原子力災害における発展的復興(その3)

減災による健康な街づくり


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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※【原子力災害における発展的復興(その1)、(その2)】

 繰り返しになりますが、原子力災害にかかわらず、大規模災害に対する減災を図るために必要なことの第一は、弱者の少ない社会の創生にあります。前稿では、いわゆる「社会的弱者」に注目した減災と地域創生について述べました。

 本稿では、「健康弱者」、すなわち現在は弱者ではないけれども基礎疾患の増悪により容易に弱者になり得る人々に注目し、そのような弱者を減らす活動の可能性について述べてみます。

慢性疾患と健康被害

 食生活の変化や高齢化に伴い、日本では高血圧や糖尿病など慢性疾患を抱える人の数は年々増加傾向にあります。平成26年度の厚生労働省の調査によれば、日本における高血圧の患者は1,000万人以上、糖尿病患者は300万人以上です注1)

 慢性疾患をもつ患者さんは、災害時には2つの面で健康を害しやすい状態になります。1つ目は、災害時の精神的・身体的ストレス下で、急に疾患が増悪することにより、心筋梗塞や脳梗塞などの重篤な合併症を起こす危険です。避難所で配られる救援物資の保存食などには塩分の高い食料が多く、これも高血圧や腎臓病を増悪させる因子です。

 また、慢性疾患の患者さんの多くは、日常的に薬を内服します。このため、近年の災害では避難の際に薬を失う、いわゆる「薬難民」の存在が問題となっています注2)。2005年に米国で起きたハリケーンカトリーナの後の調査では、避難所で生活されている方の約55%が慢性疾患を抱えており、そのうちの48%が内服薬を持たずに避難されたという結果もあります注3)。今回の東日本大震災でもまた、内服薬の喪失による慢性疾患の増悪が報告され、災害関連死の一因となったと考えられています。

 このような慢性疾患患者さんの健康問題を軽減する方法には、3つあります。1つは、災害前の慢性疾患罹患率を下げること。2つ目は、薬難民をなくすためのシステム強化、そして3つ目は災害に強い病院づくりです。ここでは先の2つの対策が地域にもたらしうるベネフィットについて述べてみます。

(1)生活習慣病対策と減災

 相馬に暮らして気づいたことは、もともと農家の方や漁師の方は、仕事で体を使うため、むしろ運動習慣を持たない方が多いということです。そういう方々が職を失い避難生活を送ると、一気に運動量が減って体力が落ち、肥満・高血圧・糖尿病といった生活習慣病を悪化させてしまいます。

 相馬市では、震災後に比較的放射線量の高かった玉野地区の住民の方と、仮設住宅で暮らされる方に健康診断を行っています。2011年から2012年の1年間における健康状態を比較すると、玉野地区では糖尿病の指標であるHbA1cの平均値が減少し、また肥満男性10%、女性8%に肥満の解消をみとめました。これは、震災後にストレスや、外に出ない、野菜を食べないなどの生活の変化により急速に悪化した健康状態が、1年間の間に徐々に改善したことを示唆しています。
 一方で仮設住宅においては、HbA1cの平均値はむしろ増加し、肥満が解消した方も男性で0%、女性で1%でした(図)。このことからも、長期の避難生活、職業を離れることなどによる環境の変化が生活習慣を増悪させることが見て取れます。

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 このような健康被害を減らす最善の方法は、「災害前」の慢性疾患を減らすことです。たとえば適切な運動習慣や食生活の注意、禁煙などの意識を高めることで、慢性疾患の罹患率を減らせれば、災害時の急性増悪による健康被害を減らすことができます。また常用薬を内服する人が少なければ、その分「薬難民」が出るリスクも減ります。

 つまり健康という観点から見た最大の減災は、地域を上げての健康促進活動、メタボリックシンドロームの予防活動に投資し、社会全体の健康レベルを上げることだといえるのです。

