大幅な省エネ見通しの国民負担を精査せよ

既存のモデル試算は電力価格倍増を示唆している


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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<大幅な省エネ見通し>

 省エネルギー小委員会(以下、小委)は、4月17日の第3回会合において、新たな省エネ量の試算を示した。以下本稿では特に電力に着目して議論する。小委では、2030年断面の「暫定試算」注1)として日本全体で1961億kWhの削減を見込んでいる。これは2月27日の長期エネルギー需給見通し小委員会が示した「省エネ対策前」である11440億kWhに比べて、△17%減という大幅なものになっている。

<価格効果に依るならば、電力価格倍増が必要かもしれない>

 この△17%の省エネ注2)のための国民負担はいかほどか。小委では、主に補助金や規制によって省エネを実現することを考えているようだが、これについては後述することにして、以下ではまず価格効果、すなわち電力価格の(課税等による)上昇によって省エネを実現する、と仮定して負担の規模を検討する。
 これには、民主党政権による「エネルギー環境会議」の資料が参考になる。具体的には、エネルギー・環境に関する選択肢 経済影響分析結果一覧(表)において、まず慶応大学野村准教授の試算を例にとって、「ゼロシナリオ(原子力がゼロのシナリオ)」を「自然体シナリオ」と比較すると、2030年断面において、電力価格が218%へ増加、すなわち電力価格倍増以上となっているのに対して、電力需要の減少は△8.7%となっていたことが分かる。


図1

 今回の小委が示した省エネ量は△17%であり、これより遥かに大きな省エネ量であることに留意されたい。
 勿論、エネルギー環境会議と今回の小委では、様々な条件の違いはある。だが、電力価格倍増に匹敵するような規模の価格上昇を想定しないと、小委の示した省エネ量は実現しないのでないか、という問いを立てて、今後、精査する必要があるのではなかろうか。
 このような「電力価格倍増が必要になる」との疑いは、エネルギー環境会議に参加した、他の3つの何れの機関の試算結果から示唆される。大阪大学伴教授は電力価格が204%増になるのに対して電力需要減少は△8.7%、RITEは電力価格が230%になるのに対して電力需要減少は△11.2%、国立環境研究所は電力価格が181%になるのに対して電力需要減少は△18.0%となっていた。
 もちろん、以上の数字は何れも数値モデルによる試算なので、一定の前提条件のもとでの概算にすぎないし、またその前提条件も今回の小委とは違う。しかしながら、数字の規模感はそう簡単に変わるものではないだろう。少なくとも、小委が示す△17%の省エネについては、その実現のためには電力価格倍増が必要になるのではないか、という問いかけのもとで、精査する必要があるのではなかろうか。

<補助金や規制に依るならば、政府の失敗の懸念がある>

 さて現実には課税等による電力価格の引き上げというのは政治的に実現が難しいこともあり、政府は価格効果に依るのではなく、規制や補助金を多用するかもしれない。ではこのとき、国民負担はどうなるのだろうか。
 まず出発点として、初等的な新古典派経済学で考える。価格効果に依る場合にくらべて、補助金や規制を用いると、部門や機器ごとに限界費用が異なることになるから、全体としての費用対効果は低下する。すなわち、同じ量の省エネをするための国民負担は、価格効果による場合よりもむしろ大きくなる。
 これに対する正当な反論として、市場の失敗が起きている状況、すなわち、価格シグナルだけでは人や企業が経済合理的な行動を十分にできないとき、政府の介入が正当化される、というものがある。これには2つの場合がある。第1が、情報の非対称や動機の分断等によって省エネの機会が見過ごされている場合である。このときは例えば省エネ法による規制や情報的手段が正当化される。第2は、研究開発の恩恵が社会に広く共有されるのに対して、開発費用は一部企業が負担しなければならないという、いわゆる研究開発投資のもたらす利益の占有可能性(appropriability)の問題によって、社会全体として望ましい水準よりも研究開発投資が少なくなる場合である。このときには例えば、政府による研究開発補助や実証試験補助が正当化される。
 学界では、このようなロジックで政府介入が一定程度正当化されることについては合意がある。さらに小委の資料でも紹介されているが、工場や事業所に対する省エネ設備投資の補助金事業については、費用対効果の観点からみて及第点であったとする評価もあった

注1)
総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 省エネルギー小委員会(第12回)平成27年4月17日 資料1-2 各部門における省エネルギー対策と省エネ量の暫定試算について(事務局案)。
http://www.meti.go.jp/committee/gizi_8/19.html
注2)
以下本稿では「電力の省エネ」のことを単に「省エネ」と表記する。

