緊急提言 【提言6】

—COP21:国際交渉・国内対策はどうあるべきかー


国際環境経済研究所前所長

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※【提言5】はこちらから

Ⅱ 国内対策は、国際合意や状況の変化に適合する柔軟性あるものに

提言6

ボトムアップ型かつ自主目標が核となる次期枠組みの下での国内対策は、トップダウン型かつ法的拘束力(未達成にはペナルティ)のあった京都議定書時代の政策措置よりも、政府介入度を抑制したものでなければならない。「民間の温室効果ガス削減に向けた自主的・主体的な取組みを後押しする」ことが基本方針となるべき。
温暖化対策の主要施策を、政府介入度の低い順から並べると次のとおり。

(1)
温室効果ガス削減活動に対する政府の呼びかけ、情報提供、助成(いわゆる「国民運動」など)
(2)
経団連「低炭素社会実行計画」等民間の主体的取組みに関する客観的な評価とフォローアッププロセス(PDCA サイクル)の確実な実施
(3)
省エネ法などの活用によるエネルギー需要の抑制措置
(4)
地球温暖化対策税等の炭素に着目した税制や再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)
(5)
エネルギー供給構造高度化法の活用
(6)
政府によるCO2 排出権(≒エネルギー消費量)割当と排出量取引

法的拘束力のあった京都議定書目標達成計画でも援用されたのは(4)までであり、次期枠組みにおける政策措置はそれより政府介入度が抑制された(3)までであるべき。

また、産業界の「環境自主行動計画」「低炭素社会実行計画」というボトムアップ型の自主的取組みを、新国際枠組みにおけるグローバルスタンダードとして定着させるべく、そのPDCA サイクルに関するノウハウの国際的移転促進も、地球規模での温暖化対策の一つとして位置付けるべき(提言3にも関連)。

新国際枠組みはトップダウンをベースとしていた京都議定書の欠陥を改め、ボトムアップ・アプローチに移行することとなる。しかし、そうした枠組みの性格の変化に対する国内の理解は進んでおらず、国内対策に関しては、いまだにトップダウン型の京都議定書の呪縛に囚われた議論を目にすることが多い。すなわち、民間事業者や国民のエネルギー消費量や温室効果ガス排出量を国が直接的に管理することを求めるような主張である。
しかし、温室効果ガスは国民の生活や経済活動に伴って発生するものであり、政府がその排出全量をトップダウン的に管理できるというのは幻想である。なぜなら政府は国全体のマクロ・ミクロ経済の挙動をコントロールできるものでもないし、国民各人のライフスタイルに介入する権限ももっていないからである。それでも無理に温室効果ガスの排出量を直接的に管理しようとすれば、エネルギー消費量の割当をせざるを得ないが、それは自由経済を計画経済に移行させることと同義である。

<自主的取り組みはワークする>

こうした問題点を考慮し、京都議定書を批准する際には、政府介入度の強い政策措置は回避し、できる限り民間主体の自主性を引き出す施策に重点を置いたのである。その結果、産業部門での削減については大きな効果を挙げた。業界レベルで自主的に目標をプレッジし、政府の委員会や業界全体で継続的な評価・検証及び実行に向けたレビュー行うというプロセスが、産業界が持つ技術や経済活動の見通しについての知見を有効に機能させ、主体的取組みを促進したからである。将来の技術や経済活動のレベルには不確実性があるため、柔軟性を持って施策を見直していくプロセスが織り込まれていたことが大きく貢献した。
こうした自主的な取組みがなぜ機能したのか、参加主体の行動の合理性を説明する根拠や実態上のメカニズムについてのノウハウを、アカデミアやシンクタンクが体系だった知見としてまとめ、経団連や個別の産業界が有している実務的知識やノウハウとともに世界各国や国連に対してベストプラクティスの共有として発信していくことが重要である※11。それによって次期枠組みの下での各国の対策実施状況に関するいわゆるMRV(測定、報告、検証)プロセスの構築に貢献していくべきであり、政府もそれを支援すべきである。
また、省エネ法(エネルギーの使用の合理化に関する法律)によって導入されたトップランナー基準も、京都議定書目標達成計画の運輸・民生部門における対策の柱とされ、自動車燃費の改善(次の項の記述に留意)で排出削減見込量:約2100万t-CO2、各種機器の効率向上で排出削減見込量:約2900万t-CO2と大きな効果をあげた※12。その理由は、利害関係者と政策策定当局及び関係業界内で、技術の実態を踏まえ、削減に向けた促進的協力関係を築いたこと、またラベリング制度と相まって高効率機器の普及促進に寄与したことなどにあるとして、海外研究者からも高く評価されている※13
さらに、運輸部門においては、トップランナー基準による機器単体の燃費改善に加えて、グリーン税制によるインセンティブ及び情報開示、加えて交通流の改善とエコドライブの普及などの「統合的なアプローチ」が効を奏してCO2削減が達成されている。交通のような場合、システム全体に関連する諸対策の有機的連携が、実効性ある温暖化対策に必須であるいうことが、関連当事者間でのグローバルな共通認識であると言えよう。
産業界がこうした自主的取組によって目標を上回る削減効果をあげたのに対して、民生部門はその排出量を大きく増加させた。省エネ法の効果もあって個別機器の効率は向上したが、結局、国民の生活レベルの向上による排出増加がこれらの対策による効果をはるかに上回ったものである。

