放射線と放射性物質(その3) 自然放射線と主な放射性物質


国際環境経済研究所主席研究員

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(前回の解説は、「放射線と放射性物質(その2)原子核と放射性物質」をご覧ください)

5.自然放射線

 人為的な放射線が登場したのは1895年のレントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen)によるX線の発見が最初である。わが国の医療現場でX線撮影が行われるようになって100年ほど経つ。トリウムやラジウムなどの放射性物質もほぼ同時期に発見されている。
 人工放射性物質の歴史について簡単に触れる。ドイツ人化学者ハーン(Otto Hahn)とユダヤ系オーストリア人女性物理学者マイトナー(Lise Meitner)による核分裂現象の発見の報告は1938年である。この業績でハーンはノーベル賞を受賞したが、マイトナーはナチスの横やりで受賞者になれなかっただけでなく、離職させられたり亡命したりと数奇な半生を送らざるを得なかった。彼女は戦時中の人種差別と性差別の犠牲者である。
 研究の成果としてアメリカで生み出された原子爆弾が広島・長崎に投下された悲劇の年から70年目を迎えた。筆者の友人には、広島市で胎内被ばくをして原爆手帳を所持している友人がいる。さらに戦後の冷戦時代に行われた500回を上回る大気圏内核実験によって、大量の人工放射性物質がばら撒かれた。この影響については最後に紹介する予定である。

 ここでは先ず自然放射線について説明することにする。わが国での自然放射線は0.7~0.75mSv/年(=年間700~750マイクロシーベルト)程度であり、そのうち宇宙線による被ばくは0.5mSv/年、天然放射性物質による被ばくは0.2~0.25mSv/年である。このほか放射性希ガスのラドンによる被ばくが国内では一年に1mSv程度ある。家屋の構造や習慣、地域によって差があり、世界的にみるとラドンによる被ばくが10mSv/年に達する地域がある。

わが国における自然放射線量

1) 宇宙線
 前回の「原子核と放射能」の項で簡単に触れたが、新星および超新星爆発により放出された超高速度の粒子(主に陽子=水素の原子核=一次宇宙線)が地球大気上層に毎秒1×1018個(百京個)降り注いでおり、それが空気の分子と衝突して壊れ、その破片が二次的に何度も反応して多くの電子やニュートリノ、γ線の二次宇宙線となり滝のように地上に降り注ぐ(カスケードシャワーと呼ばれる)。

 宇宙線量は地磁気の影響で高緯度の方が多くなる。また、宇宙線の強度は高度が上がるにつれて増し、16~20kmのところで最大になるので、航空機の乗務員の放射線被ばくは多くなる。ある航空会社による蓄積線量の調査報告があり、それによると年800時間の勤務で3mSvとのことである。
 さらに宇宙船など大気圏外の宇宙線による被ばくは1日あたり1mSvに達するとのことである。古川聡宇宙飛行士は、2011年6月から11月まで167日間国際宇宙ステーションに滞在した。日本人宇宙飛行士の最長記録であるが、その間の蓄積線量は170mSvに達したと推定される。分厚い大気層が、地上にいる私たちを宇宙線被ばくから守ってくれているのである。

 宇宙線により常に一定量生成している代表的放射性物質が炭素14(14C) で、材料は空気中の窒素である。そのため、考古学や地質学の分野で年代測定に利用されてきた。化石や遺物に含まれる炭素中の放射性炭素の比率を測定することにより、その化石や遺物がいつ地中に埋まったかが分かる。
 ところが、産業革命以降化石エネルギー由来のCO2が増加している。石炭や石油の中の14Cは壊変してほとんど無くなっているため遺物の年代測定に誤差が生じることから、5,000年前以降の遺物の年代測定に使えなくなった。

 そこで最近、別の放射性物質を年代測定に用いる方法が開発されている。高エネルギー宇宙線により14Cのほか3H, 7Be, 10Be, 22Na, 26Al, 32P, 35S, 36Cl などが定常的に生成しているが、これら放射性物質のうち年代測定に使える可能性がある核種は生物体内にある程度高い比率で含まれ、かつ長寿命である必要があり、半減期151万年のベリリウム10(10Be)を用いる方法が開発されている。例えば10Beと半減期74万年のアルミニウム26(26Al)の比率で計算する。26Al が先に減っていくので、古いものほど10Beの比率が高くなることから年代が分かるのである。

