病院と原発事故(その2)


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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(前回は、「病院と原発事故(その1)」をご覧ください)

 本稿では、災害時の病院の実態を知っていただくため、福島県の沿岸部で実際に起きた事例を述べてみます。

爆発直後の病院の状況

 福島県、特に浜通りの災害医療は、放射能という見えない恐怖との戦いだったといいます。
「2回目の爆発のニュースがテレビで流れた後、急に空が静かになったんですよ。あ、テレビ局も避難したな。ってことは、自分らは死ぬのかな、と思いました。」
 震災当時、相馬市で勤務していた医師の言葉です。このような切迫感に、あいまいな情報と物資の欠乏が拍車をかけました。

 災害後病院避難を指揮した別の医師は、当時の状況をこのように語っています。
「(原発から)30kmに屋内退避指示が出ると、およそ50km圏には水・食糧・情報などは、何も入って来なくなった。情報を持っている公務員が先に避難をした、という噂も流れて、病院幹部が完全に浮き足立ってしまった。」

 相双地区が他の沿岸被災地と最も大きく異なった点は、津波に飲まれた地区と異なり、この地域には電気が通じていた点です。テレビを見ることができた住民の方々は、自分たちの地域の窮状が報道されないという事実を日々突きつけられる状況でした。政府や報道にも把握されていない。その不安が避難区域の外に住む人々に不信感を抱かせる結果となったことも想像に難くありません。

 目の前に避難をするための交通手段が残された状態で人・物資・そして燃料が入って来なくなる中、病院スタッフは、「取り残された」のではなく、むしろ「踏みとどまる」という積極的な選択をしなくてはいけませんでした。

外注業者の選択

 このような病院という組織において、まず顕著な差が出たのは常勤スタッフと外注スタッフでした。本社が県外にある外注業者などでは、当然のことながら職員の健康を守る責任が生じます。原発事故の後、避難区域の外の病院でも、「速やかに病院から撤退しろ」という指示が出された外注業者も多いようです。

「朝の全体会議では全員残る、の判断だったが、2度目の爆発の後、出勤していた外注職員はいつの間にかいなくなった。」

「電気がなくなり酸素を作れるところがなかったため、一番近い医療酸素の業者を探したら新潟だった。本来週3日補給してもらわないと足りない状態だったが、この業者に、本社から『福島に入るな』と命令が来たようだ…スタッフが会社の命令を無視して持ち込んでくれなかったら酸素は切れていたと思う。」

 病院は社会から孤立できる機関ではありません。食事、清掃、リネン、機器の安全点検、そして何よりもスタッフが生きるための社会インフラが全てそろっていなければ機能できないのです。当たり前のように聞こえますが、実際には社会的にはこの認識がなされていない、ということが、今回の震災では明るみに出ました。

 たとえばある病院では厨房職員がおらず食料も手に入らないため、患者さんの食事は、看護師がコンビニのおにぎりにバリエーションを付けて提供する状態だったといいます。副院長がトイレ掃除、エレベーターの安全点検は事務職員などが行った、という話も、病院の維持の為に、いかに非医療スタッフの確保が重要であるかという事を端的に示す一例だと思います。

 病院の避難を決めた医師は、次のように語ります。
「せめてあと2倍の人数と食料が届けば耐えられたかもしれない。『死守』といってもこのままではむしろ患者が死ぬ。そう思っていた矢先、他の病院から『うちで患者を受けられる』という電話をもらい、撤退を決定した。転院先?全て個人のツテで探したよ。」
 自身も被災者である医療関係者の苦労が偲ばれる言葉です。

今後の避難区域設定で考慮すべきこと

 現在、原発の避難計画というと、基本的にはある区域内(例えば30㎞圏など)の地域を対象に行っています。しかし今回の事故を踏まえれば、この線引きだけでは、住民の命と健康を守るには不十分であることが分かります。

 もちろん、放射能の影響を低減するための、物理的境界の設定は必須です。しかし、問題はその中に住む人々だけが対策をとっても減災効果は薄い、ということです。今回の事件を踏まえてみれば、企業は政府が出した指示よりも広い範囲に職員の「立ち入り制限」を設ける傾向にあります。その結果、避難区域周辺にある地域の流通が止まることこそが、病院スタッフにとっても住民にとっても一番の打撃となりました。

 今の日本社会で、完全な自給自足を達成している地域は皆無といってもよいでしょう。多くの町は、数日間流通が止まっただけで深刻な食糧難・燃料不足に陥るように作られてしまっています。つまり、物理的なライン以上に、流通などの機能的連結線、というラインの認識が重要になってきます。

 周辺地域の食料・水・燃料・情報などの供給をいかに保つか。難しいことですが、たとえば原発周辺地域を行き来する全ての流通業者を巻き込んでの避難計画や、原発内部への物資の供給ラインと周辺地域への物流ラインを共有できるようにする、などの計画があるかと思います。

 今後おこり得る災害において、意思決定を行う方の一人でも多くが、今回の事故から学び、有効な対策のために知恵を絞っていただければ、と思います。

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