COP21パリ会議を振り返って

交渉結果のポイントと今後の展望


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年2月号からの転載)

 2015年12月12日(土)午後7時すぎ。COP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)の議長を務めたファビウス仏外相が小さな木槌を振り下ろすと、会場は熱狂的な興奮に包まれた。
 壇上の面々はVサインを出し、抱き合ってお互いを讃え、会場はスタンディングオベーションで地鳴りのような拍手に包まれた。涙ぐむ参加者の顔がアップで中継され、この歴史的な合意を祝福する気持ちをかき立てる。
 これほどの歓喜に沸くのも当然と思えるほど、パリ協定は難産の末に産まれた。米中が気候変動問題に前向きな姿勢を示すようになり、COP開催前の11月11日には、世界の温室効果ガスの約9割を排出する159カ国・地域が削減目標を提出するなど、合意成立に向けた機運が高まっていたことから、何らかの合意はできるだろうという確信をもって筆者はパリに赴いた。ところがいざ始まってみると、「決裂」の文字が一時脳裏をかすめるほどに交渉は難航した。
 この合意は何を定め、何を先送りにしたのか。COP21の交渉結果のポイントと今後の展望を整理してみたい。

交渉結果のポイント

 最大の成果は、すべての国が参加する、法的拘束力のある枠組みが結実したことだろう。主要排出国を含むすべての国が「自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution を略してNDCと言われる)」を5年ごとに提出・更新し、その実施状況を報告するとともに、専門家のレビュー(評価)を受けることが義務づけられた。一部先進国にのみ義務を課すという二分論にとらわれた京都議定書の世界を脱することに、一応は成功したのである。
 法的拘束力について誤解がないようにしなければならないのは、提出した目標の達成に法的義務が課されたわけではないということだ。日本人はそれが道義的な義務であろうと法的義務であろうと、「ねばならぬ」と表現するので、違いを認識しづらい。さらに「法的義務でなければやらなくていいという訳ではない」という倫理的には正しい理屈によってこの違いをあえて無視する傾向すらあるが、これが国際的な合意文書である以上、使われている助動詞がshall(義務)か、それ以外のshouldあるいはwillなのかは正確に認識しなくてはならない。

最終合意文書案を示し、これで合意するよう各国に理解を求めるCOP議長

最終合意文書案を示し、これで合意するよう各国に理解を求めるCOP議長

 京都議定書の世界を脱することに“一応”は成功した、と含みのある表現になったのは、すべての国の参加を得たとはいえ、途上国と先進国の「差異」が、多くの条文に埋め込まれ残っているからだ。これまでの枠組みで途上国と分類されていた新興国からすれば、先進国との差異は手放すべからざる既得権であり、交渉のあらゆる場面でインドなどから強い主張がなされた。合意成立後インド国内では「インドが差異化を守るうえで大きな役割を果たした」、「差異化は各所に埋め込まれている」と報じられており、彼らにとって先進国との差異は死守すべきものだったことがうかがえる。
 埋め込まれた差異は細かく挙げればきりがないが、今回の交渉で最も難航した「資金支援」と「透明性」について取り上げたい。
 まず、途上国への資金支援については、先進国は義務とされ拠出の状況について隔年報告の義務を負うが、その他の国は支援することを奨励されるにとどまる。そもそもこの交渉において多くの途上国の最大の関心事は、先進国から得られる資金支援で、それが先進国の義務とされる点はいかんともしがたい。
 差異は残ったものの、先進国以外の国(主に念頭に置かれたのは中国)が資金の出し手となることを促す文言が入ったことは大きな前進と言えよう。しかし、先進国が拠出する資金については1000億ドルの目標を2025年まで継続し、同年より前にCOPにおいて「1000億ドルを底として」新たな数値目標を定めることを義務づけられた(shall)。この規定は協定本体ではなく、法的拘束力のない「COP決定」に書かれたものであることは先進国側の主張の成果として留意する必要があるが、先進国の資金支援については厳しい報告義務まで課せられている。

