誤解されている原子力安全規制


国際環境経済研究所前所長

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(産経新聞「正論」からの転載:2014年9月9日付)

 東京電力福島第1原発事故後に独立性の高い安全規制機関として設立された原子力規制委員会と原子力事業者との間に、このところ相互不信感が漂っている。規制委は、同事故後も事業者の安全文化の改革が十分ではないと見ており、一方事業者は、規制委が新規制基準審査を合理的かつ効率的に進めておらず、再稼働が大幅に遅らされているといういらだちを感じている。

 規制委も事業者も原発の安全性確保が共通目的であって、両者の役割がうまくかみ合ってその向上が実現するのが理想だ。ところが互いに相手に対して敬意も信頼も持てず、相手を「利害対立者」と見なしてしまったが最後、安全規制の遵守は魂の入らない表面的なものになってしまい、面従腹背だけが残ることになる。

≪「止める」が任務ではない≫

 規制委は、原発再稼働に対する反対の世論や将来ありうる訴訟を意識するあまり、事業者の主張や対応については耳を傾ける余裕や自信がなさそうだ。事業者は事業者で、そうした規制委に対して「恭順の意」を示すことで審査を円滑化しようとするがあまり、規制判断の合理性について徹底的に議論することも避けているように見える。

 今、両者の頭の構造を変えることが必要だ。まず規制委は、自らの法的任務は原発を「止める」ことではなく、「安全に動かす」ことにあるという認識を再確認することだ。「原発再稼働を認める規制委なんか要らない」という反対派のプラカードを見たことがあるが、これほど的の外れた主張もない。国民の負担によって投資されてきた経済的資産を安全に有効活用するための規制基準を策定し、事業者や施設・設備がその基準を満たしていることを検証していくことが本務である。規制委は原発を運転させない「最後の砦」なのだという認識を持っている委員がいるならば、自らの任務についての根本的理解の欠如でしかない。

≪規制委、事業者とも改革を≫

 同時に規制委は、リスクは各種事故事象の態様、生起確率、事故時の公衆への影響の総体であり、安全規制はその総体としてのリスクを最小化することを目的としていることを能動的に国民に説明すべきだ。個々の設備の有無や仕様を見て「世界最高水準」にあるかどうかを論じることの無意味さを伝え、特定の規制を強化しようとすれば、別のリスクが発生することがあるなどの説明も必要だ。

 「安全とはいえない」などと規制委員長の片言隻句を引用するメディアも勉強不足だが、規制委のコミュニケーションの仕方も丁寧に行うことが重要だ。さらに重要なことは、エネルギー政策上の原発の必要性や有利性はどう考えるのか、そしてその検討の結果原発を維持すると決めたならば(現状、エネルギー基本計画で決定済みだが)、それを踏まえ、どの水準のリスクまで社会的に許容することができるのかについて、大掛かりな国民的議論が必要となる。

 事業者には「お墨付きを得る」という発想での安全文化を徹底的に変革することを求めたい。規制委の規制基準適合検査は原子炉運転のための必要条件でしかない。原発の安全性に対する第一義的責任は事業者にあり、規制委の審査合格は当該原発の安全性の証明でもなければ、保証でもないのだ。事業者は、安全規制という法的義務とは別次元での自主的な安全性向上への取り組みを行うことが必須だ。特に福島第1原発事故から何を学んだのか、その反省に立って自らの原発サイトではどういった取り組みが必要だと判断したのか、事故時にはどのような情報収集、処理、伝達を行い、どのような命令指示系統を構築するのかなど再稼働に向けて準備しなければならないことは山ほどあるのだ。

≪安全担う「面構え」問われる≫

 原発再稼働を控える地域やその周辺の住民にとって、規制委に言われたことをやっているだけといった姿勢の事業者など信頼の対象となりえない。例えば住民の原発見学に際し、新規制基準に基づく電源車や水密扉を設置しているところを紹介して、「我々は厳格に規制基準を守っています」と説明しているだけにとどまっているような事業者はいないだろうか。規制基準を守っていることを審査するのは規制委の仕事であり、見学者が本当に知りたい話ではない。

 見学者は、その原発を預かっている人たちがどんな面構えや心構えをしているのかを感じ、自分たちが福島第1原発の事故から得た教訓をどのように活かそうとしているのかという話に耳を傾け、自分たちの初歩的な質問に同じ目線から真剣に受け答えしてくれる誠実さを持っているのかを知りたくて来ている。見学者は、その事業者の「安全文化」そのものを肌感覚で実感しようとしているのであって、それが実感できた場合に初めて「安心」につながるのだ。

 これから川内原発を皮切りに、再稼働が続く。これを契機に、規制委、事業者とも安全性向上の共通目的に向かって、それぞれが自らの責任を全うしてもらいたい。

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