私的京都議定書始末記(その39)

-高まる日本への圧力-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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英国・ブラジルとの「対決」

 COP16も第二週に入り、京都議定書問題が大きなイシューであり続ける中で、議長国メキシコは英国のヒューンエネルギー気候変動大臣、ブラジルのティシェイラ環境大臣(実際はマシャード外務省局長)を本件に関する共同ファシリテーターに任命した。

ヒューン大臣(中央)、マシャード局長(左)

 早速、「アンブレラグループとの非公式意見交換をしたい」との呼び出しがあり、日本からは杉山審議官、森谷審議官と私が指定された部屋に向かった。ところがテーブルの向こう側にはヒューン大臣、ティシェイラ大臣、マシャード局長らが座っているが、こちら側には日本しかいない。どうやら交渉を前に進めるため、まず京都議定書について強いポジションを崩さない日本に圧力をかけるための会合らしかった。加納課長の著作(加納雄大「環境外交」—気候変動交渉とグローバル・ガバナンス)にもあるように、あたかも日本を被告席に座らせるがごとき対応は率直に言って不愉快だった。

 先方で主に議論をリードしたのはヒューン大臣である。「G77+中国から譲歩を引き出し、LCAにおいて法的成果になるようなパッケージを得るためには第二約束期間に関してポジティブな表現はできないのか」「LCAで米国や中国を含む法的な成果ができるのであれば、日本も第二約束期間をポジティブに考えるべきだ」等々、突っ込んでくる。これに対する杉山審議官の反論は見事なものであった。私は審議官の横に座り、そのやり取りを克明にメモしていたが、今、その時の議事録を読み返して見ても論理の明快さと一歩も引かない度胸に脱帽する思いがする。

 ヒューン大臣の追及に対し、杉山審議官は反駁する。「米国や中国が第二約束期間に入る見込みがない中で、第二約束期間を受け入れることはできない。AWG-KPとAWG-LCAという2つのトラックがあることは現実の問題として受け入れるとしても、LCAでの交渉が法的枠組みにつながり、それが(EUの言うように)京都議定書と同等のものであるならば、どうして一つに統合しないのか。米国の現状を考えれば、当面、京都議定書と同等の法的枠組みに入ることはできない。京都議定書第二約束期間を設定すれば、京都締約国の先進国は議定書で拘束され、米国、中国は何も拘束されないことになる。そんなことは受け入れられない」と。

 ヒューン大臣は「金曜日の段階で会議が決裂すれば、世界中の人々を暗黒に突き落とすことになる」「金曜日が決裂したら日本が世界の新聞のヘッドラインになる」とまで言い募った。これに対し、杉山審議官は一歩も引かず、「今週をしのぐために(第二約束期間に関する)ディールをしても、目の前の問題を解決するためにはプラスかもしれないが、日本の国益のみならず、温暖化問題の解決そのものにとってもマイナスだ」「日本にとってのレッドラインは明らかであり、それを踏み越えるつもりはない。誰もレッドラインまで追い詰めず、現実的な解決策を見出すべきだ」と応酬した。その後、どういうわけか、この時の議事録が日本の新聞一面に掲載され、在京英国大使館は「英国が日本を追い詰めようとしている」というイメージの払拭に腐心したという。

 この時のヒューン大臣の物言いは、上記加納氏の著作にある通り、「国際社会の大義を背負ったような」、ある意味の傲岸さに満ち溢れていた。後日談になるが、私が英国に赴任した直後、ヒューン大臣は自分のスピード違反のポイントを細君に付け替え、それが露呈してスキャンダルとなり、政界を去ることになる。カンクンでの自信にあふれたヒューン大臣のことを思い出し、「人の人生はわからない」としみじみ思ったものだった。

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