約束草案の排出削減努力の評価と世界排出量の見通し


公益財団法人 地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー(IPCC WG3 第5次、第6次評価報告書代表執筆者)

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2015年10月1日までに提出された119カ国の約束草案について、その排出削減努力を複数の指標を用いて評価した。第1位はスイス、第2位は日本、第3位はEU28と評価された。評価対象の約束草案を積み上げると、世界の温室効果ガス排出量は2030年に60 GtCO2eq程度になると推計され、これは、2100年に産業革命以前比で+2~+3℃程度の範囲が見込まれるシナリオとおおよそ整合的である。

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1.はじめに

 2020年以降の国際的な温室効果ガス排出削減の枠組み・各国目標について、2015年12月のパリで開催の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会合(COP21)での合意が目指されている。そのような中、2015年10月1日までに119カ国が自国の排出削減目標(約束草案、Intended Nationally Determined Contributions (INDCs))をUNFCCC事務局に提出した。COP21においては、排出削減目標が野心度(排出削減努力)や国際衡平性の視点、そして2050年やそれ以降の長期目標に照らして適切なものかが重要な議論となるとともに、COP21以降のレビューのプロセスにおいてもこの視点での評価は重要になると考えられる。そこでRITEでは、各国の約束草案が野心度(排出削減努力)や国際衡平性の視点、そして長期目標との関係からどのように位置づけられるのかについて、分析、評価を行い、結果を公表した。以下、簡単に、評価手法と評価結果について紹介するが、詳細はRITE公表資料1をご覧頂きたい。

2.約束草案の排出削減努力の評価手法

 「排出削減努力」の公平性・衡平性を一意に決める指標は存在しない。妥当性の高い指標を複数用いて多面的に評価することが必要である。本評価では、J. Aldy, B. Pizer, K. Akimotoの評価方法2に準拠して分析を行った。具体的には、排出量基準年比削減率、一人あたり排出量、GDP比排出量、BAU(ベースライン)比削減率、CO2限界削減費用(炭素価格)、2次エネルギー(電力、ガス、ガソリン、軽油)価格、GDP比削減費用を指標として採用し、分析・評価を行った。
 このように様々な指標で「排出削減努力」の評価を行った上で、わかりやすさのために、各指標について、最も優れた国の数値を1.0とし、最も劣った国の数値を0.0として各国約束草案を相対化し、それを総合化した。これにより、各国の約束草案の「排出削減努力(野心度)」のランク付けも行った。
 なお、他の類似の評価例としては、例えば、環境NGO系の研究所を含む欧州の研究者らによるClimate Action Tracker (CAT)3が挙げられる。CATでは、2℃目標や450 ppm目標等を前提に、排出割り当て指標を用いてトップダウン的な割り当てを行った上で、その評価結果と比較して約束草案が十分か否かといった評価手法が採られている。しかし、CATの方法では「排出削減努力」を評価しやすい指標が利用しにくくなり、「排出削減努力」以外の要因が支配的な一人当たり排出量に関連した指標が多用され、結果、「排出削減努力」を適切に評価できていないと考えられる(CATの概要、問題点については、RITEの公表資料1を参照されたい。)。そのため、RITEの評価においてはそのようなトップダウン的な手法は採っていない。結果として、本評価とCATでは、評価結果が大きく異なっている。CATでは10月1日時点でランク付けされた25カ国中、ブータンが1位、中国が7位、EUは8位、インドが9位、スイス15位、米国16位、日本20位などとされ、日本の約束草案は「不適切(inadequate)」とされている。

3.約束草案の排出削減努力の評価結果

 ここではいくつかの指標に基づく評価について提示する。図1はGDP比のGHG排出量、図2はCO2限界削減費用、図3はGDP比排出削減費用の指標で、119カ国中の20カ国について評価したものである(モデル分析上、費用推計が可能な国20カ国について評価)。日本は、GDP比のGHG排出量、CO2限界削減費用については優れた数値となっているが、GDP比排出削減費用については日本はGDPが大きいこともあって20カ国中では中位程度と評価される。
 図4には排出削減努力(野心度)の評価指標毎の評価結果を示す。スイスと日本の約束草案は似通っており、GDP比削減費用以外の多くの指標で高い評価となっている。豪州は限界削減費用で見ると低いが、GDP比費用で見ると高い評価となっている。インドは一人当たり排出量の指標では高い評価となっている。