※11
京都議定書第一約束期間における経団連自主行動計画の成功要因分析は「2013 年度 環境自主行動計画 第三者評価委員会評価報告書」に詳述されている。http://www.keidanren.or.jp/policy/2014/024.pdf
※12
http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g70305a05j.pdf
※13
Evaluation of Japan’s Top Runner Programme : Joakim Nordqvist(2006.7)
http://www.ecofys.com/files/files/aid-ee-2006-evaluation-top-runner-japan.pdf

<税による排出削減効果は限定的>

我が国は、平成24年度税制改正において「地球温暖化対策のための税」を創設した。一般に税目の名称は、課税対象の名前を冠することが多いが、地球温暖化対策税は、使途を名称にしており、対策予算の財源であるという性格が前面に出ている。その税収は、再生可能エネルギーや省エネ対策などエネルギー起源CO2排出抑制対策の強化に使途が限定されている「目的税」である。このような制度的構造の下では、関係省庁がその税収を使い切ろうとする傾向が強くなるため、使途の選別や対策の実効性に対するチェックが甘くなる傾向がある。現在の地球温暖化対策税の使途については、効果が明確でなく無駄があること、省庁間の重複が多いという批判は政府審議会の場でも多く指摘されている。既存技術普及への補助事業から、リスクの高い革新的技術開発のための研究開発投資に向けるなど、使途を見直すべきであるし、無駄や使途の合理化が進んでいるとの客観的な評価が得られない限り、減税あるいは税の廃止も検討されるべきである。
この地球温暖化対策税を課税することにより化石燃料価格を上昇させ、需要を抑制する=化石燃料に由来するCO2の排出抑制を進めるという考え方は、経済学の理論上はともかく、現実の税制では副次的な効果しか期待されていない。そもそも日本では、既にすべての化石燃料の使用に対して「石油石炭税」が課税されており、地球温暖化対策税賦課による価格上昇効果、たとえばガソリンで言えば1.5円/㍑によってエネルギーの利用抑制に効果があるとは考え難い。価格弾性値の低い(つまり生活必需品である)エネルギーの使用を大きく削減するには相当程度税率を高くせざるをえず、政治的、経済的な理由(国民負担、国際競争力上の懸念等)で実施困難(いわば人為的にオイルショックを引き起こすようなもの)なのである。また、仮に税率を排出削減に十分な水準まで上げた結果、実際にエネルギー消費が大きく削減された場合には、税収も大幅に落ち込むことになり(歴史的には「地価税」がその例)、温暖化対策を予算化することが困難になる。そうなれば、そもそも目的税の用をなさなくなることから、温暖化対策を充実させていきたい政府としては、超高率の増税は適切な選択肢とはならないのである。
エネルギー供給構造高度化法を電力に適用すれば、低炭素電源の比率を向上させるために、原子力及び再生可能エネルギーによる発電量を一定規模維持できるような設備構成を、政府が電力業界に求めることができる。その法制度全体および現行の運用は、基本的に誘導的なものではあるが、最終的には政府が「勧告権」を有しており、この点に着目すれば相当介入度の強い法律とも言える。「勧告権」の運用のあり方については、原子力の再稼働の状況、再エネによる国民負担の増加や抑制措置の実施状況などの進展を踏まえ、慎重に検討を深めるべきである。

