石炭火力発電所の新設計画に、「待った」をかけた環境大臣(その1)

石炭火力の新設計画に「待った」をかけなければならない科学的根拠が見当たらない


東京工業大学名誉教授

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原発代替の石炭火力発電所の新設計画に「待った」がかかった

 3.11原発事故の直後から、私は、“石炭火力発電を当面利用すれば、経済的な負担のない原発代替は可能だ”と訴えてきた(文献1-1)。この主張が認められるようになったわけではないと思うが、2012年の夏頃から、再稼働ができなくなった原発に代わって、石炭火力発電が見直されるようになって、電力会社をはじめ、エネルギー供給事業者が、ビジネスとしての石炭火力発電所の新設計画を次々と発表しており、経済産業省(経産省)がこれを支援している。
 これに対して、この石炭火力発電所の新設計画は、同じ経産省が中心になって作成された、今年(2015年)の暮れに開かれるCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締結国会議)に向けてのCO2(CO2が主体の温室効果ガス)排出量の26%削減案に支障をきたすとして、環境大臣が、石炭火力に「待った」をかける意見書を提出した(朝日新聞2015/6/13)。
 この朝日新聞の記事から再録した表1-1に示すように、“経済界で進められている石炭火力発電所の新設が計画通り進められると、政府が6月2日(2015年)に了承した2030年度の2013年度比(2030/2013年比)でCO2を26%削減するとの目標が達成できなくなる。”とするのが、今回の環境大臣の懸念である。

表1-1国内の石炭火力発電所の現状と政府の目標
(朝日新聞2015/6/13の記事の付図をもとに作成、ただし、注の記述は日本エネルギー経済研究所のデータ
(エネ研データ、文献1-2)をもとに私が検討・解析した結果からの問題点の指摘である)

表1-1

注:

*1;
一般に設備容量と言われているが、原報(朝日新聞記事)通り、設備量と記した。
*2;
設備容量約4,000万kWと発電量約2,850億kWhから計算される石炭火力発電の設備稼働率の値、約81.3%(=(約2,850億kWh)/(約4,000万kW)/(8,760h/年))は、同じ年の石炭を含む国内の火力発電の設備稼働率58.9%(エネ研データ(文献1-2)から計算した値)に較べて異常に高い。一般の商用の火力発電では、夏季の需要のピーク時に合わせて設備容量が設定されるので、年間平均の設備稼働率の値は50~60%台にまで低下する。
*3;
2013年度の総発電量10,905億kWh(文献1-2から)に対する石炭火力発電量の比率は約26.1%(=(2,850億kWh)/(10,905億kWh))と計算され、ここに記載された30%にならない。
*4;
アセス法の対象は15万kW(原報記載の値そのまま)でなく11万kWである。
*5;
石炭火力の設備容量が現状(2013年度)の4,000万kWから、1300万kW増えたとしても、設備稼働率が同じだと仮定すれば、2030年度時点での石炭火力の発電量は約25%(=(1300万kW)/((4,000+1,300)万kW)の増加に止まる。この増加後の設備容量5,300万kWで、2030年度の石炭火力発電量目標値2,810億kWhを得るとすると設備稼働率の値は、約60.5%(=(2,810億kWh/年)/(5,300万kW)/(8,760h/年))と計算されるから、2013年度の火力発電での値(注*2参照)とほぼ一致する。2030年度には再エネ電力を22~24%導入するとあるので、この不安定電源をバックアップするための石炭火力発電の設備稼働率は、さらに低下すると考えるべきである。したがって、この新設計画の設備容量の増加は、2030年度の石炭火力発電量の目標値を達成するのに過剰とは言えない。
*6;
この発電量の値2,810億kWhと石炭火力の占める比率26%から計算される総発電量の値は約10,808(=2,810/0.26)億kWhと計算され、2013年度の値10,905億kWhと殆ど変わらない。すなわち2030/2013年比の省エネ(節電)が考慮されていないことになる。CO2の排出量の増減と石炭火力発電量の関係を問題にするのであれば、2030/2013比の省エネ目標の値も想定、明記されなければならない。