パリ協定が採択され、歓喜に沸く壇上

パリ協定が採択され、歓喜に沸く壇上

 「透明性」の確保とは、削減目標の実施状況について情報を提供し、レビューを受けることを意味する。新たな枠組みが「言いっぱなし」になることを防ぐため、先進国が重視したテーマである。新興国・途上国は、情報提供やレビューの対象を、削減への取り組みだけでなく、先進国が途上国に対して行う支援も含めることを主張し対抗した。最後は両方を含めることでようやく妥協を見た。
 詳細ルールは今後議論されることになるが、埋め込まれた差異化をテコに、新興国・途上国の削減に関する情報提供・レビューが形骸化されることがないようにすることが、今後の交渉の1つのポイントになるだろう。
 しかしである。実はパリ協定では、どの国が先進国で、どの国が途上国か、定義が明らかにされていない。気候変動枠組み条約は附属書で各国をリスト化し、その区分を明確にしているが、パリ協定の中には協定のいう先進国・途上国は何をもって分類するかの基準が明示されていないのだ。この議論に手をつけるとまとまらなくなるので、各国ともわかっていてこの話題には触れずに済ませたとも言われている。
 例えば2030年時点でわが国が一般的に先進国と言われる経済状況になかったとしても、気候変動交渉において先進国ではないというポジションを許されるとは思えない。協定上明確な定めがないことは議論の火種になる可能性がある。

2015年12月15日 19:33 IST TheHINDU http://www.thehindu.com/opinion/op-ed/paris-agreement-at-paris-something-for-everyone/article7987957.ece

 もう1つ大きな成果として取り上げられるのは、この協定の目的に、「産業革命以前からの温度上昇を2℃より十分下方にとどめ、1.5℃以内にとどめるよう努力を求める」という温度目標が条約上初めて明記されたことだろう。いわゆる2℃目標は政治的に浮上し定着したものだが、今回、努力目標とはいえ条文に書き込まれ、かつさらに高い1.5℃という言葉も登場した。
 会場に詰めかけた環境NGOはこれを熱狂的に歓迎したが、これを成果と評価してよいのかどうか、筆者にはまだ判断できない。
 というのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書では、2℃目標達成のための450ppmシナリオ(温室効果ガス濃度)では、2050年までにゼロ/低排出電力(再エネ・原子力・CCS 付き火力、バイオマスCCS)の割合が80% を上回り、2100年にはほぼ100%にすることが必要とされている。CCS(二酸化炭素の回収・貯留技術)あるいはバイオマスCCSを活用してシナリオ上のつじつまは合わせられたとしても、とても現実的であるとは思えない。
 北海道・苫小牧で行われているCCSの実証実験は年間10万トンの圧入を目指している。わが国の排出する温室効果ガス約14億トンをゼロにするには、この10倍の規模の貯留層を全国1400カ所に常時確保しなければならないのだ。これをさらに1.5℃目標に近づけるとなれば、その非現実性は一層強まる。
 努力目標とはいえ、今後の国際交渉で1.5℃目標と現実のかい離が指摘され、途上国の対策が進まないのは先進国の支援不足が原因との議論につながっていく可能性もある。温暖化に脆弱な島しょ国への配慮として挿入された非現実的なまでに高い目標が、今後の温暖化交渉の足かせになることを懸念してしまうのは、取り越し苦労が過ぎるであろうか。
 それよりも筆者は、技術の条文にテクノロジーの重要性が書かれたことの方が大きな意義だと考える。2℃目標、あるいは、わが国の第四次環境基本計画のように「2050年に温室効果ガス80%削減」といった高い目標、ビジョンを掲げることは、メッセージとしての意義はある。しかしそれを達成するためには現在の技術では不可能であり、革新的技術の開発がカギであることは自明だ。
 京都議定書の最大の欠点は、技術の観点が抜け落ちていたことだった。パリ協定の条文でテクノロジーの重要性が謳われたことは、京都議定書のように削減量を割り当てても温室効果ガスの削減にはつながらないという現実を世界が認識した証といえよう。わが国も技術に集中的に貢献していくべきだと考える。

