まず技術開発を先行させよ:米国クリーンパワープランに学ぶべき本当の教訓とは


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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米国のクリーンパワープランは「新規な規制によってCO2を削減する」という図式でしばしば報道されているが、実は、「技術開発を先行させて、温暖化対策コストを下げることが重要」という教訓こそを読み取るべきである。日本もまずは資源開発・技術開発で温暖化対策のコストを下げるべきであり、徒に規制強化を先行させるべきではない。

1.米国のクリーンパワープラン(CPP)

 米国環境保護局は、2015年8月3日、クリーンパワープラン(CPP)の最終案を提示した。これは各州に対して、発電部門の総量ないし原単位の規制を義務づけるものである。各州は、これを発電設備ないし発電所単位での総量規制ないしは原単位規制として実施する。この目標達成のためにには、排出量の取引も認められている。(規制案の概要については松本真由美氏が速報している

 但し、CPPは未だその内容が完全に決定したわけではない。今後、訴訟などの法的リスク、オバマ氏の次の大統領の意思などの政治的リスクがあるため、最終的にどのような規制になるかは予断できない。特に、現在野党である共和党から大統領が選出される場合には、大幅な変更もありうる。

 さて米国政府は、CPP実施の場合の試算を公表している。図1は、2012年と比較して、2020年、2030年における発電量の構成を示している。「CPP」と書いた棒がCPPを導入した場合、「CPPなし」の棒は導入しない場合である。

図1

図1 米国の発電電力量見通し。米国環境保護庁(EPA)試算。

 また、CPPの実施による発電コストの上昇は、再生可能エネルギーの導入分を含めても、2030年において最大で0.08~0.1%程度の電力価格上昇に留まると試算されている注1)注2)

 このように電力価格上昇幅が小さく試算される主な理由は、米国の天然ガス火力発電が安価なことである。米国では、天然ガス発電のコストは7.52セント/kWhで、石炭火力発電のコスト11.57セント/kWhよりもかなり安いと試算されている注3)。このため、CPPが導入されない場合においてすら、時間の経過と共に、天然ガス火力の比率が上がり、石炭火力発電の比率が下がることになる。これは、図1の「CPPなし」の場合を見れば確認できる。CPPを導入すれば、更に天然ガス火力の石炭火力に対する比率は増える訳だが、これが理由になってコストが上昇することもないという訳だ。

 この米国の状況は、天然ガスをLNGの輸入に頼る日本とは全く異なる。日本では、天然ガス火力発電のコストは11.7円/kWhであり、石炭火力発電のコスト8.9円/kWhよりもかなり高いと試算されている注4)。このため、石炭火力発電を減少させて天然ガス火力発電を増大させると、発電コストは大きく上昇する。

 また米国は、石炭から天然ガスにシフトしても、どちらも安価で安定した供給が見込める国産エネルギーであり、安全保障上は全く問題がない。この点も日本とは全く異なる。

2.シェールガス革命で天然ガス価格が大幅に低下

 なぜ米国で天然ガス価格が安くなったかというと、シェールガス(非在来型の天然ガス)の採掘技術の開発に成功し、これによって国内の天然ガス需給が緩んだからだ注5)。シェールガスは、2040年には米国の天然ガス生産の半分を賄うと見込まれている(図2)。これによって、米国では日本や欧州に比べて天然ガスが劇的に安くなった。天然ガス価格は、かつては石油価格と連動していたが、石油価格よりも安くなった(図3)。そして、米国の天然ガス価格は日本の5分の1、欧州の2分の1という低い水準になった(図4)。

図2

図2 米国における天然ガス供給量の構成。 U.S. EIA, Annual Energy Outlook 2013に基づき筆者作成。

注1)
USEIA 2015 Clean Power Plan Final Rule – Regulatory Impact Analysis p3-37
注2)
なお、このコスト試算は規制当局によるものなので、これよりは高くなるという見方もある。例えば米国の研究機関NERAは、政府試算は省エネのコストを過小評価しているとしており、このため、1.3セント/kWhの電力価格上昇に帰結するとしている(若林雅代、上野貴弘 米国における火力発電所CO2排出規制の動向と今後の展開、電力中央研究所報告 Y14005、p18)。なお、このNERAによるコスト上昇は2017年~2031年の間の平均値であり、また、この試算は2014年6月のEPA提案に基づく試算であり、2015年8月の規制案に基づくものではない。
注3)
米国政府による、2020年運転開始プラントについての試算。数字は最新鋭の石炭および天然ガス火力発電所についての比較。Levelized Cost and Levelized Avoided Cost of New Generation Resources in the Annual Energy Outlook 2015, June 3, 2015, US Energy Information Administration
注4)
資源エネルギー庁による2030年運転開始プラントについての試算。長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告、平成27年5月、発電コスト検証ワーキンググループ
注5)
シェールガス革命についての紹介は多くある。ウェブ上の分りやすい資料としては例えば:福田 佳之、「シェールガスが米国エネルギー事情を一変」、東レ経営研究所経営センサー2013.5.