図1 GDP比のGHG排出量で評価した各国約束草案の比較

図1 GDP比のGHG排出量で評価した各国約束草案の比較

図2 CO2限界削減費用で評価した各国約束草案の比較

図2 CO2限界削減費用で評価した各国約束草案の比較

図3 GDP比排出削減費用で評価した各国約束草案の比較

図3 GDP比排出削減費用で評価した各国約束草案の比較

図4 約束草案排出削減努力(野心度)の評価指標毎の評価結果

図4 約束草案排出削減努力(野心度)の評価指標毎の評価結果

4.約束草案実現時の世界の温室効果ガス排出見通し

 約束草案実現時の2030年の世界全体の温室効果ガス排出量は59.5 GtCO2eq程度と推計された(現状政策排出量比6.4 GtCO2eqの削減)。119カ国の約束草案を積み上げた場合、 2100年に+2~+3℃程度の範囲が見込まれるシナリオと整合的であると評価される(図5)。この気温の幅は、気候感度の不確実性(IPCC第5次評価報告書では1.5~4.5℃と評価されている。本評価では代表的と考えられる3.0℃と2.5℃の場合についてのみの排出経路を図に示したが、0.5℃違うだけで同じく産業革命以前比+2℃以内としても世界排出経路は全く異なってくる)と2050年以降の革新的技術開発とその普及による大幅な排出削減に大きく依っている。

図5 約束草案の世界GHG排出量の見通しと2℃目標の排出経路(気候感度の不確実性含む)との関係

図5 約束草案の世界GHG排出量の見通しと2℃目標の排出経路(気候感度の不確実性含む)との関係

5.おわりに

 各国間で能力、排出削減可能性など、差異がある中で適切に「排出削減努力」を評価することが重要であり、本評価はそれを目指したものである。
 本評価結果からは、経済見通しにも依拠しやすいが、中国、インドなど、限界削減費用がゼロと推計される国も見られる(成り行きで約束草案達成可能)。限界削減費用に国際的な大きな差異が生じると、炭素リーケージを誘発してしまい、世界全体での排出削減の実効性が著しく劣ってしまう危険性があり、本分析でも世界全体での排出削減効果を幾分か減じると推計されており、懸念事項である。
 なお、国際公平性・衡平性を測る絶対的な指標は存在せず、本評価が絶対的なものと言うつもりはない。PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルにおいて着目すべき一つの評価と認識してもらいたい。また、ここで劣ると評価された国よりも、そもそも約束草案を提出しない国(うち排出量が多いのは、イラン、サウジアラビア、パキスタン、エジプト、ベネズエラ等)の方が大きな問題であることは認識しておくべきである。
 なお、国際レビューシステムを含むPDCAサイクルを働かせることで、約束草案の目標達成を促し、可能な国は更なる深堀を目指すことは重要である。しかし、気候感度の不確実性がないかのように2℃=450 ppmCO2eqとし、そこから世界の2030年許容排出量を導いて、それと約束草案で期待される排出量とのギャップを指摘し、そのギャップを埋めるべきとするギガトンギャップ論を展開することは望ましいとは思えない。この発想は、失敗した京都議定書的な枠組み、トップダウン的な思考に戻ってしまい、排出枠をめぐってゼロサムゲーム的になり非建設的な議論に陥りやすい。レビューはピアプレッシャーを受けながらも自発的に排出削減機会を認識しお互いを鼓舞する前向きなものであるべきだ。さもなければ長続きしない。また2030年のギャップに拘るのではなく、より長期の視点をもって技術革新とその普及を目指し、排出削減を深堀していく前向きな対応であるべきである。

<参考文献>
 
1)
RITE公表資料(日本語、2015年11月4日、http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/about-global-warming/download-data/GlobalCO2Emission_INDCs_20151104.pdf;英語、2015年11月11日、http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/about-global-warming/download-data/E-GlobalCO2Emission_INDCs_20151111.pdf
2)
J. Aldy, B. Pizer, K. Akimoto, Comparing Emissions Mitigation Efforts across Countries (2015). http://www.rff.org/files/document/file/RFF-DP-15-32.pdf
3)
Climate Action Tracker, http://www.climateactiontracker.org/

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