各国産業界との意見交換

 COP期間中、筆者は各国の産業界との情報共有に力を注いだ。各国の温暖化対策が実効性を持つかどうかは、その国の産業界がどう動くかに大きく左右されるからだ。その中で印象的だったのが、米国とインドである。
 サイドイベントに登壇した米国商工会議所21世紀エネルギー研究所のスティーブン・ユール副所長は、米国の約束草案の根拠を問われ、「それはブラックボックスの中」、「政府と産業界はこの目標に関してNo consultation(協議していない)。2025年までに2005 年比26-28%削減という米国の目標の4割は根拠不明」と発言した。
 COP直後に行われた世論調査を見ても、米政権が最優先で取り組むべき課題に気候変動を挙げたのはわずか7%にとどまっており、少なくともオバマ政権の温暖化対策は国民・産業界の支持を受けているとは言い難いことがわかる。

米国の約束草案について語る米国商工会議所21世紀エネルギー研究所の スティーブン・ユール副所長(右から2番目)

米国の約束草案について語る米国商工会議所21世紀エネルギー研究所の
スティーブン・ユール副所長(右から2番目)

インド工業連盟(CII )メンバーとの意見交換会

インド工業連盟(CII)メンバーとの意見交換会

 米上院の多数を占める共和党議員からは「切れもしない手形を切った」とオバマ政権の対応を酷評する声もある。しかし、次期大統領にもしヒラリー・クリントン候補が就任することになれば、米国のリーダーが気候変動に前向きである状況は続くだろう。その場合、産業界はどう動くのか、世論の動向とあわせて注目する必要がある。

食の国フランスでは、COP会場には珍しく食事が充実していた。 COPのシンボルマークを模したミルフィーユケーキ

食の国フランスでは、COP会場には珍しく食事が充実していた。
COPのシンボルマークを模したミルフィーユケーキ

 また、インド産業界とのディスカッションでは、石炭について非常に現実的な意見を聞いた。「主要先進工業国の中で石炭を使っていない国はあるのか」、「石炭を使うなと言うべきではない。効率的に使えと言うべきだ」。化石燃料にかかわる投資引き揚げや融資削減を意味する「ダイベストメント」の動きは欧米を中心に急速に広まりつつあるが、一方でインド産業界関係者は、石炭を使って発展し、インドがあとに続く途上国にとって有望な市場になるという強い決意を示した。
 インドは先進国からの援助を前提に太陽光発電を積極的に導入することも明らかにしているが、一方で2020年の石炭火力発電による発電電力量が現在の2倍に増加するとの見通しもある。脱石炭が世界的な潮流とも言われるが、新興国・途上国の現実も踏まえる必要があることを改めて教えられた。