 これまで原子力発電所と自治体が協力して、地域社会の健康レベル向上に取り組んだ事例として、Jヴィレッジの取り組みが挙げられます。Jヴィレッジはこどものスポーツ振興を目的に東京電力と地域が協力して作られた施設ですが、高齢化社会が進む中、高齢者の健康を守るための施設、という形で地域での利用のあり方を再構築することができないか、と考えます。

注1)
厚生労働省.平成26年(2014)患者調査の概況
注2)
Ochi S, et al. Disaster-Driven Evacuation and Medication Loss: a Systematic Literature Review. PLOS Currents Disasters. 2014 Jul 18 . Edition 1. doi: 10.1371/currents.dis.fa417630b566a0c7dfdbf945910edd96.
注3)
Greenough PG, et al. Burden of Disease and Health Status Among Hurricane Katrina–Displaced Persons in Shelters: A Population-Based Cluster Sample. Annals of Emergency Medicine 2008; 51(4) 426–432.

(2)薬難民対策と遠隔医療の発展

 先の災害時には、お薬手帳や持参薬をなくし、医療支援チームの方々に自分が何を内服していたのかを説明できない、と言う患者さんがたくさんいらっしゃいました。

 もちろん一番の対策は、各々の患者さんがご自身のお薬をしっかり持って避難されることです。しかし地震や津波、火事といった緊急事態には、必ずしも全員がその原則を守ることはできません。そのようなときに備えて、もしも各々の患者さんのお薬情報、薬のアレルギー情報、治療歴の情報などが病院間で共有化されていたならば、薬情報をなくしたことによる「薬難民」を減らすことができたと思います。

 電子カルテのクラウド化や多施設による医療情報の共有は、災害時に関わらず平時でも有用な医療システムです。特に医療過疎地での遠隔医療が注目を浴びている昨今、遠隔地域とのデータを共有できるような医療情報システムへの注目は高まっています。

 しかし、全国に8,000以上の病院、100,000以上の診療所があり、病院の6割、診療所の7割以上が私立であるという日本の医療事情では、データの突合一つをとっても誰がリーダーシップをとり、どのようにインセンティブを与えるのか、という大きな障壁があります。災害・減災というキーワードは、このようにばらばらの医療施設と行政が手を取り合うための良いきっかけとなるものです。

 原発事故の減災対策をきっかけに、原発周辺地域が遠隔医療の最先端地域となることができないか。そのように考えています。

リスクを逆手にとってより健康な社会を

 災害大国である日本は、古来より地震、台風、火山、流行り病、地滑り、雪害など、様々な災害に備えることで、レジリエンスの高い社会を構築してきました。

 もちろん原発事故は自然災害ではありませんが、どんな電力も、社会にとって有益であるとともにハザードともなり得ます。そのリスクを抱えつつも電力本来の目的、すなわち電力の安定供給による社会の発展を目指すのであれば、そのハザードに耐えうる健康な社会を構築することもまた、視野に入れるべきではないでしょうか。

健康な地域づくりの核に

 「悪法が通った、盛んに反対したけれども結局通っちゃった、通っちゃったら終わりであるという考え方。これは終わりじゃないんです。通ったらその悪法が少しでも悪く適用されないように、なお努力する…ということです。」注4)

 とは、政治学者丸山眞男の言葉ですが、様々な法や政治決定を「悪法」とするかどうかは、私たちの努力にかかっています。たとえば原発再稼働がなされた、だから反原発派の意見は全く通らなかった、ではないと思います。日本という国が原発の再稼働という選択をとるのであれば、福島の経験を踏まえ、原発立地都市であるからこそ健康になれるような街を作りあげる。そのような不断の努力が、将来的に政治的判断の正誤を決定するのではないでしょうか。

 自治体や医療・公衆衛生関係者とも連携し、安全、安心、クリーンというだけでなく、地域社会の健康の核となる存在を目指すこと。それが福島の災害に各地の原子力発電所が学ぶべき、一番の教訓ではないかと考えています。

注4)
丸山眞男 著、松本礼二 編注.政治の世界p391.

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