等の義務付けがなされてきた。エネルギーを消費する機器(家電製品や車など)についてトップランナー制度で効率改善を図り、省エネラベリング制度で消費者への情報提供を行って市場原理の中で省エネ製品が選択されることを促してきたのである。
 今後省エネを進めていくためには、これまでの政策で取りこぼしてきたと思われる省エネポテンシャルを丁寧に掘り起こしていく必要があるが、注意しなければならないのは電力自由化の進展である。
 競争環境に置かれたエネルギー事業者は当然販売電力量増加に向けて努力をする。省エネに誘導するインセンティブは働きづらいといえる。消費者のエネルギー利用に近い立場にある事業者に対する省エネインセンティブ付与については、政府も検討会注4)を立ち上げてその手法を検討している。
 例えば電力・ガス事業者に対して、エネルギー販売量を毎年1.5%削減することを義務付けるという規制的手法を採った英国のような事例注5)もあるが、わが国では、産業界が取り組んだ自主的削減努力などの政策が大きな成果を挙げたこともあり、情報提供等のさらなる改善を促すような誘導的手法をベースに考えることとされている。これまでの経験をもとに、技術の進化や状況変化への柔軟性を確保しつつ、どう実効性を高めていくかが問われることとなる。

図2図2/価格弾性値からみた省エネ効果
(出典:資源エネルギー庁 平成28年6月「エネルギー革新戦略を踏まえた新たな省エネ政策の方向性」)
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注1)
①我が国のエネルギー需給の安定化②事業者・家庭のエネルギーコストの低減③事業者のエネルギー生産性の向上にも貢献。
注2)
東京電力ホームページ電気料金改定の歴史
http://www.tepco.co.jp/corporateinfo/illustrated/charge/revision-history-j.html
注3)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/sho_ene/pdf/018_01_00.pdf
注4)
「エネルギー小売事業者の省エネガイドライン検討会」
注5)
電力・ガス事業者は自らの削減だけでなく、家庭の省エネ機器導入等を支援することなどで得られた削減量をあわせて義務を達成することが認められており、事業者間で削減量を取引することも認められた。
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省エネ政策の今後

政府は今後、

原単位改善に取り組むインセンティブの強化(ベンチマーク設定業種の拡大等)
エネルギー管理の実態に合った規制や補助制度の構築(サプライチェーン単位やグループ会社単位等での省エネを促進する支援制度の充実等)
サードパーティ(ZEHビルダーやエネルギーマネジメント事業者など)の活用による省エネポテンシャルの掘り起こし

などについて、具体的な施策を講じていくとしている。政策の効果を適宜検証し、実効性を高めていくことが必要であるが、改めて今後の省エネ政策に必要な視点として、下記の3点を指摘したい。

(1)行動変革につながる具体性ある情報提供の実施
 短中期的には経済性が見込める省エネ対策でも、情報や動機の不足、人間の合理的選択の限界や資金調達力などに課題があり見過ごされたままになっているケースは多い。儲かる省エネをやらずに過ごしているのは、それこそモッタイナイ話であり、まずは大きなコストをかけずに可能な情報提供などを充実させることが求められる。しかしその方法には工夫が必要だ注6)
 京都議定書第1約束期間においては大々的な国民運動が展開されたにもかかわらず、2008~12年の5年間平均最終エネルギー消費は1990年と比べて約33%も増加してしまった。国民全体が当事者意識を共有することが困難であることはこの経験からも理解されるが、情報や動機の提供方法によっては有効に作用する場合もある。
 株式会社 住環境計画研究所他2社が北陸地域の一般家庭2万世帯を対象にエネルギー使用状況等に関するレポートを送付したところ、そうした情報提供を行わなかった2万世帯と比較してレポート送付の1か月後には0.9%、2か月後には1.2%の省エネルギー効果を確認したという。他世帯との比較や、省エネ行動を採らないことによる損失が金額換算で具体的に示されたこと、各世帯ごとに適したアドバイスが含まれていたことなどが大きく作用したと分析されている。翻ってみれば、これまでの国民運動は多分に全国民を対象にしたキャンペーンとしての色合いが強く、国民の具体的な取り組みにつなげる工夫に欠けていたのではないだろうか。
 家庭部門だけでなく、省エネ法の規制対象外であるような中小企業が今後活用したい省エネ支援策の約4割が情報提供(講習会や無料省エネ診断等)であること注7)も注目に値する。ソフト面の対策は「心がけ一つ」で一定の改善が期待できる。そのメリットである対策コストの安さを生かす工夫が必要であり、コストのかかる郵送や訪問ではなく、メール等の通信手段を活用するなど、HEMSやスマートメーターの普及、電力自由化等を契機に情報提供の手法が充実していくことが望まれる。