 宇宙線について最近、興味深い報告があった。名古屋大学の宇宙線物理学者三宅芙沙らが、西暦775年頃に形成された屋久杉の年輪の14Cが通常の年よりも異常に高い(通常より1.2%多い)ことを発見したと、Natureの2012年8月号に報告している。その原因について議論になっており、太陽フレアであるとすればこれまでの記録を大幅に上回るエネルギーだったはずで、低緯度でもオーロラが観測できたのではないか、中東や中国、日本などで昔の記録が見つかると嬉しいと、米国のコロラド大の研究者は言っている。

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2) 天然放射性物質
 天然の放射性物質として、長寿命のため宇宙創成以来存在しているカリウム40(40K)、ラドン(Rn)、 ラジウム226(226Ra)、ラジウム228(228Ra)、鉛209(209Pb) などがある。
 40Kは天然のカリウム中に0.0119%存在しており、地球誕生時はもっと比率が高く、半減期12.77億年から推定して今の12倍(2 46/12.77)はあったはずであり、46億年を経て今の比率になっている。体内のカリウム総量は体重の0.2%で一人当たり100~150g程度であるが、放射性カリウムの量を計算すると12~18mg、前回紹介した計算方法により放射能を計算すると3,000~4,700Bq/人、体重1kgあたりでは50~60Bqになる。仮に46億年前に現在と同じような生物がいたとしたら、その体内の放射性カリウムは体重1kgあたり600~700Bqという値になる。

人体中のカリウム放射能量
(a”) [40K 1gの原子数]=[6.02214×1023]÷[40]=[1.506×1022個]
(b”) [40K 1gの放射能量]=[0.69315]÷[4.03×1016秒]×[1.506×1022個]=2.59×105Bq
40K 12mg~18mg=259,000Bq×(12~18)mg÷1,000=3,100~4,660 Bq

 40K以外の天然放射性物質として希ガスのRn、ウランの崩壊物である226Ra、トリウムの崩壊物の228Ra、ネプツニウムの崩壊物の209Pb (鉛209) などがあり、ラドン温泉、ラジウム温泉としてある種の病気療養などに利用されることがある。秋田県の玉川温泉、鳥取県の三朝温泉が有名である。玉川温泉では癌の民間療法として岩盤浴が行われている。ホルミシス効果といって低線量の放射線に継続的に被ばくすることにより、人体の免疫機能が向上すると言われている。
 また鳥取県と岡山県の境にある人形峠には低品位ではあるがウラン鉱脈があって、国産の核燃料資源として一時期採掘が行われていた。この地域の一部に放射線の高い地域がある。これら重金属の放射性物質は骨細胞に蓄積しやすい。当然、それぞれの分布に地域差がある。図は新幹線で移動しながら線量率を測定した結果でかなり変動しているが、トンネル通過時は花崗岩などに多く含まれる放射性物質が影響して高めになる。

「はかるくん」による新幹線内での自然放射線量率の測定例

6.主な放射性核種の物理学的半減期と安定同位体

 自然放射線の原因になっている主な原子核と、核分裂生成物のうち注意が必要な原子核について、それぞれの半減期と崩壊型、安定化後の原子核、同じ各種の放射性同位体および安定同位体を一覧表にした。半減期が長いほど安定な原子核である。たとえば14Cはその半分の量の原子核が安定な窒素原子に変わるまでに5,730年かかり、 40Kはそれが12.77億年ということである。

 特殊な例を除いてそれぞれの原子には多くの同位体(同じ性質を持ち質量数の異なる原子核)が存在する。質量数の違いにより放射性だったり安定だったりする。表中下線で示したのが安定同位体である。たとえば、炭素には質量数が11から14まで4種類の同位体があり、そのうち12C, 13Cが安定同位体、11C, 14Cが放射性である。β, β, ECなど壊変の意味は後述する。

 なお、表中14C、40K、222Rn、226Ra、228Raは天然放射性物質、第二次世界大戦後に検出されるようになった90Sr、131I、134Cs、137Cs、Puは人工放射性物質である。

20150223

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