第6回 セメントの底力を活かし、持続可能な社会を〈後編〉

セメント協会生産・環境幹事会幹事長/三菱マテリアル株式会社執行役員セメント事業カンパニーバイスプレジデント 岸 和博氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第6回 セメントの底力を活かし、持続可能な社会を〈前編〉

コンクリート舗装の促進

――セメント業界の低炭素社会実行計画の柱の一つ、「主体間の連携」とは?

岸 和博氏(以下、敬称略):いろいろな業種の方々と協力してCO2削減を図る「主体間連携の強化」において、我々は、「コンクリートの舗装」と「循環型社会への貢献」を促進していきたいと考えています。

岸 和博氏

岸 和博(きし・かずひろ)氏。

昭和59年3月
東京工業大学工学部無機材料工学科大学院 修了
昭和59年4月
三菱鉱業セメント株式会社(現・三菱マテリアル株式会社)入社
平成19年10月
九州工場生産部長
平成22年6月
岩手工場長
平成23年6月
セメント事業カンパニー技術統括部長
平成23年6月
セメント事業カンパニー生産部長
平成26年4月
執行役員九州工場長
平成28年4月
執行役員セメント事業カンパニーバイスプレジデント

 日本はアスファルトの道路舗装がほとんどですが、いろいろな研究の結果、コンクリート舗装では(アスファルト舗装と比較して)タイヤのころがり抵抗が少なくなり、大型車両の燃費が向上することが分かってきました。(図1)また、コンクリート舗装は色が白いので、ヒートアイランド現象の緩和に貢献できます。これまでは、工事現場の開放に時間がかかることがコンクリート舗装の欠点でしたが、最近では各社の努力で、「1 DAY PAVE」という1日で道路を開放できるような技術も開発されています。「1 DAY PAVE」の施工は特殊な道具はいりませんし、それほど難しくないこともメリットです。業界としても新しい需要の開拓になることを期待しています。

図1(図1)出典:セメント協会[拡大画像表示]

循環型社会と災害廃棄物処理への貢献

――セメントの循環型社会への貢献についてお聞かせください。

岸:循環型社会への貢献については、セメント業界は以前から多種多様な廃棄物や副産物をセメントの原料の代わりや熱エネルギー源の代わりに有効利用しています。ご存知ない方が多いのですが、セメントは産業廃棄物の受け皿になっているのです。2015年度の実績値として、1トンのセメントを製造するのに、475㎏の廃棄物・副産物を有効利用し、その総量は年間約2800万トンにもなっています。セメントの有効利用は、ごみの最終処分場の容量不足問題を抱えている日本の事情を大きく改善するものです。

 また、廃プラや木くずなどの熱エネルギーの代替となる廃棄物を多く有効利用することによって、通常の単純焼却を主体とする廃棄物焼却施設での焼却処理と比較すると、セメント工場側で天然エネルギー源の削減ができて、社会全体での温室効果ガス排出削減にも寄与できます。

――セメントがないと社会全体として困るなと改めて感じます。

岸:最近、自然災害の発生が増えていますが、災害からの早期の回復・復旧も社会基盤の安定のためには重要です。東日本大震災では、セメント工場が、災害廃棄物の処理に大きく貢献したことを自負しています。この時は、福島事故による放射性廃棄物の問題も絡んでいましたので、製品の製造にまったく影響のない災害廃棄物だけを受け入れて処理してきました。 

 しかし、福島県内の災害廃棄物の受け皿がない場合、まちはどうなってしまうか、その現実を私たちは見ることになりました。放射性廃棄物の混入している下水汚泥などの災害廃棄物は、セメントの原料として処理されず、いまだ放置されているものもあります。このことからセメントが廃棄物を受け入れないとどうなるか、考える材料になったのではないでしょうか。今年の動きとしては、熊本地震に向けた対応でもセメント業界全体で支援しており、加えて北海道地区からも災害廃棄物の迅速な処理に向けての協力依頼が来ています。

――安全性の確保が前提ですが、できるだけ災害廃棄物をセメントの原料として受け入れてほしいです。

岸氏

岸:そのためには、国民の方々の理解も必要ですし、また災害廃棄物をセメントの原料や熱エネルギー源として有効利用した製品を受け入れてくれるお客様も必要です。我々も説明責任を果たし、今後も課題解決に向けて取り組んでいくつもりです。セメント業界は、これまでの災害廃棄物の処理活動を評価いただき、環境省の「Waste-Net(災害廃棄物処理支援ネットワーク)」と呼ばれるネットワークに参画しています。これは、国が集約する知見・技術を有効に活用し、各地における災害対応力向上につなげるため、その中心となる関係者による人的な支援ネットワークを構築するためにつくられました。この中でもセメント工場は、災害廃棄物を処理するための社会的基盤の一つとして位置づけられています。セメント業界のこれらの廃棄物処理について、廃棄物を直接製品に混ぜているかのような誤解をされている方が時々いらっしゃるようなので、ここで、そうではないことを若干追加説明させて頂きます。セメント業界が廃棄物を有効利用するということは、廃棄物にも含まれているセメント共通の元素を天然の原料等と一緒に使って、1,450℃という超高温で焼成して、水を加えると固まるという、セメント特有の結晶構造に作り変えることを意味しています。廃棄物の構造とは全く異なるものが出来上がるのです。セメント工場では一般の方にもご理解頂くように活動を行っておりますので、是非近くのセメント工場を訪ねて見学して頂きたいと思います。

熱エネルギーの有効利用

――数々の省エネルギー対策に取り組まれていますが、その一つ、熱の有効利用については?