 だが、いくつかの成功事例があるからといって、それを大規模に実施することが、直ちに正当化されるわけではなかろう。国全体の電力消費の△17%という大幅な省エネ目標の達成を目指すために、補助金や規制を多用することは、やるべきことだろうか。さらには、「適切な補助金・規制を用いることで、電力価格を上昇させることなく、積上げ計算によって示された大幅な省エネポテンシャルを実現できる」注3)という考え方は成立するのだろうか。
 この主張に対する最大の懸念は、エネルギーを使用する設備や機器等の技術の選択において、政府の役割が大きくなり過ぎると、その意思決定においては政治的な配慮が優先されるようになり、経済的な効率性が犠牲になること、すなわち「政府の失敗」が膨らむことである。実際に、最近の日本の省エネ・再エネの事例を見ると、家電エコポイント、再エネ全量買取り制度(FIT)、バイオマスニッポン総合戦略など、大規模な補助事業において、費用対効果という観点からは、失敗と評価されたものもが幾つもある
 市場の失敗がある場合に政府介入が正当化されるといっても、それがかえって政府の失敗を引き起こさないようにしなければならない。補助金も規制も、この観点からは気を付けなければならない。
 その他にも、補助金や規制の実施における「政府の失敗」としては、以下のような懸念もある: 第1に、高い割引率など、一見すると不合理に思える人や企業の行動も、実際には将来の住まい方や売り上げの不確実性などに基づく合理的行動である場合もあり、政府介入がかえって不合理を招くこともある。例えば、政府が補助金を支給して立派な設備を導入しても、その工場が稼働しなければ、ただの無駄遣いになってしまう。工場見学に行くと、そのような使われない立派な設備に出くわすことがある。第2に、積み上げ計算による省エネの費用対効果の試算においては、ベースラインの設定が難しく、また人件費や利便性の低下などの費用の勘定漏れ等が起きやすく、結果として費用が過小に、効果が過大に評価される場合が多く、それが過剰な政府介入の根拠となる、という批判もある。
 以上については学界で長い論争の歴史があった。これは筆者がとりまとめに参加したIPCCの第5次評価報告書にも収められている。「電力価格を上げなくても、補助金や規制によって、国民負担を回避しつつ大幅に省エネができる」とする意見には、特にMITのジャコビー(Jacoby 1998)やハーバード大学のスターバンス (Stavins 2009)等の経済学者によって、上述のような批判があり、「補助金や規制の多用によって野心的なCO2削減目標を達成しようとすると、価格効果に依ると想定した試算よりも、政府の失敗によって効率が悪くなり、余計に費用が掛かる」という主張がなされてきた(日本語での入門的解説はこちら更に詳しくは拙著を参照)。
 これらの批判が絶対に正しいというつもりはない。だが少なくとも、これらの批判があることを理解し、価格効果に依らず補助金や規制に依ると考えた場合にも、国民負担は少なからず発生するのではないかという疑問を持って、詳しく検討する必要があるのではなかろうか。今回の小委でも一応は費用対効果について言及されているが、上述のような観点から詳しく議論されてはおらず、これだけでは不十分と思われる。

<CO2数値目標設定の前に、省エネの国民負担の精査が必要>

 以上をまとめると、現在、小委が見込んでいる省エネ量を実現するためには、価格効果に依ると仮定するならば電力価格倍増といった形での国民負担を意味する可能性があり、補助金や規制に依るとしても、政府の失敗を招くことによって、価格効果に依る場合以上に国民負担は大きくなるかもしれない、という疑いがある。少なくとも、そのような疑いを持って、国民負担を精査する必要がある。
 いま日本は、安定した経済成長を目指している。自民党の原子力政策・需給問題等調査会(額賀福志郎会長)は、電力価格を震災前の水準に抑制すること、そのために、ベースロード電源比率を60%以上にするという骨子で提言をまとめ、安倍首相に提出した。
 だがもしも大幅な省エネ見通しが、電力価格倍増や、あるいは規制や補助金の多用などの形で、大きな国民負担に帰結するならば、ベースロード電源を増やして電力供給コストを下げるとしても、その意義は大いに減じられてしまう。
 今一度、エネルギー環境会議の時と同様なモデル試算等、本稿で紹介した議論を踏まえて、大幅な省エネがもたらす国民負担を精査することが必要である。それなくして、省エネおよびCO2の目標を公式に設定し、内外に約束すべきではないだろう。
 いま世間の耳目は、原子力・再生可能エネといった電力供給サイドに集まっている。だが電力需要サイドにおいても、大幅な省エネの見通しは、国民経済への大きな負担をもたらしうる。このことを今、重要な問題として関係者に提起したい。

注3)
国立環境研究所の4月8日のシンポジウム資料
http://www-iam.nies.go.jp/aim/projects_activities/prov/index_j.html
はこのような主張をしているように読み取れる。

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