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今後の展望

 わが国に求められる対応を整理したい。
 国際交渉上は、パリ合意はまだスタート地点であるとの認識を共有し、今後協定が適切に実行されるよう、データ収集に関するノウハウやPDCA(計画・実行・評価・改善)プロセスの運用などについて積極的に知見を提供していくことが期待される。プレッジ&レビューの概念の提唱にとどまらず、制度設計に具体的なノウハウを提供し、データの正確性が危ぶまれる中国を含めた各国の理解を求めていくことは、産業界の自主的取り組みによって知見を蓄積したわが国ならではの貢献である。
 そして、日本に求められる貢献はやはり革新的技術開発を先導することだろう。国際的には「ミッション・イノベーション」(5年間でクリーンエネルギーの研究開発に係る予算の倍増を目指す有志国政府と、同分野への投資を拡大する民間投資家有志によるイニシアティブ)への参加を表明し、国内的には2050 年に向けた「エネルギー・環境イノベーション戦略」を策定し、有望分野を特定して技術開発に注力していくことが打ち出されている。
 この方向性に異存はないし、知的財産権の扱いに関するルール策定なども含めて、わが国が積極的に貢献することを期待したい。しかし、技術の担い手はあくまで企業であり、企業が研究開発に継続的かつ積極的な投資を行える良好な経済状況を確保することが重要であると認識すべきだ。マクロ経済を良好に保つこと、加えて、研究開発投資に関する減税措置などで、ビジネスの現場でその感覚を活かした技術開発が行われるよう政府の支援を期待したい。
 既存技術をいかに普及させるかについては、JCM(二国間クレジット制度)の制度設計が肝となる。パリ協定では、JCMを含めた市場メカニズムが否定されずに生き残った。しかし、今後すべての国が目標を掲げるからには、日本の技術を導入して削減したのは自国の努力であるという主張が相手国からなされることも想像される。JCMが、合理的かつ実効性ある気候変動対策として、また日本の技術普及策として機能するには、前途多難と言えよう。
 国内対策についてはすでに議論が始まっている。2015年12月22日には、安倍首相も出席して地球温暖化対策推進本部が開催され、同じ日に、筆者も参加する中央環境審議会・産業構造審議会の下に設置された委員会の合同会合が開催された。COP21直後とあって議論百出だったが、印象的だったのは、「2050年に80%削減」をわが国の長期目標として提示するべきといった議論や、目標達成の手段として国内排出量取引制度も検討すべきといった論点である。
 前者については、目標として位置づけても現在の技術ではそれを達成する計画を策定することは現実的に不可能である。高い目標を掲げることによる政府のメッセージ発信以上の意義がないのであれば、どのようにすれば革新的技術開発を促すことができるかといった本質的議論にこそ注力すべきだろう。
 後者の排出量取引は、まず排出枠を設定し、その枠に対する過不足分について取引を認めるという制度である。取引の対象となる有価物を発生させるからには、設定する排出枠に法的拘束性が必要となるが、そもそも国際枠組みが目標の達成に法的拘束性を与えていないことは先述した通りだ。
 また、EU-ETSの事例をみても、政府が排出枠の設定を適正に行うことが可能だとは考え難い。当初は「たなぼた利益」などを産業界にもたらしたうえに、今は壊滅的低価格が続いている状況だ。排出枠の価格がある程度上がらなければ低炭素技術の選択は進まないが、そうなれば短期的にはエネルギーコストをあげることになり、温暖化対策に必要な長期の技術開発は停滞してしまうし、企業の行動原理としては、成長のチャンスを海外に求めることになる。日本はその技術力で世界の削減に貢献していくべきであり、国内対策の強化が国際的視野での削減につながるかを考えるべきであろう。
 わが国は、2030年に2013年比で26%削減という目標の前提とした施策やエネルギーミックスを実現することに努力を傾注すべきだ。気候変動問題に熱心な人ほど、目標を掲げる議論に全精力を費やすように見えるが、重要なのはどう実現していくかである。

丸川環境相がホストを務めたJCM 署名国会合

丸川環境相がホストを務めたJCM署名国会合

COPを終えて

 毎年COPを終えると感じることであるが、国連気候変動交渉の内容はほとんどと言ってよいほど国民に理解されていない。今回も「パリ協定がまとまった。すわ、日本はさらに高みを目指して」という短絡的な報道や議論が多い。政府は、COP21で何が決まり、わが国はどのような貢献を目指すのか、説明を重ねていく必要があるだろう。
 特に長期的な解決策として必要なのは革新的技術開発であり、そこに日本が貢献していく方針であるという政府のメッセージを伝えてほしい。政府の明確なメッセージと良好な経済環境があって初めて、技術の担い手たる企業が継続的に技術開発に取り組むことが可能になる。
 企業側も、技術開発に向けた政府の支援策やJCMを含めた市場メカニズムの制度設計に対して、積極的に提案していくことが求められる。政府と産業界、国民が協調的に取り組まなければ気候変動問題の解決は望めない。
 わが国の2030年目標は、省エネ・再生可能エネルギー・原子力のいずれをとっても達成が非常に困難なほど高く設定されたエネルギーミックスをもとに算出されたものだ。その中で最も厳しいのが原子力の割合を維持することだろう。現在のエネルギー基本計画は原子力発電所の新設・リプレースについてはなんら触れていないが、次期計画ではこの議論から逃げることは許されない。見直しに向けて残された時間は、わずか1年ほどしかない。わが国のエネルギー政策立て直しに向けた正念場が始まる。

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