第4回 温暖化対策は経済界が主体的に取り組むことが重要〈後編〉

日本経済団体連合会環境安全委員会地球環境部会地球温暖化対策ワーキンググループ座長/住友化学株式会社レスポンシブルケア部主幹 村上 仁一氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第4回 温暖化対策は経済界が主体的に取り組むことが重要〈前編〉

排出量取引制度などの規制の経済活動への影響

――経団連は、国内排出量取引制度導入など規制的な手法に対しては異議を唱えられています。今、政府の中で目標達成のために様々な制度を導入するということが検討されていますが、これが経済に与える影響などについてご意見は?

村上 仁一氏(以下、敬称略):排出量取引制度をはじめとする規制的な手法は、経済活動を阻害するばかりか、立地競争力の低下に伴う産業の空洞化により、日本以外の地域に生産拠点が移動し、排出量がそちらで増加する、いわゆる炭素リーケージを招いて、地球規模の温暖化対策に逆行する懸念があります。

村上 仁一(むらかみ・まさかず)氏。

1978年3月
東京大学農学部畜産獣医学科卒業
同年4月
住友化学工業株式会社入社(現、生物環境科学研究所)
1989年11月
米国立癌研究所 研究員
1992年 4月
住友化学工業株式会社 生命工学研究所 兼 地球環境産業技術研究機構 主席研究員
1999年4月
住友化学株式会社 技術経営企画室 主席部員
2001年6月
同 生物環境科学研究所 主席研究員
2006年6月
同 人事部 担当部長
2009年10月
同 レスポンシブルケア室 主席部員
2012年2月
同 レスポンシブルケア室 兼 気候変動対応推進室 主幹
2016年4月
同 レスポンシブルケア部 主幹
*2014年1月
経団連 環境安全委員会 地球環境部会 地球温暖化対策WG 副座長
*2014年7月
同 地球温暖化対策WG 座長

 さらに海外クレジットの購入等により、研究開発投資の原資も奪われるなど、環境と経済の両立を困難にする手法であると思いますので、強く反対しています。ちなみに「経団連 環境自主行動計画」に参加する産業部門・エネルギー転換部門は、京都議定書第一約束期間におけるCO2排出量の平均を90年度の水準以下に抑えると目標を掲げ、90年度比12.1%減と、目標を大きく上回る削減を実現してまいりました。

 このように経済界の主体的な取り組みは着実に成果を挙げていることから、政府からも高く評価されており、地球温暖化対策計画において対策の柱として位置付けていただきました。経済界としては、「低炭素社会実行計画」を中心に温室効果ガスの一層の削減に積極的に取り組んでいく所存です。

国民運動「COOL CHOICE」展開への協力

――「地球温暖化対策計画」には国民運動の展開についても言及がありますが、経団連として国民運動への協力や関わりなどはありますか?

村上:京都議定書第一約束期間において、家庭部門ではPDCAサイクルが十分機能しなかったためと考えられますが、CO2排出量が1990年時点から2013年にかけて1.5倍増加しました。

 こうした中で、約束草案では家庭部門の温室効果ガス排出量を2030年度までに約4割削減するということが求められておりまして、実効ある国民運動の展開が約束草案実現の鍵であると考えております。

 そこで、環境省が新たに、国民運動「COOL CHOICE」を開始したわけですが、環境大臣のリーダーシップのもと、関係する省庁を巻き込んで政府一丸となって、PDCAサイクルを回しながら活動を展開していただくべきだと考えています。この環境省のCOOL CHOICE推進チームには経団連も委員として参画しており、6月の第1回の会合では経団連としての取り組みを紹介するとともに、政府に対して次の3つの意見を述べました。

 まず1点目として、最終的なゴールである「家庭部門CO2排出量の4割削減」を常に念頭に置き、施策を展開していただきたいということ。2点目は、家庭部門における過去のCO2排出量の増加要因をきちんと分析していただきたいということ。3点目は環境教育の推進です。現在、いろいろな環境教育が行われているわけですが、これらを強化・一元化する形で、国民運動として繋げていただきたいと考えています。

国民運動と経団連の取り組み

――現在の温暖化対策の経団連の取り組みと、国民運動との関係は?

村上:経団連は、地球温暖化対策に主体的かつ積極的に取り組むため、約60業種の協力を得て、「低炭素社会実行計画」」を策定してPDCAサイクルを回しながら推進しています。その柱の一つに「主体間連携」があります。これは国民運動に直結する活動ですが、ライフサイクル全体での削減をはじめ、工場等での立地地域における環境教育への協力、環境家計簿の作成など従業員に対する啓発活動、またエコドライブの推進など国民運動に繋がる様々な活動を推進しています。(図1)

図1図1 出典:経団連[拡大画像表示]

 その他、経団連は環境省をはじめとした関係省庁や関係団体、マスコミ等が行っている各種顕彰制度に対しても、講演や選考委員としての活動など種々の協力を行っています。顕彰制度は地球温暖化防止に取り組む個人や企業・団体を表彰することで、その努力を称えるだけでなく模範となる優良事例を社会に発信する役割を担っており、こうした多くの顕彰制度と国民運動との相乗効果を発揮させていくことも重要と考えています。

長期の温暖化対策は活力ある経済社会の実現が大前提

――環境省と経産省においてそれぞれ、2030年度以降の温暖化対策に関する検討が行われています。長期戦略に関する経済界としてのスタンスは?