(2)価格効果の縮小に留意すること
 今後の政策を考える上で留意しなければならない点として、エネルギー価格上昇による需要抑制効果が縮小していることを指摘したい。オイルショックを契機に日本でこれだけ省エネが進んだのは、エネルギー価格が高騰したため、特にエネルギー集約産業においてその消費を抑制するための省エネ設備への投資回収が容易になったことによるところが大きい。しかし資源エネルギー庁が行った「エネルギーミックスにおける省エネルギー対策に向けた施策評価・効果分析調査」によれば、燃料価格および電気料金が1%変化したときの燃料・電力の消費量の変化はオイルショック当時と比較すると軒並み縮小しており、過度な省エネを目指せば副作用が懸念される。
 COP21の後わが国では炭素に対する価格付け(カーボンプライシング)議論が盛んであり、炭素税あるいは排出量取引といった「明示的炭素価格」の導入も議論されている。カーボンプライシングの趣旨は、排出される炭素のコストを排出者に負わせることで、炭素排出が抑制されるようにする、低炭素技術が競争力を持つようにするといったことにあるが、上述した省エネ法も高コストであっても効率の良い設備に投資することを促すなど、暗示的な炭素価格の機能を果たしているといえる。今後カーボンプライシング施策の導入や省エネ施策の強化を行うにしても、この現状をよく考慮せねば、日本経済・国民生活に甚大な影響を与える恐れがある。

(3)政策効果の不断の検証と改善
 エネルギー消費量は社会構造や経済状況、技術の進展により大きく変化するものであり、掲げた目標からバックキャストして確実に達成しようとすれば国民生活に過度な負担となったり、無駄を生じさせる恐れがある。必要なのは政策効果を不断に検証し、情勢の変化や効率改善の進展に応じた改善することである。省エネ小委員会に提示された資料注8)によれば、省エネ補助金の採択案件の投資効果として5万円程度の補助投資により原油換算で1kLの省エネ効果が得られたとされている。

図3図3/省エネの費用対効果の検証 【2030年までの省エネ効果を対象とするケース】
(出典:資源エネルギー庁 平成28年8月26日「省エネルギー小委員会 取りまとめ 参考資料集」注9)
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 これをベースにわが国のエネルギーミックスが求める、5,000万kL(原油換算)の省エネが、2030年時点で設備投資(平均耐用年数14.4年で計算)の効果として発現しているために必要な補助投資額を試算すれば、約37兆円にも膨らむ(なお、この試算には複数の留保条件があることには留意が必要)。
 特に今後重要であるとされる住宅・建物の断熱性能向上は必要な初期投資額が大きいため、費用対効果は最も悪い。居住者の健康性、快適性、遮音性、安全性の向上やメンテナンス費用削減などのコベネフィットを金額換算する研究もなされているが、省エネ単体で投資の費用対効果を考えると回収が困難であるケースが多い。費用対効果の悪い省エネに、産業政策的意義への期待も持たせることで多額の補助金を費やした家電エコポイント制度が会計検査院から「酷評」注10)されたことは記憶に新しいが、これまで省エネへの補助政策は、「良いこと」という漠然とした印象評価が先行し、十分な費用対効果の検証が行われてきたとは言いづらい注11)。しかし政策として実施する以上、エネルギー消費量やCO2排出量削減といった政策目的達成上の費用対効果を評価し、他の政策との取捨選択が必要だ。
 政府は新築住宅・建築物について段階的に省エネ基準適合義務化するとともに、住宅・建築物のネット・ゼロ・エネルギー化(ZEB・ZEH)への補助を行うこととしているが、固定資産税の軽減措置や省エネ住宅・建物のコベネフィットに対して損害保険料・生命保険料等の優遇で評価するなど、インセンティブ設計において幅広くアイディアを募ることが必要だろう。

注6)
省エネルギーバリアに関する論考として、「エネルギー・資源」Vol.36No.3「省エネルギーバリアとその解消策―「見える化」などの情報提供に求められるもの」西尾健一郎などがある。
注7)
平成27年8月26日資源エネルギー庁「省エネルギー小委員会取りまとめ参考資料集」P64(出典)中小企業白書(2010)より
注8)
総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会-取りまとめ参考資料集
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/sho_ene/report_01_01.html
注9)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/sho_ene/report_01_01.html
注10)
会計検査院法第30条の2の規定に基づく報告書(要旨)「グリーン家電普及促進対策補助金等の効果等について」
http://www.jbaudit.go.jp/pr/kensa/result/24/pdf/241011_youshi_1.pdf
注11)
温暖化関連事業全体の費用対効果や評価に関する課題を整理した論考として「国の温暖化対策関連事業の現状と課題―公会計資料と行政事業レビューシートに基づく分析」(電力中央研究所社会経済研究所木村氏)などがある。
http://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/Y15018.html

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