京都議定書の経験を踏まえた新たな国際枠組みについて


元環境省環境経済課長

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(3) CDMの限界
 途上国の削減を先進国の削減としようということで考えられたCDM(クリーン開発メカニズム)だが、国連のデータによると、クレジットの発行が始まってから2014年の1月までの累計で14億2900万tCO2eとなっている。また、HFC,N2O案件が多く、CO2案件特に省エネ案件は少ない。HFC,N2O案件の分野別割合が多いのはHFC,N2Oは温暖化係数が大きいため費用対効果の良い削減が可能だからである。

CDMに関しては以下のような問題点が挙げられる

手続き費用の問題 CDMが認められるためには、国連CDM理事会の指定を受けた指定運営組織(Designated Operational Entity)によって、プロジェクトがCDM発行が認められるものか否か(有効化審査;validation)とモニタリング結果に基づく排出削減量の検証(verification)を受け、CEM理事会からクレジットが発行されることが必要である。これらの手続きのために1件当たり4~500万円要することに加え、削減量モニタリングのために測定機器の更正や現地事業者の指導等の費用が必要となる。これらの費用がクレジット価格でまかなえないとクレジット申請が行われない。
後払いのキャッシュ クレジットは削減量のモニタリング、検証の後に発行されるため、事業活動が行われた後でキャッシュが入ってくる。事業による収益の一部として投資判断の材料とはなるが、設備投資を行う初期段階での負担軽減にはなりにくい。
クレジット収入なければ成り立たない事業への限定 採算の成り立つ事業(事業性のある事業)において、より温室効果ガスの排出が少ない技術を採用するインセンティヴにはならない。
技術の価格差 より温室効果ガスの排出の少ない技術とそうでない技術の価格差がクレジット価格と等しくはならない。当然ながら、分野によって削減のためのコストは異なるが、単一のクレジット市場で価格が決まるため、HFC,N2O案件の発行が多いということになる。
極端な価格変動 市場によりクレジット価格が決まるため、リーマンショックによる経済活動の低迷等により大幅に価格変動した。また、需要は人工的に排出量に枠をかけないと作られない。
仮想の削減 削減目標を持たない非付属書Ⅰ国で実際には排出量を増やしているのに、当該国での既存技術での排出よりも少ない排出を実現したとの虚構の下に削減を認めている。地球規模での排出量純減のためには全ての国が量的な削減を行うか、削減義務を持つ国の総削減量の枠内で途上国が排出量を増やすといった仕組みがなければ、CDMで得られる削減は「仮想の削減」に過ぎない。
排出権取引の問題 排出権取引は排出削減の所有者を移転するだけで新しい排出削減を生みださない。旧ソ連・東欧圏からの排出枠購入が問題になったがCDMクレジットでも同じである。CDMクレジットの排出権取引は将来発行されるCDMクレジットの購入を予め契約する先物取引で行われるが、後払いのキャッシュが事業立ち上げの際の投資決定にほとんど影響しないことに加え、先物取引の持つ価格変動リスクのため投資決定に際してはリスク要因となる。

2.地球全体での温室効果ガス削減のために

 地球全体としての排出量の削減が出来なかったことは、京都議定書が削減義務を負う国と負わない国の二分法でしか始められなかった上に、米国の離脱があったことが主な要因であるが、地球全体としての排出量削減を進めるためにどんな仕組みが必要になるかを考察したい。

(1) 実施国によって異なる削減量
 地球全体の温室効果ガスの濃度が問題なのに削減の方は国境を引いて国内の削減だけを優先する国別目標に意味があるのだろうか?温室効果ガスの排出削減は、各国が相応の責任と分担を持って取り組まねばならない課題なのでそれなりの目標は必要である。しかし何故、そこに国境を持ち込まないといけないのか?
 各国の技術水準が違うので、同じ技術を導入しても、ベースライン(当該国の通常の技術が使われた場合に排出されていたと考えられる温室効果ガス排出量)によって、地球上での削減量が違ってくる。同じ技術を地球上に投資をするのであれば、日本国内で投資を行うよりも(日本に比べエネルギー効率や設備の効率等が低い)途上国などで行う方が、地球上での温室効果ガス削減量は多くなる。