岸:セメント製造工程での熱の有効利用率は、入熱に対して約80%となっています。例えば、セメント焼成炉の排ガスが出口煙突を出ていく時には、その前に乾燥用に使われたり、排熱発電用に使われたりして、ほぼ100℃前後、あるいは100℃以下まで温度が下がり、熱として有効利用されたガスが出ていくことになります。このような状況から、熱の有効利用に関する対策は非常に限られてしまいます。そんな中、セメント各社が積極的に試みているのが、高効率クリンカクーラーの導入です。これはセメント焼成炉の中で、1450℃程度の超高温で焼成された、中間製品となるクリンカに大気を吹き込んで空冷する設備ですが、この冷却効率を上げることができるものです。ただ全体としての省エネ効果は大きなものではありませんので、これも小さな積み重ねの一つではあります。

図2(図2)出典:セメント協会[拡大画像表示]

――熱を無駄なく回収して有効利用することは大事ですね。

岸:古い型式のキルンでは熱回収の設備はありませんが、今の日本のキルンは全てプレヒータ(予熱装置)とクリンカクーラーが付いています。より効率の高いクリンカクーラーに更新して、クリンカクーラーでの熱回収をもっと増やせないかなど、省エネルギー技術の改善に向けて努力しています。

セメント産業のライフサイクルアセスメント(LCA)

――低炭素社会の実現に向けて、セメント業界としてライフサイクルアセスメント(LCA)について公表されています。

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岸:セメント協会では、毎年「セメントのLCI注1)データの概要」を公表しています。これは、1995年に設立された日本LCAフォーラムに参加・活動を行っている一環です。このデータは、毎年各社に調査を行い、セメント協会で取りまとめたものです。(http://www.jcassoc.or.jp/cement/4pdf/jg1i_01.pdf#search=’LCIデータの概要+セメント協会’

 2012年には「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量の算定方法基本ガイドラインに関する業種別解説」を作成、公表しました。これは、2010年に経済産業省と環境省が合同で「サプライチェーン排出量に関する検討会」を設置した際に、両省より協力の要請があり、その際に作成したものです。セメントは、本来、建設資材の根幹を構成する物質ですし、国内で資源を確保できる産業です。サプライチェーンの最初の段階にある製品ですので、検討会にも積極的に参加しています。

 セメント産業のライフサイクルを把握することの目的は、一つは下げ代がどこにあるのかをまず把握し、我々が削減努力を取り組むべきプロセスがどこなのかがわかるということと、お客様からの製品に関する環境負荷のデータを知りたいという要望に応えるためです。お客様に製品を継続的に購入していただくためにも製品のライフサイクルに関する情報提供は今後も積極的に公表していきたいと思います。

注1)
LCI(ライフサイクルインベントリ)とは:製品がシステム外からどれだけの資源を必要とし、またどれだけ環境負荷物資を排出するかのデータを収集・推定する作業のこと

セメントの底力を知ってほしい

――災害が多い日本においては、強靱な社会をつくっていく必要があります。セメントが果たす役割は?

岸:国土強靱化について、セメント協会では、「セメントの底力~セメントはわが国の社会インフラ整備を支えています」という冊子をつくっています。強靱化の要素として、「港湾、空港、道路、鉄道といった社会的ネットワークを支える」、「エネルギー備蓄によりエネルギーの安定供給を支える」、「都市水害、河川の水害、津波等の自然の脅威から国土や命を守る」、「建築物や文化財の基盤強化」が大きな要素だと考えています。

 近年、自然災害が頻発していますよね。人の命を守るのは、セメントの使命だと思っています。災害が起きたとしても、少なくとも人の命は守り、できるだけ最小限に被害を食い止めたい。セメントで安心な建物を作って、住民の方々に避難していただくとか、我々業界ができることはたくさんあると思っています。災害後にまちが復旧した姿は、多くの方にはなかなか見る機会はないですよね。まちの復興も含め、セメントがインフラ整備を支えていることを知って欲しいと思います。(http://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jj3h2.html

【インタビュー後記】

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 セメントがいかに温暖化対策や循環型社会に貢献していくか、岸氏は実に率直な言葉でわかりやすくお話くださいました。セメントと言ってもあまり身近に思われない方もいると思いますが、橋やダム、地下構造物、高速道路、海岸堤防など、私たちの社会生活の基盤になっている大切なものです。また、年間2800万トンもの大量の廃棄物・副産物をセメントの原料や熱エネルギーの代替として受け入れ、循環型社会を支えてくれています。セメントが廃棄物を減らし環境負荷低減に貢献していることを社会の中でもっと認識して、私たちも感謝の気持ちを持って評価するべきでしょう。近年豪雨による堤防決壊などの自然災害も起きていますので、自然の脅威から人の命を守るためにも、必要なところにはセメントによるインフラ整備を進めることも重要です。地球環境との調和を図りながら、セメントが持続可能な社会に大きく貢献してくれることを期待しています。

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