3つの思い込み(幻想)問題


エネルギーシンクタンク株式会社 代表

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1.ウクライナ問題(豊かになれば武力行使はしなくなる)

 1989年マルタ会談でデタントとなり、「イデオロギーの戦は終了し、豊かになれば武力による解決はなくなる」と多くの外交専門家が判断し多くの人そう思った。その後ロシア、中国の経済発展のため先進国は大幅な技術・経済支援を行い、ロシアのGDPはこの10年で約1.5倍、中国は2.5倍に膨らみ食えない状況から生活レベルは大きく改善された。しかし豊かになったがロシアのクリミア半島併合は歴史的な「ロシアの南下政策」である。中国はこの10年の間、潜在的欲望を順次顕在化させ「核心的利益の確保」と称し南シナ海・東シナ海・尖閣諸島などの領有権を主張し軍事的圧力を周辺諸国にかけている。ある外交専門家は「豊かになれば武力による解決はなくなる」と言うのは完全に思い込み(幻想)であったと言っている。「豊かになれば食欲が増進する」というのが実態だ。

2.コモディティ問題(市場商品化ーお金が有れば何時でも買える)

 エネルギー源、特に石油は戦略物資として戦前戦後の世界を動かしてきた。わが国は戦前、米国の対日禁油政策のより太平洋戦争に入らざるを得なくなったわけだし、1970年代のOil Crisisなど歴史を振り返ると幾多の危機をもたらしてきた。デタント後、その戦略物資である石油は、1990年代その商品性質を変化させた。専門家は「コモディティ、即ち$20~30/blの適正価格で何時でも市場で手に入る」と判断し、世界中の人々もそのように思い込んだ。わが国でも、石油資源の自主開発を担った石油公団の役割を2002年に縮小させた。
 ところが、文明の衝突かとまで言われた2001.9.11同時多発テロ後、1990年代の20~30$/blの原油価格が2004年頃から上がり出し2008年には$100/bl近くまで上昇し、さらに新興国の成長の必需品としてそうした国家や政府系企業が、開発投資に乗り出している。その結果、石油は政治的・軍事的戦略物資に戻り「石油はコモディティ」は矢張り幻想であった。現時点でもウクライナ情勢、シリア情勢如何で石油に限らずエネルギー源の価格は何時高騰するかもしれない。

3.福島第一事故(原子力安全神話)

 原子力エネルギーは最初、広島、長崎への原爆投下という形で、人類にその破壊力の凄さを印象付けた。その後軽水炉を中心に平和利用が進められ資源の少ないわが国、フランスで多く利用された。スリーマイル島(TMI)事故、チェルノブイリ事故で米国、フランスは多くを学び改善を図った。わが国は地理的に遠い事、また当時順調に稼働していた事と併せ、TMI、チェルノブイリ事故から学ばず世界標準と異なる「原子力安全神話」と言う「幻想」を信じ込まされ、信じた。そのつけを今、約10万人の避難家族と3年間で10兆円のLNG輸入代金を支払っている。背景には安全に対し「絶対安全か安全でないか」と言う「Yes or No」の2者択一を好む国民性があったのではないだろうか。絶対安全と言わなければ建設をさせないと言う一部の人達に従わざるをえなかった。現実には大半のことにはグレーゾーンである。その後、グレーゾーンの検討することすらタブー視された。これに対し米仏は現実的にグレーゾーン対応を施した。

4.纏め

 専門家の意見はある時点での「専門家の常識(一種の思い込み)」であり中長期では往々にして異なる事がある。
 1980年台のコンパトカー指向した多くの自動車会社はコモディティ全盛の1990年代GMなどガソリンが安いことからから大排気量のSUVへ転換した。これに対しトヨタ・ホンダなどはわが国の国情を踏まえ省エネに徹した。特にハイブリッドカー開発と商品化は時流に乗らず従来の「機械式自動車技術」を「メカトロニクス技術」へと新しい次元の技術体系へ見事に大きな流れを作った。

 福島第一事故後原発停止により電力不足に陥り、建設期間が短い点、またシェールガス旋風と合い俟ち、天然ガス依存が急速に高くなった。しかしウクライナ情勢、シリア情勢、南シナ海情勢如何で天然ガスも非常に脆弱なエネルギー源である。
 また温暖化問題も気に掛かる点で、現在でもわが国は先進国中のGDP当たりCO2排出量では最低レベルで平均の約80%程度と優等生である。過度な対応は国力を害う可能性が高い。石炭はコストが安く、産炭地も分散しており供給の安定性も高い。CO2排出量がLNGの約2倍程度多いが石炭火力を増設しても世界の温暖化問題に対し大した影響は与えない。

 イギリスの指導者は決めたことにも健全な懐疑的な見方を常に抱いていると言われている。わが国は地政学的に大陸周辺国で大陸の影響を受けやすい。加えて国土が狭く資源乏しい。国家戦略に係るキーイシューは「世界の潮流」を踏まえた上で「国情」と「将来の技術の方向性」を考えることが肝要ではないだろうか。

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