緊急提言 【提言7】

—COP21:国際交渉・国内対策はどうあるべきかー


国際環境経済研究所前所長

印刷用ページ

<目標値の金科玉条化を避けよ>

2020年以降の新枠組みにおいて留意すべきは、「目標数値の金科玉条化」を避けることである。日本の約束草案にある26%削減という目標は、裏づけとなったエネルギーミックスや省エネ等の対策・施策、技術の導入がすべて実現して初めて達成できるものだ。この因果関係を、今後様々作成されるであろう約束草案に関連する文書上も明確にして、目標値が何の前提もなく一人歩きしないよう釘を差しておくべきである。即ち、実現努力の対象は26%の前提となっているエネルギーミックスや施策、技術の導入にこそ置くべきであり、「26%」という結果の数値ではない。しかもその柱となっている原子力、再生可能エネルギーの拡大、省エネ推進は、上述の通り、いずれもハードルが高い。仮に、再稼動が大幅に遅れ、発電電力量に占める原子力のシェアが22~20%を大きく下回った場合、26%削減は法的拘束力のある(何が何でも達成すべき)約束だと解釈されてしまうと、原子力発電による削減未達成分を再生可能エネルギーもしくは省エネルギーで埋め合わせようということになろう。しかし、革新的な技術開発等により、再生可能エネルギーや省エネルギーのコストが大幅に低下していない限り、そうした代替策は必ず当初の計画に比べて大幅なコスト上昇につながる。
今回パリで合意される枠組みにおける数値目標は、法的拘束力を持つものとなることは想定されていない。そうである以上、上記のように26%の前提となるエネルギーミックスの3つの要請の1つでも崩れるような事態となった場合には、新たなエネルギーミックス、新たな削減目標を設定し直すのが論理的帰結である。加えて、上述のように電力市場の自由化に伴う事業環境の激変が、将来のエネルギーミックスに対して、現在想定されていないような様々な影響を与えることも忘れてはならない。積み上げで作られた目標を勝手に金科玉条として祭り上げ、国際交渉の場面で一人歩きさせるような自縄自縛は厳に避けるべきだ。

<石炭火力のエネルギー政策上の重要性>

温暖化対策の議論においては、再エネや原子力、CCS付火力発電といった低炭素電源への期待がプレイアップされ、炭素含有量の多い石炭は悪玉視されがちである。しかし、今後の途上国の経済発展には低コストで安定的な、成熟した発電技術が求められるため、化石燃料、とりわけ安価で世界中に資源が賦存している石炭の利用が途上国において拡大していくことは不可避である。IEAのWorld Energy Outlook 2014 の標準シナリオによれば、2040年までに非OECD諸国の石炭火力発電設備容量は2012年比で倍増すると見込まれている。大型の発電設備については長期運用が前提とされるため、技術のロックイン効果も強いことから、いったん非効率な設備が設置されてしまうと、30年、40年にわたって莫大な温室効果ガスを排出し続けることになる。そうした事態を避けるためにも、その時々で最善の技術(BAT)が選択される必要がある。
日本はこの分野において大きな役割を果たし得る。特に高効率石炭火力発電は我が国が世界をリードしてきた技術である。高効率石炭火力発電技術には、第一世代と呼ばれる従来型ボイラータービン(USC)、第二世代と呼ばれる複合発電(IGCC)、第三世代と呼ばれるトリプル複合発電(IGFC)がある。現在既にUSCは開発から20年を経過し、中国はすでに日本メーカーからのライセンスを得て既に国産化しており、中国国内のUSC設備容量は我が国の10倍、製造能力も10倍あるとされる※21。しかし、IGCC(石炭ガス化複合発電)は日本独自の技術であり、IGCCの主要機器を自製しターンキーで納入できるのは日本メーカーのみであるとされる。プラント効率は46〜48%(送電端)と世界最高効率を誇り、排気ガス(NOx、SOx、ばいじん)は天然ガス火力並にクリーンとされる。我が国においては、福島県いわき市の勿来で2007年から実証機による運転試験が、2013年4月から商用運転が開始され、連続運転3917時間を達成している。
現在、日本においては、ベース電源である原子力発電の利用が不透明であることから、電力市場自由化の動きもあいまってコスト競争力を有する石炭火力の新設計画が盛んである。温暖化対策に逆行するとの理由で石炭火力を規制すべきとの議論もあるが、エネルギー安全保障、エネルギーコスト抑制の観点から、石炭火力を選択肢から除外するわけにはいかない。石炭の魅力はなんといってもその低コスト性にある。図表6※22は、総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会第11回会合において示されたものであるが、電源構成の1%を天然ガスから石炭で代替すれば640億円、再エネから石炭に代替すれば1800億円のコストダウンになることを示している。
なお、個別の石炭火力発電所に対する環境アセスメントのプロセスにおいて、日本全体のCO2排出削減目標やエネルギーミックスとの整合性確保を理由に、現状より効率的な技術を用いた新設計画にまで否定的な態度が環境省から示されているが、これは石炭火力全体の効率向上を図る上でマイナスとなる危険性が大きい。上記のような排出削減及びエネルギーミックスとの全体としての整合性の確保は、電力システム改革という自由化環境の中では、関係業界の自主的ルールづくりにおける一つの要素として取り扱われるべきであり、環境アセスメントのような個別のサイトに係る規制の、その本来の守備範囲を越えた運用によって実現を図るべきものではない。
図表6 電源構成を変化させた場合の影響

図表6 電源構成を変化させた場合の影響

また、日本が今後とも高効率石炭火力発電技術で世界に貢献するためには、日本国内での操業経験を積み重ねていく必要がある。石炭火力の高効率化とその利用を促進し、近年USC分野で中国に技術的にキャッチアップされている高効率火力発電技術のトップランナーとして、改めて我が国が世界をリードすることが望まれる。

※21
東京大学生産技術研究所エネルギー工学連携研究センター副センター長金子祥三教授 第14 回AECE技術フォーラム
※22
http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/008/pdf/008_09.pdf

緊急提言【提言8】へ続く

記事全文(PDF)