環境大臣の「石炭待った」には科学的根拠が見当たらない

 環境大臣の石炭火力「待った」の根拠とされている朝日新聞の記事から引用した表1-1には、余りにも多くの混乱と矛盾が含まれている。
 先ず、最初に指摘しなければならないのは、現状の石炭火力発電所の新設計画のもとでは、政府が2030/2013年比で、CO2の排出量を26%削減するとの目標が達成できないとする表1-1のずさんな内容である。この表は、私が表の下に注として記したように、電力の使用状況についての科学的な知識を持った人がつくったとはとても考えられない。すなわち、表下の注*4に具体的な数値で示したように、商用電力生産での一般的な火力発電の設備稼働率の値は、夏季のピーク電力時への対応を考慮して、通常、50~60%程度とされている。したがって、現在の国内の石炭火力発電所の新設計画での設備容量(kW)の増加が、政府の2030/3013年比のCO2排出量削減目標値26%の達成を妨げるほど過剰になるとは考えられない。
 また、2030年度の石炭火力発電量の総発電量に占める比率が、2013年度と同じく26%(表下の注*4に示すように、30%でなく26%)なのに、電力生産でのCO2の排出量が対2013年度比で26%(この26%は、上記の石炭火力の26%とは無関係である)低減できるとするのは、2030年度を目標にして、電源構成のなかの再エネを22~24%、原発を20~22%とすることで、化石燃料を用いる火力発電量の比率を2013年度の58.9%から30%まで大幅削減するとしているからである(文献1-3参照)。
 さらに、もっと基本的な誤りは、朝日新聞の記事に、環境大臣の意見が、“30年度時点での原発や再生可能エネルギーの割合を定めた電源構成が土台になっており、発電量全体に占める石炭の割合を、現在の30%から26%程度に減らすことを想定している。”ことである。すなわち、地球温暖化対策としてのCO2の排出削減が、電源構成のなかで、CO2排出量の大きい石炭を減らせばよいとしているが、これが下記するように、大きな間違いであることが指摘されなければならない。

 確かに、いま、経産省が進めている日本のエネルギー政策(エネルギー基本計画)のなかで、電源構成のベストミックスが最重要課題としてとり上げられている。しかし、電力消費は、化石燃料資源量換算で表した一次エネルギー消費のなかで、現状で、4割余程度しか占めていない。したがって、CO2の排出削減を考えるのであれば、残りの6割近くを占める一次エネルギー消費(電力以外)を含めた一次エネルギー消費(合計)のなかのCO2排出量の削減について考えなければならない。IEA(国際エネルギー機関)のデータ(エネ研データ、文献1-2から)から、日本の化石燃料消費に伴うCO2排出量の値を計算して表1-2に示した。この表に示すように、日本の一次エネルギー消費に伴うCO2の半分近くは石油によるもので、電源構成のなかで半分近くを占める石炭ではない。すなわち、CO2排出量の最小化を図るためとして、電源構成のなかの石炭火力の比率のみを問題にすることはできないと考えるべきである。
 説明が、ややこしくなったが、上記から、今回の環境大臣の主張が、科学的に全く根拠のないものであることが判って頂けると思う。

表 1-2 日本の化石燃料消費に伴うCO2排出量(百万CO2トン)、2012年
(IEAデータ(エネ研データ、文献1- 2から)をもとに計算して作成 *1 )

表 1-2

注:

*1;
(各燃料種類別CO2排出量)=(各燃料種類別CO2排出量原単位(CO2トン/石油換算トン):石炭3.96、石油3.07天然ガス2.35)×(各燃料の一次エネルギー消費の石油換算量)として計算した
*2;
括弧内数値は対合計百分比率
*3;
電力生産でのCO2排出量は、一次エネルギー消費に伴うCO2排出量合計の39.5%(=527.7/1,335.0)を占める。

政府のCO2排出削減目標は、電源構成のなかの石炭の使用比率とは直接的関係がない

 今年(2015年)の暮れに予定されているCOP21に向けて、2030/2013年比のCO2排出削減率26%の目標数値が政府により提示された4月30日の2日前の28日に、経産省により発表された2030年度の電源構成のなかの石炭の使用比率の推定値26%が発表されている。
 しかし、この政府の二つの発表数値の関係につては、先に私が、このときの報道(朝日新聞(2015/5/1))を引用して述べているように、直接的な関係がないことが指摘されなければならない(文献1-3)。すなわち、政府のCO2排出削減率26%の値は、国内のエネルギー消費の各部門(産業、民生、および運輸各部門)別の2030/2013年比のCO2排出削減率が推定された上で、それらを合計した値である。その算出に当たっては、各エネルギー消費部門別に、エネルギー消費構造の変革と省エネの徹底の両面での定量的な評価・検討がなされなければならない。例えば、運輸部門でのガソリン自動車を電気自動車の利用に変える場合のように、各エネルギー消費部門での電力化率(エネルギー消費(合計)のなかのエネルギー消費(電力)の比率)の改変も必要になる。この電力化率の改変も含めて、一次エネルギーの消費に関わるエネルギー取得コストの最小化を求めた結果が26%にならなければならない。
 いま、3.11事故の影響を受けて、原発電力の利用に国民の同意が得られないなかで、電力の自由化を目前に控えて、エネルギー供給を事業としてきた電力会社などが、より安価な電力の生産に石炭火力を用いることは、日本経済の生き残りにとっても当然のことと考えるべきである。これを、表1-1に示すような科学的に根拠のない理由で、CO2排出を促進するとして規制しようする環境大臣の対応には猛省を促したい。

引用文献

1-1.
久保田宏;科学技術の視点から、原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年
1-2.
日本エネルギー経済研究所編;「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2013年版」2014年、「同2015年版」2015年、省エネルギーセンター
1-3.
久保田宏;2030年度電源構成のなかの再生可能エネルギー(再エネ)の意味を考える(その3)COP21に向けて日本に求められるのは、世界の化石燃料消費の具体的な削減提案でなければならない、ieei、2015/06/03

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