COP21 パリ協定とその評価(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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フランスの会議運営の巧みさ

 議長国フランスの会議運営の巧みさも特筆せねばならない。彼らはコペンハーゲンの失敗の経験を綿密に研究していたに違いない。首脳プロセスを会議冒頭に持ってきてモメンタムを高めたのはその一例だ。コペンハーゲンでは交渉が未だ収斂しない二週目中盤に首脳が続々と到着し、混迷の極に達したことと対照的である。コペンハーゲンではデンマークの稚拙な会議運営に危機感を覚えたオバマ大統領他主要国首脳が「コペンハーゲン合意」という前代未聞の首脳レベルドラフティング交渉につながった。COP15終盤、デンマークは議長国としての機能を喪失していたと言って良い。これに対してフランスは最後まで議長として運転席に座り続けた。透明性、全員参加にも最大限の配慮を払ったものであった。COP15では、デンマークが用意していた「議長テキスト」が新聞にすっぱ抜かれ、途上国の不信を招き、会議が胸突き八丁にかかる二週目の大事な局面で議長提案を出すきっかけを失ってしまった。コペンハーゲン合意の採択に失敗したのは少数国首脳による密室での協議が手続上の批判を招いたことによる。今回、フランスは1週目で終了したADP交渉を引き継ぎ、自然かつ円滑な形で議長テキストを出した。全体会議場のそこかしこでテーマに応じた「解決のためのインダバ(関心国が頭を寄せ合って相談すること)」を行わせ、「見えないところで少数国の間で何かが進んでいる」という印象を与えないようにした。温暖化交渉では途上国がプロセスに難癖をつけ、交渉が停滞することが日常茶飯事だが、今回のCOPではそうした手続上のトラブルが驚くほど生じなかった。フランスがG77+中国の議長国である南アフリカやフランスの影響が強いアフリカ諸国と密接に連絡を取っていたことも奏功したのであろう。またCOP15最終局面で手続き上の瑕疵を理由に大暴れしたボリビア、ヴェネズエラをイシュー毎の閣僚級ファシリテーターとして取り込んだこともフランスらしい老獪さである。COP15で血の流れる手をかざして議長国デンマークに詰め寄ったヴェネズエラのクラウディア・サレルノ首席交渉官が、パリ協定採択の際には満面の笑みで議長国フランスと合意内容を称えていたのは「一代の奇観」との感があった。
 議長ドラフトの出し方もよく考えられたものであった。10日夜に出された第二次テキストは、第一次テキストから途上国に更に大きく寄ったものとなっていた。資金面では1000億ドルを下限とする数値目標、二年に一度の報告義務、先進国は資金援助義務、その他の国の資金供与は自主的・補完的といった途上国寄りのテキストがブラケットなしで提示される一方、先進国が最も重視する透明性については、先進国と途上国の二分化を容認するオプションが残されていた。資金面については途上国寄りのクリーンテキストをそのままにし、透明性については途上国寄りのオプションと先進国が支持するオプションの間で着地点を探るというのでは、先進国にとって受け入れられない。フランスもそんなことは百も承知だったはずだ。大詰めの段階で「途上国が反発して合意に失敗するリスクはあるが、先進国は最後には合意を壊さないだろう」という読みに基づき、まずは途上国に大きく寄ったテキストを出し、途上国の支持を取り付けようとしたのではないか。その後、最終テキストでは先進国のコメントを入れて途上国に大きく振れた資金のテキストの振り子を戻す一方、透明性については先進国の重視する「先進国、途上国共通のフレームワーク」をベースとしつつ、途上国への配慮条項を随所に書き入れた。全体的には途上国側への配慮が引き続き目立つものの、大きく途上国寄りだったテキストを真ん中方向に戻しているため、先進国の納得も得やすい。交渉の「相場」をうまくコントロールしたと言えよう。
 駄目押しは合意に向けた雰囲気づくりである。12日に最終テキストを出す直前にパリ委員会を開催し、ファビウス議長は「我々は合意に非常に近づいている。これから出す最終テキストは考えうる最善のバランスを図ったものだ。皆が100%自分の意見を通せば、全体はゼロになってしまう。皆は合意を欲しているのか、いないのか?」として最終テキストをそのまま受け入れることを強く求めた。パンキムン国連事務総長、オランド大統領も次々に登壇して各国に柔軟性と合意を求め、そのたびに大きな拍手を浴びた。この時点でフランスは紛糾していた部分について関係国との調整を終えていたことは間違いない。しかし協定案全体について190か国超の意向を確認していたわけではなく、どこかの国が異議を唱える可能性も排除できない。そのため、最終案に文句を言わせない空気を事前に作り出そうとしたのであろう。
 いずれも外交達者、粘り腰のフランスらしい老獪さである。猪突猛進型のデンマークとは役者が違うと言わねばなるまい。

交渉官も人の子

 最後になかば冗談、なかば本気の感想だが、開催地の環境も交渉官の心理に影響を与えるのではないかと思う。COP15は国際交渉のおかれた環境が厳しかったことももちろんだが、冬のコペンハーゲンの寒さと暗さ、食べ物の不味さと値段の高さ等が交渉官のメンタリティをより対立的なものにしていった気がしてならない。ニューヨークタイムズの記事によればフランスはCOP議長国を引き受けた直後から世界各国のフランス大使館、総領事館に指示を出し、フランスの武器であるワインやフランス料理を使って各国の関係者との関係強化に腐心したという。オープンサンドイッチくらいしか売り物のないデンマークにはできない芸当である。またCOP21は暖冬のせいか、気候も比較的おだやかで、会場の至る所で美味しいPaulのパンやエスプレッソコーヒーが良心的な値段で売られていた。こうした有形無形のソフトパワーが交渉官の心理にポジティブな影響を与えた側面は無視できないと考える。

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