※ 本連載・報文は(一財)電力中央研究所の研究活動の知見に基づくものです。なお意見に亘る箇所は著者個人の文責によります。

図3

図3 米国における石油価格および天然ガス価格の推移。 IMF Primary Commodity Pricesに基づき筆者作成。

図4

図4 日米欧の天然ガス価格比較。 IMF Primary Commodity Pricesに基づき筆者作成。

 日本も、もし仮に天然ガスが米国並みに安く安定して手に入るなら、誰もがそれを使うことに賛成するであろう。しかし現状では、温暖化対策のために天然ガス火力を増やして石炭火力を減らすと、コスト負担が発生する。

3.日本が学ぶべき重要な教訓: まず温暖化対策のコストを下げよ

 CPPについては、米国政府もメディアも、「規制の導入によってCO2が減る」という図式で説明することが多いが、実態はむしろ逆である。以上に見たように、技術開発に成功して天然ガスがとても安くなったので、CO2はいずれにせよ減る見通しになった。これを後追いする形で、規制を導入できるようになったのだ。

 シェールガス採掘という革新的技術は、CO2への規制・税等とは無関係に、活力ある民間企業の取り組みの中から生まれた注6)。そして、このような革新的技術が出来たため、温暖化対策のコストは低くなり、更には、その技術普及を促進する制度の導入も可能になった。この流れをよく理解することが重要だ注7)

 さて日本はどうすればよいか。徒にCO2規制強化を急いでも、コスト増加を招くことになるだろう。これは、エネルギーミックスを策定するにあたって確認された「電力コストを現状以下に抑制する」という原則にも反してしまう。そこで、米国に見習って、まずは温暖化対策のコストを下げる取り組みをすることで、CO2を削減しやすくすることがより重要であろう。

 昨年に経産省で開催された、産業界の自主的取り組みに関する会議で、米国のモンゴメリー氏は、いみじくも「シェールガス革命は、米国式の自主的取組みだ」と述べて、筆者は成程と思った。日本の「低炭素社会実行計画」においては、どうしても衆目はCO2削減目標にばかり向く傾向がある。だが、技術開発も重要な柱であることを、このシェールガス革命の事例は、改めて示している。

 温暖化対策のコストを下げるためには、もちろん第一に、米国のように技術開発に取り組むことが挙げられる。これには、化石燃料の採掘技術だけではなく、多様な技術がある。LED照明、ハイブリッド自動車、給湯ヒートポンプ(エコキュート)等は、日本の良い成功例といえる。また、第二に、技術開発ではなく、既存の技術を安く使う方法もある。たとえば米国の技術開発の恩恵で安くなった天然ガス資源を安定して調達できるようにするといった、資源開発という工夫もある。原子力発電について安全性を前提に推進することも、温暖化対策のコストを大幅に下げることになる。こういった努力が実を結ぶならば、CO2は自ずと減り、更に政策的にCO2を減らすにしても、大きなコスト負担を伴わずに実施できるようになるだろう。

注6)
この経緯については前掲が分りやすい。
注7)
なお米国のSOX排出権取引制度も同様な構図になっている。米国のSOX排出権取引制度は、日本・ドイツなどで既に排煙脱硫技術などの技術開発・実証・普及が一巡し、コストの上限が明確な状態になってから導入された。つまり技術開発が進んだ結果を受けて後追い的に導入された制度である。これらの先行する技術開発がなければ、同制度の導入は難しかったであろう。(詳しくは杉山大志「これが正しい温暖化対策」7章 エネルギーフォーラム社、または 若林雅代、排出権取引制度の実効性に関する事例研究レビュー、電力中央研究書報告 Y06010)。

※ 本連載・報文は(一財)電力中央研究所の研究活動の知見に基づくものです。なお意見に亘る箇所は著者個人の文責によります。

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