「虹の松原」の再生・保全活動


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 先日、佐賀市内で講演の機会があり、せっかくなので日本三大松原のひとつ、国の特別名勝、「虹の松原」(唐津市)まで足を延ばしました。虹の松原は、約400年前の江戸時代に、初代唐津藩主の寺沢志摩守広高が、防風・防潮のため海岸線の砂丘にクロマツを植林したのが始まりとされています。今日ではクロマツを中心に100万本の松が生い茂り、日本一の松原を形成しています。その規模は長さ4.5㎞、幅約500m、面積220haにも及びます。

 昭和30年頃までは、松葉や枯れ枝などを燃料として利用し、「白砂青松(はくさせいしょう)」と呼ばれた白い砂浜と青い松原の風景は、人が手を入れることで、人と自然が共生した姿を保ってきました。

 しかし、時代は高度成長期となり、家庭の燃料が薪や炭から石油やガスなどに変わり、松葉などが人々の生活に必要とされなくなりました。人々が松原に入って松葉や枝を集めなくなった結果、松葉が林内にたまり、土が肥えて、草や松ではない広葉樹が生い茂り、暗い森に変貌してしまいました。

 ところによってはゴミが投棄され、マツザイセンチュウという外国から入ってきた小さな線虫により「松枯れ」被害が起き、これまでに何百本もの松が処分される事態になりました。先人たちが大切に育て、守ってきた松原が少しずつ失われてきているのです。松原がなくなると、潮風や砂の影響で、住宅や田畑が被害を受けることも心配されています。

鏡山展望台より見る「虹の松原」(唐津市)

鏡山展望台より見る「虹の松原」(唐津市)

 「このままでは松原がなくなる!」と危機感を感じ、虹の松原の再生・保全活動を行っているのが、「NPO法人・唐津環境防災推進機構KANNE~かんね~」です。KANNE事務局長の藤田和歌子さんに現場を案内していただきました。

 「地面を見てください。今はほとんどが草に覆われていますが、昭和30年頃までは白砂に覆われていました。昔は、落ちた松葉や枝、松ぼっくりを人々がきれいにかき取って、炊事やお風呂の燃料にしていました。さっぱりと片付いた松原には、松露(しょうろ)と呼ばれる食用のキノコが生え、人々は季節のキノコ狩りを楽しんだといいます。今では松露もほとんど生えることはなくなりました」

 具体的にどのような活動をされているのですか?

 「なんとか松原を救おうと、平成20年9月からボランティアによる虹の松原再生・保全活動が始まりました。松枯れにかかった松の枝拾いをし、枯れた場所には新しい苗木を植えています。地面の腐葉土をはぎ取り、松が好きな砂地にすることもしています。枝拾いは、お子さんたちも楽しみながらやってくれます。次世代を担う子どもたちに虹の松原について知ってもらうため、保育園や幼稚園、学校での出前教室にも力を入れています。また、玄界灘には虹の松原の他にもいくつか松原がありますので、松原や海岸林のこれからを考えていこうと他の団体の人たちと話し合いを始めたところです」

樹齢数百年を超える老木から幼木まで100万本

樹齢数百年を超える老木から幼木まで100万本

 虹の松原再生・保全活動への参加方式は、2種類設けました。指定された場所と日時に活動する「イベント方式」と、一定区間を受け持ち活動日時は自由に決めることができる「アダプト方式」があります。アダプト方式の登録者は183団体、6271名(平成27年2月現在)で、年に4回行うイベント方式では、毎回約160名の参加者が集まり、松葉かきや草抜きなどをしています。約1時間の作業でも松葉の山がいくつもでき、白い砂地が見えるようになります。

 「人が入らなくなってから、虹の松原に変化が訪れ、荒れるようになりました。人々の無関心が何よりの敵です。虹の松原は国有林ですので、皆の宝物。人々に松原に関心を持ってもらい、来てもらい、一緒に松原を楽しんでもらうことが再生保全活動の第一歩だと思っています。これだけ広大な松原を管理していくためには、行政だけではなく、地域住民の力が不可欠です」

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 再生・保全活動で直面している課題は何ですか?

 「アダプト方式で管理しているところは、虹の松原全体の約2割にしか至っていません。人手が足りないということが大きな課題です。また、集めた枝や松葉の利用法を検討しています。虹の松原では、松葉だけで年間に約1000トン落葉します。この松葉を市内のタバコ農家が苗床として利用してくれていますが、落葉した膨大な量の松葉や落枝をすべて利用することはできていません。いろいろな方の知恵をいただきながら、持続可能な利用方法を見つけたいと思っています」(藤田和歌子さん)

 その他、虹の松原での清掃作業に障害者の雇用の機会がつくれないかなど、地元の人たちと話しているそうです。虹の松原を訪ねたのは、今回わたしも初めてのことでした。鏡山展望台から見る虹の松原は壮大で、その美しい姿に感動しましたが、実際に松林の中を歩くと、松原が直面している変化を目の当たりにしました。300年の歴史の中で、人の手によりつくられてきた虹の松原、これらの松の息吹を絶やしてはいけないという思いを強くしました。

動画で「虹の松原」の全景が見られます。

連絡先)NPO法人・唐津環境防災推進機構KANNE~かんね~
〒847-0013 佐賀県唐津市南城内2番6号
TEL:0955-80-7060