新電気事業法における供給能力確保義務を考える


Policy study group for electric power industry reform

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 2014年6月11日、第186回通常国会において、改正電気事業法が成立した。これは、政府が進めている電力システム改革の3つの段階のうちの第2段階にあたるもので、これまで契約電力50kW以上の大口需要家に限定されていた、電力小売りへの参入を全面自由化することを規定している。それと同時に、これまで一般電気事業者が担ってきた一般家庭等小口需要に対する供給義務が一定の経過措置の後に撤廃される注1)
 これまで、電気の安定供給を担保してきたよりどころの一つである供給義務が撤廃されることに伴い、新法では、それに代わる安定供給確保のための措置の一つとして、小売電気事業者による供給能力確保義務を規定している。新法の第2条の12がそれにあたる。

 二条の十二 小売電気事業者は、正当な理由がある場合を除き、その小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保しなければならない。
 2  経済産業大臣は、小売電気事業者がその小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保していないため、電気の使用者の利益を阻害し、又は阻害するおそれがあると認めるときは、小売電気事業者に対し、当該電気の需要に応ずるために必要な供給能力の確保その他の必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

 上記規定における「その小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保」とは、具体的にどうすることなのか。これについては、制度設計WG資料及び国会における政府参考人答弁が参考になるので、以下引用する。

小売事業者にとって確保が必要な供給力の義務量は、最終的な実需給の段階での顧客需要の量とする。
現行の一般電気事業者が、法制上、需要に応ずる電気の供給が求められているのみであることも踏まえ、小売事業者に対し、顧客需要を超えた供給力(予備力)の義務付けは行わない。
ただし、小売事業者は、電源脱落や需要の上振れ等に備えつつ、供給力確保義務を達成するため、一定の予備力を確保しておくことが期待される。

(以上 第4回制度設計WG資料5-2より抜粋)
この法律の第二条の十二の「必要な供給能力を確保しなければならない。」の「供給能力」の中に供給予備力というものも当然含まれるものであると考えております。

(2014年4月25日 衆議院経済産業委員会における上田エネ庁長官による答弁)

 上記を踏まえると、法に規定される「必要な供給能力を確保」の趣旨は、次のようなことと理解される。

例えば、ある年の8月10日の12時における電気の供給を考える。法律上、小売電気事業者はその日時における「需要家の需要に対して不足とならない電力供給」を行うことが求められる注2)。そのために小売電気事業者は需要家の需要を予測し、それに応じた供給力を調達する計画を策定していく。
その計画は、年間計画・月間計画・週間計画・前日計画と期近になるにしたがって、様々な情勢変化を織り込んで精緻化していく。天気予報や需要家の事業計画の確度が上がった結果、当初の需要想定よりも需要が増えそうな場合、供給能力として当てにしていた電源がトラブルを起こした場合は、新たに供給能力を追加しなければ、「8月10日の12時における需要家の需要に対して不足とならない電力供給」を行うことはできない。
このようなイベント(需給の情勢変化)に備える供給能力が正に予備力であるから、小売電気事業者は、供給能力確保義務を順守するならば、予備力を当然に確保しなければならない筈である注3)
注1)
新法では併せて、従来の事業者類型を大きく見直して、発電事業者、送配電事業者、小売電気事業者等の機能別の事業者類型(ライセンス制)を導入している。
注2)
電気の物理的な特性上、需要を超える供給を行うと安定供給上問題が生じるが、法文の文理上は、需要を超える供給を行っても法律上の義務を果たしているよう読めなくもない。本論では議論を簡単にするために、小売事業者による供給が不足するケースに限定して論じる。
注3)
この解明に対しては、卸電力取引所からの調達を見込んで、予備力を保持しない小売電気事業者が出るかもしれないという反論が考えられる。この反論は論じるに値する反論であり、「安定供給へのフリーライダー」の問題に関連する。「安定供給へのフリーライダー」の問題については、ミッシングマネー問題と容量メカニズム(第2回)を参照。なお、この問題について、本論では議論を簡単にするために捨象する。

 さて、法律上の供給能力確保義務は上記のように解釈されるとして、実際の電力システムの運用と照らし合わせてみると、この解釈通りの運用は実は難しい。別の言い方をすると、この法文を文字通り解釈してしまうと、実際の電力システムの運用との関係では座りが悪い。これは、現実の電力システムにおいて、ゲートクローズが存在することと需要側の計量情報の提供に制約があることに起因する。

 ゲートクローズとは、「系統利用者(発電事業者、小売電気事業者)から系統運用者への需給計画の提出締切」のことである。卸電力取引所における取引もこの時点で停止する。新たな電力システムにおいては、ゲートクローズを実需給の1時間前に設定している注4)。つまり、8月10日の12時、より正確に言うと、12時~12時30分の30分間(以下、この30分間ことを「コマ」という)の電力供給の場合は、ゲートクローズは11時になり、系統利用者はこの時刻までに自らの需給計画を確定する。

