欧州のエネルギー・環境政策をめぐる風景感(その3)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 これに対し、ドイツ、フランス、スウェーデンなどは再生可能エネルギーについてもEUワイドと国別目標を設定すべきであると強く主張している。英国のある学者は、ドイツが再生可能エネルギー目標にこだわる理由として、「自国の再生可能エネルギー産業を振興し、EU域内への輸出拡大を図るための産業政策的観点ではないか」と言っていた。シティが強く、金融商品的な排出量取引を第一義に置く英国と、再生可能エネルギー産業振興的な観点を重視するドイツのお国柄の違いが出て興味深い。もっともドイツの再生可能エネルギー支援策のベネフィットを最大限享受したのは中国の太陽光パネル産業であり、ドイツのQセルズが倒産の憂き目にあったことを考えると、このドイツの狙いの妥当性も疑問なしとしない。

政策措置の整合性

 第2の論点は政策措置の整合性をどう確保するかという点である。エネルギー政策は複数の政策目的を追求しているため、政策措置の間にコンフリクトが生ずることは珍しいことではない。ドイツが温暖化防止のために再生可能エネルギーを推進しながら、エネルギー安全保障、国内資源保護のために褐炭に対して補助金を出しているのはその典型的な事例である。しかし同じく温暖化防止を目的とする複数の施策の間でもコンフリクトが生ずることにも注目する必要がある。上に述べたように再生可能エネルギー義務の存在が結果的に排出量取引の機能にマイナスの影響を及ぼしている。

国際競争力への影響

 第3の論点はEU経済の国際競争力への影響である。グリーンペーパーを読んだ際、最も目に付いたのが「国際競争力」というキーワードがあちこちに出てきたことである。もともと「各国にさきがけて温暖化対策、グリーン政策を行うことが新たな雇用、技術を生み出し、EU経済の国際競争力を強化する」というのが欧州の謳い文句であった。しかし米国がシェールガス革命によってエネルギーコストの低減と石炭からガスへのシフトによる温室効果ガス排出の低減という二重の配当を享受する中で、そんなことばかり言っていられなくなってきたようだ。グリーンペーパーを踏まえ、欧州ワイドの産業団体ビジネス・ヨーロッパが欧州委員会に出したレターの中では「EUは競争的なエネルギー価格を確保すべき」「エネルギー供給を多様化し、再生可能エネルギー、石炭、原子力、シェールガスを全て活用すべき」、「米国経済はシェールガスで安価なエネルギーコストを享受する一方、欧州経済はETS、再生可能エネルギー政策、電力市場構造等の高コストの政策によって低迷している」と、これまでの欧州のエネルギー政策を厳しく批判している。

2030年パッケージの概要

 以上のような論点について、昨年いっぱい、パブリックコメントを含め、種々の議論が行われてきたが、本年1月に2030年のエネルギー環境政策目標の素案が発表された。その主要なポイントは以下の通りである。

2030年までにGHG排出量を90年比▲40% とする。うち、EU-ETS部門は2005年比▲43%に、非EU-ETS部門は2005年比▲30%とし、後者については各国間で割り振りを行う。
EU-ETSを強固で効果的なものとすべく、次期取引期間が開始する2021年初頭に市場安定化リザーブを導入する。
再生可能エネルギーのシェアを2030年最低27%とする。これはEU全体の目標として拘束力を有するが、各国の国情に合わせたエネルギーシステム改革を可能にするため、EU指令の形で各国別の目標を設定することはしない。
省エネ指令を2014年末までに見直す。
Competitive, Affordable, Secure なエネルギー供給を確保すべく、複数の指標、例えば貿易相手国とのエネルギー価格差、供給多様化、国産エネルギーへの依存度、加盟国間の接続能力等を設定する。
各国のエネルギー計画がEUレベルでの整合性を確保する共通のアプローチに基づくものとなるよう、新たなガバナンスフレームワークを構築する。
2030年パッケージの検討材料として、欧州委員会はエネルギー価格、コストに影響を与える要因、主要貿易相手国との比較に関する報告書を提出する。

 このパッケージは欧州委員会の案である。ちなみにこの種のパッケージ案はエネルギー総局、気候行動総局が中心になって策定されるが、企業・産業総局、競争総局を含む関係局とも合議をし、最終的には28人の委員による「閣議」で決定される。今後、大臣レベル、首脳レベルの理事会、更に欧州議会で議論され、欧州委員会の現体制の下で2014年10月までに最終決定される予定だ。