村上:まずは、野心的な中期目標である2030年度26%削減、これに官民を挙げて注力すべきであろうと考えています。2030年度以降の長期の温暖化対策を検討するにあたっては、活力ある経済社会を将来にわたって実現していくこと、これが大前提だと思いますので、「環境と経済の両立」、とりわけエネルギー政策と整合性の取れた温暖化対策が不可欠です。

 トップダウンによる削減率ありきの議論ではなくて、エネルギーミックスや、技術動向などを踏まえて、実現可能性のある施策を積み上げ、じっくり議論すべきです。その際、対策のコストにも配慮いただき、もし仮に、温対計画に掲げられた2050年80%削減が経済に悪影響を及ぼすことが分かれば、目標を躊躇なく見直していただくべきであろうと思っています。世界に占める温室効果ガスの排出シェアが3%に満たない日本としては、国内での削減にこだわるのではなく、世界最高水準の技術力を生かし、地球規模の削減に貢献すべきです。

 長期の温室効果ガスの大幅な削減には、技術革新が必須です。そのためには、官民の研究開発投資を促進していく必要があります。経済界はイノベーションの担い手として、今後とも積極的に取り組んでいきたいと思いますが、政府においても、特に民間では担うことのできない研究開発分野への投資を拡充していただく必要があります。技術革新は非連続的に生じるものですので、特定の削減目標から直線で毎年の削減率を割り戻したような、規制色の濃い対策を検討すべきではないと我々は考えています。(図2)

図2図2 出典:経団連[拡大画像表示]

廃棄物や自然保護、フロン対策の問題にも取り組む

――温暖化問題以外での環境問題解決に向けた活動の横展開はされていますか?

村上:経団連は地球温暖化対策のほかに、循環型社会形成、自然保護の分野においても取組みを進めています。まず循環型社会形成ですが、こちらは温暖化対策と同様、環境自主行動計画を策定して取り組んできました。具体的には産業界全体の目標として、産業廃棄物最終処分量の削減を掲げて、2014年までに1990年比から91%の削減を実現しました。

――産業廃棄物の最終処分量を9割も削減できたのですか!

村上:はい、大幅な産業廃棄物の削減を実現できました。そのほか業種ごとに、再資源化率や事業系一般廃棄物処分量などの数値目標を掲げ、進捗状況を毎年定期的にフォローアップし、自主的かつ継続的に取り組んでいます。

 一方、自然保護については、経団連は1992年、途上国における自然保護への協力の一環として、「経団連自然保護協議会」を設立し、現在も100社を超える経団連会員企業が参加をし、活動を展開しています。具体的には、経団連の自然保護基金を通じて、国内外へのNGOが行う自然保護活動プロジェクトに支援を行っているほか、「経団連生物多様性宣言」のとりまとめなど、企業への情報提供や啓発活動、また企業とNGOの交流促進、自然再生を通じた東北復興などに取り組んでいるところです。

 また、我々は温暖化防止の観点からフロン対策にも提言をしています。モントリオール議定書ではオゾン層破壊物質を規制するため、CFC(クロロフルオロカーボン)、HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)といった物質の生産段階での規制をしてきました。一方、これらのオゾン層破壊物質であるCFCやHCFCは非常に強い温室効果も持ったガスです。新興国・途上国では冷凍・冷蔵空調機等に冷媒として存在するCFCやHCFC(「フロンバンク」)が、代替フロン等への置換の際に回収・破壊されずにそのまま大気中に大量に放出され、非常に大きな温室効果を及ぼすことが指摘されています。日本ではすでにフロン回収・破壊法などにより、きちんと回収・破壊が義務付けられていますが、これらの技術や制度を十分に持たない国々に日本の優れた技術や制度を導入し、地球全体での温暖化を防ぐことも重要だと考えています。日本政府に対してこれらの技術支援を強く求めていきたいと思います。

【インタビュー後記】

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 「環境自主行動計画」に参加した産業部門・エネルギー転換部門34種のCO2排出量は、京都議定書第一約束期間(2008~2012年度)の5年間平均で4億4447万t-CO2と、90年度の5億551万t-CO2に比べて、目標を大きく上回り12.1%の削減を記録しました。日本の産業界が地球温暖化対策に主体的かつ着実に削減努力を続けてきた結果です。今後の経団連の温暖化対策は、「低炭素社会実行計画」の4本柱を掲げて進めていくことになります。引き続き透明性の高いPDCAサイクルを進め、世界最高水準の低炭素技術や省エネ技術の開発・推進を期待しています。今回、その技術開発を進めるためには、経済成長が必要だということも再確認。やはり資金がなくては技術への投資は進みませんし、イノベーションは起きないわけですね。
 村上氏は、企業の活力を削ぐような規制的な政策はとるべきではなく、産業界が主体的に実効性ある温暖化対策に取り組んでいく必要性を何度か強調されました。短期的には削減ポテンシャルの高い新興国や途上国に日本の技術を移転し、温室効果ガスの排出削減に貢献し、中長期的には革新的技術の開発・普及により世界全体の排出量を2050年に半減させることを目指していく。国内の温暖化対策ともに、優れた技術により世界貢献を果たしていくことが日本の使命なのだと改めて感じました。

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