 需要側の計量情報の制約とは、需要家の消費電力量の情報が後追いで届くことである。つまり、小売電気事業者は、自らの需要家の需要の変化をリアルタイムで横眼で見ながら電力供給をしているわけではない。現在の電力システムでは、系統運用者が、新電力の需給調整を支援する目的で、需要家の需要実績のデータを提供している。電気のメーターは基本的に30分のコマ毎の積算電力量を確定するためのもので、それ以上の粒度の計量は行わないので、コマごとの積算電力量を確定させた後に、そのデータを30分後を目途に新電力に提供することを行っている。

 このような制約の下では、小売電気事業者は供給能力確保義務を完全に果たすことは現実的に難しい。これは系統運用者と小売電気事業者の需給調整の役割分担の議論、もっと具体的に言えば、電気事業法上、周波数維持義務を負っている系統運用者がどの程度の調整能力を確保すべきなのか、という議論と密接に関連する。もし、小売電気事業者が法律上の供給能力確保義務を完全に果たしたとすると、例えば、8月10日の12時~12時30分のコマにおいて、小売電気事業者の需要家の積算消費電力量は当該コマにおける当該小売事業者による電力供給量とぴったり一致する筈である。それが常に期待できるのであれば、系統運用者が保有すべき調整能力はコマ内で生じる需要の上下動注5)に対応する分だけで良いことになる。しかし、以下にもう少し具体的に論じていくが、各コマにおいて、小売電気事業者が供給能力確保義務を完全に順守することを期待するのは、現実的でも効率的でもない。

 現実の電力システムの制約から、ゲートクローズ後に発生したイベント注6)については、個々の小売電気事業者の対応を期待するのは難しく、需要と供給の乖離(インバランス)が生じるのは不可避だからである。その様なインバランスに対しては、系統運用者が小売電気事業者の供給能力確保義務を一部代行し、自ら調整能力を確保して対応し、その費用は小売電気事業者等注7)に配賦して回収する、という整理が現実的かつ効率的であろう。

 さて、繰り返しになるが、8月10日の12時~12時30分のコマのゲートクローズは11時である。小売電気事業者は11時をもって、このコマの需要計画及びそれとバランスする発電計画を確定する必要がある。

 小売電気事業者が、需要計画の策定を系統運用者からの実績データの提供に依存しているとすると、仮に今の自由化範囲の需要家に関する支援、つまり、消費電力量が確定したコマのデータを30分後目途に新電力に提供、というサービスが維持されたとしても、需要計画の策定に活用できるデータは、9時30分~10時のコマのデータと言うことになる。つまり、小売電気事業者は最善でも2時間程度前のデータを元に需要計画を策定する必要があるわけで、一定程度のインバランスの発生は必然となる。仮に小売電気事業者がこのようなインバランスに備えた予備力を保有していたとしても、実際にインバランスが発生したという情報をリアルタイムに得ることはできないので、保有する意味はなく、系統運用者が代行する方が、実効的である。

注4)
系統利用者は、ゲートクローズまでは、市場も活用しながら自らの需給計画を更新し続けることが可能である。しかし、実需給の一定時間前までには、系統利用者の計画を確定し、系統運用上問題が生じないか系統運用者がチェックする必要がある。新たな電力システムではそのための時間を、実需給前の1時間と設定している。
注5)
小売電気事業者の義務は、各コマにおける供給量と需要量を積分値で一致させることと解される。しかし、電力需要はコマの中でも時々刻々変動する。あるコマの消費電力量が1000kWhであったとすると、コマの中の各瞬間の使用電力は、平均では2000kWになるが、2000kWより大きい瞬間も小さい瞬間もある。この様な上下動に対応する調整能力は系統運用者が確保しなければならない。
注6)
厳密に言うと、需要の変動については、需要側計量情報の提供時間に制約があるため、ゲートクローズ前に発生したいイベントでゲートクローズ後に小売電気事業者が認識したものを含む。
注7)
供給能力確保義務は小売電気事業者の義務であるが、後で述べる様に、発電事業者に配賦する方が適切と思われるケースもあるため「小売電気事業者等」とした。

 また、発電計画であるが、ゲートクローズ後に予定していた発電機がトラブルを起こした場合は、インバランスが発生する。需要の変動と異なり、発電トラブルが発生したとの情報は、小売電気事業者は迅速に得ることが可能である。しかし、このトラブルがゲートクローズ前に起こった場合には、卸電力取引所から代替供給力を調達することが出来るが、ゲートクローズ後は卸電力取引所が閉場しているので、そこからの調達に期待することはできない。それでも、全ての小売電気事業者が発電機1基分の予備電源を確保して、自ら供給能力確保義務を順守することを期待するなど、現実的でも効率的でもないだろう。

 以上を踏まえると、系統運用者はゲートクローズ段階において、少なくとも次の3種類のニーズに応えるだけの調整力を確保している必要があると思われる注8)

1.
コマ内で生じる需要の上下動に対応するもの(以下「Ra」という)
2.
ゲートクローズ後の電源トラブルに対応するもの(以下「Rb」という)
3.
ゲートクローズ段階の需要計画の誤差に対応するもの(以下「Rc」という)

