CO2削減の「イノベーション・シナリオ」


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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3 技術革新の本質: イノベーション・エコシステム

 技術革新の本質については、複雑系研究によって、理解が深まった注13)。すなわち、

・技術革新とは、既存の技術の交配(組合せ)である()。

技術革新とは既存の技術の組合せ

 技術革新とは既存の技術の組合せであり、人類を繁栄に導く。
マウスは無数の技術の組合せで出来ている。
詳しくは、マット・リドレーの講演(日本語字幕付き)を
ぜひご覧頂きたい:アイデアがセックスするとき

 技術は生態系「イノベーション・エコシステム」として進化する:
 このため、長期にわたる技術予測は根本的に不可能となる。それが数学的に複雑系(非線形システム)だからだ。生物は、それがどう進化したかを後から説明することは出来る。だが進化の結果どのような生物になるかを予言はできない。技術も同じだ。
 技術の進化は加速する:
 技術の知識は、一度進むと戻らないという累積性がある。そして、その組合せの数は、既存の蓄積量に比例する。このため、進化は加速する。
 技術は自律的に進化する:
 技術史は、よく偉人の歴史として語られる。だが、実はその偉人がいなくても、別の人が同じものを発明したであろう。例えばベルは電話を発明したが、彼は多くのライバルと競争していた。ということは、ベルが居なくても、電話は時を待たず発明されただろう。そこまで、技術の蓄積が進んでいたと云うことだ注14)

 科学も技術と同様だ。「アインシュタインが居なければ一般相対性理論は何年遅れたか?」という問いへの、ある物理学者の回答は「10年」だった。偉大な個人は居る。だが、科学・技術の進歩の大局は、イノベーション・エコシステムの自律的な進化が決めるのだ。

4 安いエネルギーが望ましい理由

 さて温暖化問題の解決のためには、革新的技術が必要だ。ではこれは、どうすれば得られるか? 

 イノベーションは、地域の産業蓄積を基盤とする。例えばICTはシリコンバレーに基盤がある。

 日本は、国全体が、製造業を中心とした世界有数の産業蓄積地である注15)。言わば「ニッポン・イノベーション・エコシステム」である。プリウスも青色LEDもここで生まれた。イノベーション・エコシステムをさらに育むために、多くの提案がされている。産学連携強化、研究開発投資の政策的優遇などだ。

 だが根本的に重要なことがある: 経済が成長しなければ、いかなる技術革新も停滞する、ということだ。

 このためには、あらゆるコストは低いほうがよい。エネルギーも然り。

 温暖化対策というと、エネルギー価格が高いと省エネが進む、という側面ばかりが強調される傾向がある。

 だが革新的技術が本質と考えると、これは全く逆になる: 部品メーカーがコスト競争で生き残るためにも、EVの普及のためにも、SOHOでのベンチャーの起業のためにも、エネルギーは安くないといけない。

 もちろん、安すぎると無駄遣いを招くので、バランスは要る。だが今の日本は、世界的に見てエネルギー価格が高い。必要なことは、安くすることだ。

5 2030年のエネルギー

 ICT革命で、2030年のエネルギー消費はどうなるか?

 過去をみると、技術進歩でエネルギー効率は上がったが、経済的に豊かになって、エネルギー消費の総量は増えた。今後も同じかもしれない。だが違うかもしれない。ICTの成果が早々に現れて、総量が減る可能性もある。

 要すれば「不可知」だ。2000年時点で、2015年にスマホでアマゾンを使うことは予言不能だった。では今から15年後の2030年はどうか。あらゆる業種で、2030年の業態も技術も増々予言不能となり、エネルギー消費量やその削減可能量は、もっと分からない。

注13)
参考:学問的には複雑系研究者であるアーサー著「テクノロジーとイノベーション」が良いが、読みやすく面白いのはケリー著「テクニウム」、リドレー著「繁栄」。
注14)
参考:ケリー著:「テクニウム」。
注15)
参考:フロリダ著「クリエイティブ都市論」。
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