温暖化国際交渉の本質と日本の取るべき戦略

~ 世界に誇る日本の技術力と経験を生かし、世界全体の排出量削減に貢献を~


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(月刊『公明』2015年11月号にからの転載)

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて国連気候変動枠組み条約が採択されてから、早くも20年以上が経過した。この間に気候変動問題が深刻化していることは、IPCC第5次評価報告書などによって科学的に明らかにされつつあるが、身の回りで起きる災害の激甚化によって体感的にその脅威を感じることも増えてきている。気候変動問題への対処は現世代の我々が取り組むべき大きな課題の一つである。
 しかし、気候変動を議論する際に最も避けなければならないことは、これを「環境の問題」という単純な理解の下に理念のみで語ることだ。温室効果ガスの大部分は人間の経済活動に伴って排出されるものであり、その削減には不可避的にコストがかかる。こうした現実を踏まえない削減論は「空論」でしかない。これまで国際交渉の場でも国内対策の議論においても、気候変動問題は多分にスローガン的に語られてきた。しかし、それでは解決に向かわないことが、この20年以上の経験から得るべき教訓である。
 本稿では、負の公共財を巡る国家間の負担の在り方を問う気候変動問題の国際交渉の本質を踏まえ、本年末のCOP21で合意が目指されている新たな枠組みと、あるべき日本の交渉戦略、そして日本に求められる貢献について提言する。

京都議定書はなぜ失敗したか

 気候変動枠組み条約には、いくつかの根本原則が定められているが、特に重要視されているのが「共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力」の原則である。その意味は、気候変動に対し、すべての締約国は共通に責任を負うが、程度や内容には差異があるということである。〝common butdifferentiated responsibilities andrespective capabilities〟を略して〝CBDR&RC〟という。初めて耳にする方にとっては何の略語か全く想像もつかないであろう言葉が、交渉の場では念仏のように繰り返されている。
 この原則の下では、先進国については、今日の温暖化を招いた責任があるとの理由で身を削って排出削減に取り組むと共に途上国に対する支援も行う義務がある一方、途上国については、できる範囲で取り組めばよいという責任の「格差」が設けられている。1990年当時の状況で非附属書Ⅰ国(途上国)と分類された国々にとっては、この二分論は非常に居心地がよい。
 京都議定書はこの原則に基づき、一部の先進国に削減義務を課し、それ以外の国は何ら削減の義務を負わないものであった。しかも、当時世界最大の排出国であった米国は京都議定書から離脱し、中国やインドなどの新興国では旺盛な経済成長を背景に2000年以降、排出量が急増した。このため、IPCC第5次評価報告書にあるように、京都議定書は世界の温室効果ガス削減にほとんど役に立たなかったのである。

2020年以降の枠組みはどうあるべきか

 この経験から学ぶべきことは、第一に温暖化交渉は冷徹な経済戦争であるということだ。排出削減にはコストがかかるが、その便益(温暖化防止)はグローバルなので、ただ乗り(フリーライド)を生みやすい。こうした温暖化交渉の基本構図を理解せず、「日本は率先垂範して高い目標を出すべきだ」といったナイーブな対応をしていたのでは国益を大きく毀損する。
 第二に次期枠組みは、すべての主要排出国が参加するものでなければならないということだ。特に、世界の温室効果ガスの40%以上を排出する中国と米国の参加は必須条件である。
 COP21の成果として期待されるパリ合意は、その形式も内容もまだ不透明ではあるが、京都議定書のように法的拘束力のある枠組みにはならない可能性が高い。削減目標そのものに法的拘束力を持たせた場合、米国議会での批准可能性は皆無であり、中国も受け入れられない。他方、京都議定書のように先進国と途上国の削減義務に差異を設けることは、米国が絶対に認めない。約束草案に盛り込まれた各国の努力を相互検証し、目標達成に向けた進捗を確認するプレッジ&レビューの枠組みが、米中を含むすべての国が参加できる唯一の解となろう。
 それでも、我が国は米中を含む主要排出国が参加し、批准することを確認したのちに参加を決定すべきである。特に、2017年に誕生する米国次期政権のポジションを見極めることは極めて重要だ。01年にブッシュ政権が京都議定書から離脱した際、我が国の国会は米国の離脱した枠組みの公平性、実効性について、ほとんど議論することなく満場一致で議定書を批准してしまった。その結果、我が国は突出して厳しい削減義務を負い、巨額の官民資金を投じて海外から排出権クレジットを購入することとなったのである。国民は政府が再び同じような失敗を繰り返すことを許さないだろう。

日本に求められる貢献とは

 我が国は2030年の温暖化目標を策定するにあたり、省エネ対策の効果を含めたエネルギー需要の見通しを立て、自給率、コスト、CO2排出量のバランスにより、30年のエネルギーミックスのあるべき姿を積み上げ型で算定した。20年以降の枠組みは各国が自主的に目標を掲げ合うため、これまで以上に目標の根拠や達成見通しについての説明責任が厳しく問われる。こうした緻密な裏付けのある算定を行ったこと自体は評価されるべきであろう。
 13年比26%という削減目標は限界削減費用でトン当たり380ドルに達し、努力の度合いにおいてEUや米国の目標を大幅に上回る野心的なものでもある。しかし、緻密な積み上げで策定した目標は、前提としたエネルギーミックスや省エネ等の対策・施策、技術の導入がすべて実現して初めて達成できるものである。前提が崩れた場合にも「26%削減」に固執すれば、国民生活に大きな負担をかける。パリで合意される枠組みは法的拘束力を持たない可能性が高く、我が国においても前提が崩れた場合には目標を修正していくのが当然の論理的帰結である。
 削減目標の数字のみで日本の貢献を語るのは近視眼的であり、日本はもっと別な分野で大きな貢献ができる。京都議定書の失敗を踏まえて世界は各国が自主的に目標を掲げ合うボトムアップのプレッジ&レビューへの転換を図っている。こうしたアプローチが有効に機能し続けるためには、各国が約束した政策を確実に実行に移すことと、それが相互に検証・確認されることが必要である。ここに我が国産業界が取り組んできた「環境自主行動計画」や「低炭素社会実行計画」で蓄積した知見が大きく国際社会に貢献し得る。

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