 上記3種類の調整能力の必要量については、例えば、次のように考えられる。
 Raについては、実際に生じているコマ内の周波数の変動データを参考に決める。これは、自然変動電源のシェアが増えたり、周波数を意識せずに予め定めたパターン運転をする電源が増えれば、所要量が増える可能性があるので、定期的に見直しを行っていくことが適当であろう。
 Rbについては、電力システムの緊急時への備えについては、「N-1基準注9)」という万国共通の考え方があるので、これと整合的に、最大容量の発電機1基分を系統全体で共有すればよいであろう。
 Rcについては、1時間前ゲートクローズという仕組みが実績を積んでくれば、実績として生じたインバランスのデータを元に決めればよいであろう。例えば、あらかじめ定めたピーク時間帯のコマにおいて発生したインバランス(系統全体で供給力が不足していたコマに限定)、つまり;
 需要実績-Σ小売電気事業者のゲートクローズ時の需要計画
の実績を積み上げて、その平均+3σに相当する量を確保することが考えられる(導入初期においては、類似のデータを用いて何らか工夫する必要がある)。
 なお、上記のRa、Rb、Rcで想定している事象は、独立して発生し得ると思われるので、系統運用者は、上記3つの合計量を確保することが必要と思われる注10)

 系統運用者が調整能力を確保するコストは、一般的に(発電機の場合)系統運用者の指令にいつでも従うことが出来るように待機することによって生じる機会損失である注11)。系統運用者はそのコストを待機する発電機の保有者に支払う必要があり、その負担は、最終的に適切な方法で系統利用者(発電事業者、小売電気事業者)に配賦される。この配賦の方法については、例えば、次のようなものが考えられる。
 Raは、周波数維持と言う系統運用者の本来の義務を果たすための調整力であり、全ての系統利用者による一般負担(例:託送電力量に応じた従量課金)が適切であろう。
 RbとRcは、系統運用者自身の義務ではなく、小売電気事業者の義務を代行するために確保する調整力であるので、一般負担は馴染まない。何らかの方法で受益者とその受益度合いを特定して配賦することが適当であろう。
 Rbは、電源トラブルというリスクに備えた保険と言えるものであるので、発電事業者が負担するのが適切であろう。その際、保険の一般的な考え方を踏まえれば、リスクの大きさに応じた配賦、つまり「発電機容量×計画外停止率」に応じて配賦することが考えられる。
 Rcは、ゲートクローズ時の需要計画の精度が低い事業者ほど、この調整力からの受益が大きいことになるので、計画の精度による配賦が考えられる。つまり、予め指定したピーク時間帯のコマにおける、個々の小売電気事業者のインバランス電力の受電量(需要実績-需要計画>0であったコマに限定)の実績を元に、平均+3σを算定し、その比率(IMi(平均+3σ)/ΣIMi(平均+3σ))で個々の小売電気事業者に配分することが考えられる注12)
※ IMi(平均+3σ)は、小売電気事業者iの個々のコマにおけるインバランス電力受電量の平均+3σである。

 以上、新電気事業法に規定する小売電気事業者の供給能力確保義務について考察した。政府の解明を杓子定規に解釈すると、小売電気事業者が実需給の瞬間まで義務の履行を追求することになってしまうが、そのようなことは事実上難しく、ゲートクローズ以降に想定されるイベントへの対応については、系統運用者が代行して義務を履行することが現実的であることを述べた。また、それを前提とした制度設計について一案を示した。

 この系統運用者による代行は、現実的であると同時に効率的でもある。Rbについていえば、N-1基準に則れば、発電機一基分の調整能力を全体で共有すればいいのであるから、個々の事業者が予備力を保持するよりも必要な調整能力の量は少なくなる。Rcについても、大数の法則が働くので、個々の小売電気事業者のインバランス受電量の和(ΣIMi(平均+3σ))よりも、Rcの所要量は小さくなる。このようにすることによって、系統全体で規模の経済性を享受することが出来るのである。

注8)
この3種類以外に、固定価格買い取り制度(FIT)の対象である自然変動電源の変動(出力予測誤差)に対応する調整能力が考えられるが、ここでは情報不足につき捨象する。
注9)
システム内にN個の設備があるとして、「1設備がトラブルで欠けても(N-1)停電しない。2設備以上がトラブルで欠けた場合(N-2)の停電は許容する」という考え方。
注10)
実際に独立事象かどうかは今後精査が必要。
注11)
具体的には、電気(kWh)を売る機会を制限されることによる損失。
注12)
このようにRcのコストを配賦すると、ゲートクローズ時点の供給能力確保が十分でないと、配賦されるコストが増えることになるため、供給能力確保義務の履行を促すインセンティブにもなる。

執筆:東京電力株式会社 経営企画本部 系統広域連系推進室 副室長 戸田 直樹
※本稿に述べられている見解は、執筆者個人のものであり、執筆者が所属する団体のものではない。

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