混迷するエネルギー政策のなかで
安全な原発「高温ガス炉」が用いられる時代がくる?


東京工業大学名誉教授

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 安全な原発として「高温ガス炉(HTGR)」を、国がその開発研究を支援し、2030年の実用化を目指すとしている(産経新聞、H24/8/26)。果たして、この安全な原発の実用化が可能となるであろうか?

 現在、実用化されている軽水炉型の原発は、化石燃料枯渇後の夢のエネルギーとされてきたが、原子力エネルギーを電力にしか変換、利用できない。確かに、電力は、現代文明生活を支えるエネルギーの逓伝体として極めて重要な役割を担っており、今後も、その利用の拡大が期待されている。実は、いま、地球資源としての化石燃料消費の換算量で表される一次エネルギー消費量(通常石油換算量で表される)のなかの電力の比率、電力化率は、世界では約40 %、日本では約50 %(筆者による2011年の値、最終エネルギー基準での値は、世界で19.8 %、日本で25.7 % (文献1 参照))である。

 この一次エネルギー換算の電力化率の値は、年々、増加している。いま、現代文明社会を支えている化石燃料が枯渇に向うなかで、その代替とされてきた原子力、これから代替とされるであろう自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー、以下、再エネと略記)が、主として電力にしか変換できないことを考えると、この電力化率の増加は、今後も続くと考えてよい。

 このように、将来的に予測される電力化社会ではあるが、少なくとも現状では、一次エネルギー消費(電力以外)として、大量の化石燃料が使用されている。したがって、将来的には、化石燃料の枯渇に備え、この電力以外に使われている化石燃料の役割を原子力や再エネに切り替えていかなければならない。具体的に言えば、運輸機関の主体を占める自動車の電気自動車への切り替えは、主として経済的な理由から、その全面的な移行には、まだ時間がかかるが、慌てる必要はない。化石燃料起源の液体燃料の値段が高くなれば、その移行は自然に進むであろう。

 もう一つの化石燃料の電力以外の大量使用には、製鉄(鉄鉱石の還元)がある。因みに、この目的で使用されている一次エネルギー消費(原料炭)の一次エネルギー消費国内供給のなかに占める比率は、9.5 % (筆者による2010年度の計算値)と、同じ年の一次エネルギー消費(原子力)の11.9 % に近いかなり大きな値になる。実は、これは、原子力エネルギー利用の開発の当初から問題とされてきた。すなわち、鉄鉱石の還元に用いられている石炭(原料炭)の代わりに水素を用いた水素製鉄技術の開発とともに、この水素を、化石燃料を用いないで製造する方法の研究が、原子力エネルギー開発研究のなかで進められた。それが「高温ガス炉」の利用である。原子炉の作動温度を高くして、その高温を利用して水蒸気を分解して、水素をつくるものである。

 ところで、現在、化石燃料の枯渇後の社会の構築のなかで、この水素製鉄が余り問題にされないのは、化石燃料の有限が言われていても、石炭の埋蔵量が石油、天然ガスに較べればかなり大きいから、製鉄用には、当面は石炭が使えると考えられているためであろう。そのなかで、化石燃料に依存しない水素エネルギー社会の必要性は、地球温暖化対策のためにと変質していった。すなわち、今すぐ大気中のCO2濃度の増加を止めるために化石燃料の消費を削減しないと、地球が大変なことになるとのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の警告に応えるために、2010年に民主党政権下で改訂された「エネルギー基本計画」のなかに、原発の発電量を国内発電容量の50%への引き上げ(当時の30 % 程度から)とともに、化石燃料に依存しない「水素エネルギー社会」への推進が盛り込まれた。

 この「水素エネルギー社会」で用いられる「水素」は、上記したように、原発電力では賄えない電力以外のエネルギー需要を満たすためのエネルギー源としての「水素」でなければならないはずなのに、具体的な開発研究は、この「水素」の製造技術開発の問題にはあまり触れず、「水素」を使った発電、燃料電池の利用の開発研究に特化されている。具体的には燃料電池車(FCV)の開発と、その車への燃料の供給のための「水素ステーション」の建設などが開発課題とされている。

 この民主党政権下での「水素エネルギー社会」は、安倍政権下でのエネルギー政策の再改定(2013年)でも、そのまま継承されている。この「水素エネルギー」利用のエネルギー政策上の大きな矛盾については別に触れたが(文献2参照)、ここでは、2010年のエネルギー基本計画の改訂の翌年に起こった3.11福島の過酷事故の後、エネルギー政策課題の中心となっている原発の安全性の問題を解決するための「高温ガス炉」の利用について考える。

 3.11福島原発事故以降、現用の軽水炉型原発の安全性についての保証がなかなか得られず、安倍政権が求める原発の再稼動が進展しないなかで、いま、この安全対策上、「高温ガス炉」の利用が注目されるようになった。産経新聞(H24/8/26)の報道によれば、「高温ガス炉」は、発電出力を現在の軽水炉型の1/4の30 万kWに止めることで、炉の冷却能力を高めれば、福島のような過酷事故は防止できるとしている(一基当たりの出力を小さくしても、冷却能力はさほど下がらないから、出力が小さくなった分、過酷事故時の被害が小さくなる? )。また、核燃料が高温に耐えるセラミックでコーテイングされていて、冷却媒として用いられるヘリウムガスと直接接触しており、軽水炉におけるジルコニウムケーシングを用いていないので、福島におけるような冷却に水を使った場合の水蒸気爆発や、メルトダウンが起こらないとの説明は理解できる。しかし、「緊急時に制御棒が挿入できなくても、炉が自然に停止した」との記事の科学的根拠は不明だ(この点についての専門家の説明は「補遺」注1参照)。冷却に水を用いないので、内陸部での立地が可能となり、福島の事故後、内陸部の原発の立地に苦慮している中国が、この「高温ガス炉」の開発に、特に熱心なようである。既に(平成10年)、試験研究炉で臨界運転に成功している日本が、今後の実用化の競争に負けるのではとの懸念も記されている。