ドイツの電力事情⑮ 送電線の押し付け合い


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 ドイツのEnergiewendeのカギを握る一つが、送電網の整備だ。風況の良い北部、特に北海沿岸に多く導入された風力発電の電気を、南部の需要地に運ぶことができれば、再エネ電源を有効に活用することができる。電気は貯められないので、必要とされる量を必要とされるタイミングで発電することが求められる。この「同時同量」は電気のイロハのイであるが、太陽光や風力という自然変動性電源を有効に活用するには、その不安定性を吸収できるよう大きな需要地に運んで消費する必要があるのだ。
 政府系研究機関であるdena(German Energy Agency)は2005年に発表した報告書「Grid Study Ⅰ」注1)および、再エネの急拡大を踏まえて2010 年に発表された報告書「Grid Study Ⅱ」注2)においても、再エネ電源の拡大には送電線整備が必要であることが指摘されている。しかし必要性は認識されているものの、実際の整備は遅々として進んでおらず、現状ではドイツ北部と送電線が連系している東欧諸国に安定供給可能な送電容量の上限を超えて流れ込む事態がしばしば発生している。火力発電機の出力を下げるなど緊急対応を強いられているチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアの送電系統運用者から、2012年3月、ドイツ北部の再生可能エネルギー(風力)の電気が予定外に流れ込むことで自国の電力システムが度々危機に瀕していることを指摘する文書が出され注3)、チェコの経済産業大臣からは「ドイツはこの問題に気がついているにもかかわらず、コストが高いために解決する十分な政治的意志がない」とのコメントが発せられる注4)など、隣国を巻き込んだ問題となっているのだ。

 このように、ドイツ国内の送電線整備はまさに喫緊の課題であるが、その建設ルートを巡って、州同士が激しい押し付け合いを繰り広げる事態に発展している。
 ドイツの送電線建設が進まない理由は既にドイツの電力事情⑤などでも何度も紹介しているが、住民の強い反対運動がある。送電線が景観を悪化させること、特にドイツ人が愛する森林を無粋な送電線が貫くことによって景観が悪くなれば地価下落につながること、そして、電磁波の健康影響への懸念がある。ドイツの家庭では電子レンジも日本ほど普及していない。放射線だけでなく電磁波などに対してもその健康影響に対して非常にセンシティブなのがその理由の一つであるとされる。
 ドイツ連邦政府は住民の反対運動を緩和するために、前環境大臣のアルトマイヤー氏の発案により、系統整備計画の投資総額の最大 15%に対し住民参加を可能にすることで、送配電網の敷設への利害関係者の受容を高める施策などを導入した。2013年2月に、送電会社TenneTがニービュルからブルンスビュッテルまでの150kmの送電線工事計画においてそのスキームを利用することを明らかにし注5)、最大4,000万ユーロの出資を集めようとしたものの同年12月時点で、142人の応募しか無かったことが報じられるなど注6)、状況ははかばかしくない。

 そしていま、高圧送電線のルートを巡って、州政府の高官が激しい押し付け合いを展開する事態になっているのは、3つある高圧送電線拡張計画の一つ、Sued Linkである。Sued Link(ズュード・リンク)は全長800km、ドイツを南北に貫くプロジェクトであるが、建設ルート上にあるバイエルン州は、これを西に移動するよう主張し、西隣のバーデン・ビュルテンベルク州、ヘッセン州から激しい反発を招いているのだ。


送電事業者TenneTのwebサイト注7)より。中央水色の点線がSued Linkの計画ルート。

送電事業者TenneTのwebサイト注7)より。
中央水色の点線がSued Linkの計画ルート。

注1)
http://www.dena.de/en/publications/energy-system/dena-grid-study-i.html
注2)
http://www.dena.de/en/press-releases/pressemitteilungen/electricity-distribution-grids-require-significant-expansion-for-the-energy-turnaround.html
注3)
チェコの送電系統運用者CSPSのプレスリリース2012年3月26日
http://www.ceps.cz/ENG/Media/Tiskove-zpravy/Pages/Rozdeleni_NEM-RAK_obchodni_zony.aspx
注4)
ブルームバーグ 2012年10月26日
http://www.bloomberg.com/news/2012-10-25/windmills-overload-east-europe-s-grid-risking-blackout-energy.html
注5)
http://www.renewablesinternational.net/community-ownership-of-grids/150/537/60552/
http://greencrowding.com/blog/uncategorized/grid-investments-local-communities-co-finance/
注6)
http://www.windpowermonthly.com/article/1223664/german-public-shies-away-tennet-grid-investment
注7)
http://suedlink.tennet.eu/fileadmin/tennet_sl/suedlink/15_01-Broschuere-AVZ_Screen__2_.pdf

 バイエルン州のアイグナー経済相は、2つも新たな送電線が通るのは全国でバイエルン州だけであり、その一つのSued Linkについてはルートを西側に変更するよう求め、ゼーホーファー首相も同調している。彼らバイエルン州高官の主張は、送電線建設計画ルートの地域住民からの強い反対の声に後押しされていたものだ注8)。しかし、ヘッセン州のボフィエー首相は、バイエルン州が何を言おうが送電線のルート変更は認められるものではないと反発し、バーデン・ビュルテンベルク州のシュミット財務経済相はその要求を「バイエルンのエゴイズム」と批判したと報道されている注9)。再エネを拡大し、脱原子力・脱化石燃料を図るEnergiewendeを進めるエコの国で顕になったエゴである。
 連邦経済省のガブリエル大臣が5月24日、ZDFテレビのインタビューに答え、バイエルン州は既存のルートを受け入れるべきであり、隣接州に押し付けるべきではないこと、また、バイエルン州の負担を減らすためにも地中埋設の区間を増やすなどの対策を施す必要があり、地中埋設の技術も進歩しているとコメントした注10)

 確かに送電線を地中に埋設すれば景観悪化は防げるが、それはコストが莫大に膨らむ。日本の経済産業省が行った、再生可能エネルギー導入拡大のための広域連系インフラの強化等に関する調査注11)では、海外事例も多く紹介されているが、ドイツの送電事業者4社は、埋設ケーブルにした場合のコストを、50Hzは架空線の約10倍、Tennetは架空線の2倍から4から5倍、BNetzAは架空線の6倍になると見積もっている。また、埋設ケーブルによる電磁波の影響が明らかになっておらず、地中埋設は現実的ではないという指摘もなされている。
 
 2009年制定の高圧送電線建設迅速化法(EnLAG:Energieleitungsausbaugesetz)が定める優先計画ルート約1,834kmのうち2013年末の進捗は約2割の約322kmであるとされる。2022年の脱原発を目指すのであれば、送電線建設に残されている時間はそう長くない。

注8)
http://www.rundschau-online.de/politik/bayern-will-suedlink-nach-hessen-und-baden-wuerttemberg-verlegen-sigmar-gabriel-weist-horst-seehofers-stromtrassen-vorschlag-zurueck,15184890,30778234.html
注9)
http://www.tagesspiegel.de/politik/stromtrassen-in-bayern-horst-seehofer-springt-ilse-aigner-bei/11791300.html
注10)
http://www.reuters.com/article/2015/05/24/germany-power-idUSL5N0YF0HP20150524
注11)
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000177.pdf のP183

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