<排出権取引は京都議定書的枠組の産物>

国による直接的介入により温室効果ガス排出をコントロールする排出権取引制度は、国が企業や事業所などの排出する温室効果ガスの量の上限(Cap)を設定して割り当てたうえで、企業などがその枠の中で過不足分を取引することを認める「排出枠割当て・取引」制度である。この手法を用いれば、国は企業活動からの排出量を確実に上限以下に抑えることができる。ただし、その排出枠総量の設定が甘過ぎれば、企業は余剰枠を持つことになり、排出権の価格は低迷してしまい、本来この制度導入の狙いであった低炭素技術が市場で選択されるための誘導手段として機能しないことになる。逆に厳しすぎれば排出権価格を高く維持することはできるが、事業活動継続のためには、企業は高騰した排出権を購入せざるを得なくなり、国際競争力を失うか、海外に事業活動を移転させることになる(CO2は海外で排出するので、地球全体で見たら結局排出量は削減されない=leakage)。
図表2(p.11)に見る通り、各国の温室効果ガスの限界削減コストには現実に大きな乖離がある。こうした状況の下では、限界削減費用が高い削減目標を掲げた(=排出制約がきつい)国から限界削減費用が低い目標設定をした(制約の緩い)国への生産拠点の移転(=leakage)が起き、富の移転を招くだけで、地球全体の排出削減にはつながらない。世界共通の炭素価格が何等かの形で導入されれば限界削減費用は平準化し、こうした問題は回避できるが、様々な政治・経済・社会・文化構造を持ち、経済発展段階も異なる国々が共通炭素価格導入に合意することは、理想論として語られることはあっても「世界共通言語」の導入や「世界共通通貨」の設定ができないのと同様、現実的には不可能である。
また、排出権取引制度の最大の課題は、政府による初期の排出権割り当てが合理的かつ公平に行うことが可能かどうかにある。実体上は、すべての企業や事業所に公平で合理的な割り当てを事前に行うことは極めて困難であり、取引後には限界削減費用が均等化することによって効率的な資源配分が可能になるといっても、初期配分による実質上の所得分配が不公平感を引き起こすことになる。
排出権を最初に無償で割り当てる(グランドファザリング)場合、その配分によっては、特定の産業に望外の利益をもたらすことになり、政府が産業間の所得分配に直接的に介入する結果となる。実際、欧州排出権取引制度(EU-ETS)の第1フェーズ(2005年〜07年)において、電力業界やエネルギー多消費産業がこうした過剰割り当てを受けた結果、余剰排出枠の売却益=「たなぼた利益(windfallprofit)」 を手にしたことは広く認識されている。IPCC第5次評価報告書本文においても、EU-ETS制度が意図された程には成功しなかったこと、近年の排出権価格の恒久的な低迷によって、追加的な排出削減についてのインセンティブを与えることができないことが指摘されている。
初期割当の難しさを回避するため、排出枠を有償でオークションした場合、対象セクターにとっては新たなコスト負担となり、国際競争に晒された産業の空洞化を促すことになる。EU-ETSの例に倣って国際競争に晒されない電力分野のみオークションの対象にするとの議論もあるかもしれないが、限界削減費用がもともと極めて高い日本においては、炭素価格が暴騰する可能性があり、それは発電コストの大幅な上昇をもたらす。これは、エネルギーミックス検討の際に掲げられた3つの政策目標の1つである電力コストの現状水準以下への引き下げに背反することになり、既に正式に気候変動枠組条約事務局に提出した約束草案の前提条件を崩すことになってしまうのである。
そもそも2020年以降の枠組みでは、提言1で指摘したとおり、各国が削減目標の達成に法的義務を負うことにはならない見通しである。目標達成の義務化には経済成長を重視する主要途上国が反対しており、一方米国は、自国が負う義務が中国と同等でない枠組みには乗れないとしているからである。各国が義務的な目標を掲げた京都議定書の下で考えられた排出枠割当・取引制度は目標未達に対するペナルティとしての意味合いを有しており、そうした義務的目標を掲げることにならない新枠組みにおいては根底からその存在意義を考えなおすべきである。

<温暖化対策にはコストがかかるという現実を直視せよ>

温暖化目標の議論においてはしばしばコスト負担が度外視される。欧州では野心的な温暖化目標・対策が新たな産業、雇用を生み出すという「グリーン成長」の議論が盛んであったが、欧州の産業団体ビジネスヨーロッパは、「米国経済はシェール革命で安価なエネルギーコストを享受する一方、欧州経済はEU-ETS、再生可能エネルギー政策等の高コスト政策によって低迷している」とコストを軽視してきた欧州のエネルギー環境政策を厳しく批判している※14。また欧州の温暖化政策をリードしてきた英国でも、再生可能エネルギーへの補助政策が国民のエネルギーコスト負担を押し上げ、深刻な「エネルギー貧困(energy poverty)」を引き起こしているとの批判がたかまり、大幅な政策の見直しが行われているし、ドイツも再生可能エネルギーの導入に市場原理を導入しコスト負担抑制を図っている。温暖化対策は長期的な取り組みを要する課題であり、コストを伴うという事実を直視しなければならない。国民や産業界のコスト負担が現実的に可能であり、かつ、国際的にその負担が公平であることが理解されなければ、温暖化対策に対する国内的なコンセンサスは得られず、持続可能な政策とはなりえない。

※14
ビジネスヨーロッパ “A Competitive EU Energy and Climate Policy”
http://www.businesseurope.eu/content/default.asp?PageID=568&DocID=31830

緊急提言【提言7】へ続く

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