原子力問題の今 -課題と解決策-(その2)


国際環境経済研究所前所長

印刷用ページ

原子力損害賠償法の在り方

 第2図の左上のほうに書いてありますのが、官民のリスク分担の文脈で検討されるべき原子力損害賠償法の問題です。現行の原子力損害賠償法制度の成り立ちについては、21世紀政策研究所報告書「新たな原子力損害賠償制度の構築に向けて」(2013年11月)に譲り、ここでは詳細には立ち入りませんが、同法の下では、原子力事業者が無過失責任を負い、損害賠償額についても無限責任となっています。しかし福島第一原発の事故後の状況を見ると、地域コミュニティ崩壊への対応や大規模な除染の問題への対処などに見られるように、不法行為の延長線上にあるこの法律の損害賠償の仕組みでは不完全だということが明らかになってきました。今後安全を向上させながら、損害賠償の十全性も確保していくためには、どのような点について改正すべきかを検討することが重要です。
 日本と同様、ドイツ、スイスの原子力損害賠償法では事業者の「無限責任」とされています。しかし、両国とも法律上は事業者が「無限責任」を負うという建付けにはなっていますが、大規模な原子力損害が生じた場合には、実際には最終的には国が乗り出ていくことが前提とされているのです。したがって、法的には有限責任でも無限責任でも、実際に大きな事故が生じれば実態上それほど政策的対応方法には変わりがありません。実質的には、損害賠償額については、事業者の支払限度が存在しているといってもよいでしょう。
 であれば、日本でもこれまでの無限責任という実質的には機能しない建付けを改訂し、(有限責任制の)アメリカで行われているような、事業者の相互扶助制度(事故を起こした事業者を他の事業者が連帯して支援することを義務づける制度)を取り入れてみてはどうでしょうか。すなわち、単に原子力規制委員会の安全基準を満たすことにとどまらず、民間の事業者同士が自分たちの安全対策をお互いにピアレビューし合うことを促進するようなインセンティブをビルトインした仕組みです。一方で事業者の一層の安全対策をとるという行動を合理的に誘導することによって安全性を一層向上させ、他方で事業者の支払賠償額について上限を設定していくことで事業のリスクをヘッジする。こうしたその両立を考えていく時期が来ているのではないかと考えています。
 さらに、現行の原子力損害賠償法の一番の大きな問題は、原子力災害によって崩壊した地域に日常生活やコミュニティ自体をどのように再建するのかについて無力なことです。不法行為法では私人対私人で損害賠償を行っていくことになっていますから、今で言えば東京電力と十何万人の方々が1対1で対応して、賠償案件を解決していくことになります。当然それ自体も非常に難しいことですが、仮に十何万人の方と全部和解が成立したとしても、いったん壊れたコミュニティが果たして再建できたことになるのか。あるいは除染が必要十分なだけやれたのかどうかということになると、その賠償の枠を超えた政策措置がどうしても必要になってきます。
 特に、再建に当たっては、都市を再生していく、地域を再生していくための措置、例えば日常生活を営むための諸インフラの復旧、雇用機会を創出するための企業の誘致や新産業の振興など、公共事業や産業政策上の措置も必要になってくるわけですが、現行の原子力損害賠償法では、こうした事態は想定されていません。原子力損害賠償法ができた1960年代当時は、福島第一原発の事故のような大規模な損害が発生するとは想定されてなかったのかもしれません。  
 第2図の一番上に原子力災害補償・地域再建法とありますが、その内容としては原子力事業者の支払賠償額の上限を越える部分は国が引き受けるということに加えて、国の関与の在り方として、単に金銭的な補完を行うことにとどまらず、除染も含めて地域を再建するための政策的措置を講じることを含む設計にしておくことが非常に重要ではないかという提案です。また事故から一定期間経過したところで、賠償や再建に必要な総額を、国会や閣議決定などの透明な形で決定することが、原子力損害への合理的対応の観点からも重要です。事業者や政府各部局がそれぞれ責任をなすり付け合う中で最小公倍数的に対策額が膨らんでいけば、囚人のジレンマ的状況に陥る危険性があり、ますます問題解決が困難になってしまうからです。