電力システム改革と金融

東京電力の新・総合特別事業計画にみる新たな方向性


国際環境経済研究所前所長

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(「週刊 金融財政事情 2014年2月24日 号(3061号)」からの転載)

解決策が十分に議論されていない多くのリスクを抱えながら、電力システム改革が走り出した。そのなかで東京電力が今年1月に公表した新総合特別事業計画には、今後の電力産業の構造変革を先取りするような注目すべき施策が含まれている。電力会社の資金調達を支えてきた「地域独占」「総括原価に基づく料金規制」「一般担保」という制度的保証が揺らぐなか、今後の電力事業者はファイナンス戦略と一体となったダイナミックな企業内組織再編、他社とのアライアンス・M&Aを余儀なくされると考える。

電力システム改革の迷走

 電気事業法の改正案が昨年の臨時国会を通過し、いよいよ電力システム改革が動き出した。2011年3月の東日本大震災によって原子力や火力発電設備が大きな打撃を受けたため、東京電力管内では計画停電を実施せざるをえない状況となり、また他の電力会社管内でも同年夏のピークに向けて計画停電が検討された。電力システム改革は、このように供給側の対応が行き詰まった時点でシステム全体が機能しなくなる状況を日本の電力システムの弱点ととらえ、電気料金を規制から外して市場に委ねることで需給調整を円滑化することを目指すことをその本質とするものである。
 ところが、東京電力福島第一原子力発電所の事故が引き金となって反原発の世論が盛り上がり、世間の批判の矛先は原発にとどまらず、電力会社という組織全体に対して向かっていったことが、電力システム改革を「政治化」してしまう。当時の政権与党の政治家たちは、こうした電力会社に対する厳しい世論に乗って、たとえば発送電分離のように、そもそもは電力市場を競争的に機能させるための手段に関する論点を、あたかも電力会社に対するパニッシュメント(巨大な電力会社に「メスを入れる」)を目的とするような文脈で取り上げたことから、この問題は複雑骨折し始めるのである。経済産業省・電力システム改革専門委員会での議事録をみても、電力会社への感情的な批判とも受け取れる発言が頻繁に現われており、はたして電力システム改革に伴って生じるさまざまなリスクに対して十分な検討が行われたのかどうか疑問が残る。
 供給予備力の中長期的不足は生じないか、再生可能エネルギーの急速な導入が電力システムに与える影響はどのように吸収するのか、原子力発電はどう位置付けるのか、これらの問題を制度改革設計のなかでどのように整合的に解決するのか、さらに、その結果として電気料金はどうなるのか。こうした本質的な論点については、自公政権に交代してようやく本格的な議論が始まったばかりだといえよう。

電力産業の構造変革は不可避

 きわめて重要な論点であるにもかかわらず、これまで重点的に議論されてこなかったのがファイナンス問題である。もちろん、電力システム改革に伴って行われるさまざまな規制改革や制度変更などと密接な関連があり、ファイナンス問題は独立して存在しているわけではない。問題は、そうした規制・制度改革が、電気事業者の資金調達にどのような影響をもたらすのかを十分に認識しないまま進められようとしていたことなのである。冒頭に述べた電力システム改革の本質からは、現在の一般電気事業者に認められてきた地域独占、総括原価主義による料金規制、好条件による資金調達を可能としている一般担保付社債などの仕組みは、すべて廃止される方向に向かう(ただし、送配電部門には独占―料金規制は残る)。役所も一般電気事業者もこれまでファイナンスに苦労したことがなかったためか、こうした規制改革が引き起こす問題点や事業戦略に与える影響をそれほど意識していなかったことも、検討が遅れた原因だろう。
 しかし、自公政権になって新たなエネルギー基本計画が検討されはじめたなかで、大規模な初期投資や多額の安全対策を必要とする原子力発電が、ファイナンス面で電力システム改革による制度変更とどう折り合っていくのかが検討の対象として認識される一方、電力システム改革議論自体のなかでも、発送電分離が法的分離まで進んだ場合にそれぞれの分割された会社はどのように資金調達していくことになるのかが話題になりはじめた。そのうえ、1月15日に政府から認可された東京電力に関する新総合特別事業計画には、後述するように、電力システム改革を先取りしたかたちで持株会社への移行と事業子会社(とくにフュエル&パワー・カンパニー)のファイナンスについての新工夫が盛られている。
 この仕組みは東京電力の成長戦略と一体的に結びついているのだが、幸か不幸か、原発事故によって財務的に追いつめられた東京電力だからこそ発想しえたものだろう。しかし、今後電力システム改革が法的分離にまで進んでいけば、他の一般電気事業者にも大きな影響をもたらす仕組みである。あえていえば、競争によってもたらされる産業構造は、各事業者がファイナンス戦略をどう構築していくかと表裏一体だということだ。アライアンス戦略、海外戦略、総合エネルギー企業化などについてどのように経営ビジョンを描き、それをどのようなファイナンス方法で実現にもっていくか。これまでどおりの「前例・横並び」主義的発想しかもてない電力会社は、経営戦略を周到に企画・実行していく同業者や異業種からの参入者のフォロワーとならざるをえず、アイデンティティーを失う危険もあると肝に銘じる必要がある。

ファイナンスコストに与える影響

 ここで電力システム改革による制度変更がファイナンスコストに与える影響を表わす基本的関係をみておこう(図表)。

 ここで、PD=倒産確率の大小は債券格付に反映される。また、LGD=倒産時損失率は担保条件によって変動する。
 ファイナンス環境に影響する最大の電力システム改革関連制度改革は、総括原価主義による料金規制撤廃だが、これによって投下コストの回収可能性は低下するため、PD=倒産確率は上昇する。どの程度上昇するかの評価は格付機関によっても異なるが、昨年11月13日に電力システム改革のプロセスを盛り込んだ電気事業法改正案が成立した翌日、格付投資情報センターはいわゆる9電力会社の格付をそれぞれ1ノッチ下げた。その理由は、「改革目的に『電気料金の最大限の抑制』や『需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大』が盛り込まれており、中長期的に競争圧力を増す可能性が高い」(同社のプレス発表)との見通しによるものと説明されている。今後の電力システム改革は、小売の完全自由化、発送配電の法的分離を段階的に進めていくことになっているが、そのたびに競争環境が現実化していくことから、今後とも格付の方向性は「ネガティブ」が継続することが予想される。
 実際、これまでの欧米での自由化前後の各電力会社の格付変化をみても、通常2~4ノッチ程度の格下げが行われている。とくにアメリカの発電事業者は投機的格付も多くなっている。日本の電力会社の格付がそこまで下がるという見方は多くないだろうが、それでも今後も格付低下が続くならば、現在の日本の金融環境では、スプレッドにして50~100bsp程度拡大することになっても不思議ではなく、今後デフレ脱却が順調に進めばますますスプレッドは大きくなろう。さらに、こうした格付は当然、長期借入金の金利にも影響することから、自己資本比率の低い電力会社は相当なファイナンスコストの上昇に悩まされることになろう。「自由化や分社化でファイナンスコストは低下する」という議論があるが、それはたまたま市場環境(図表の式におけるα)が金利低下の局面だったことに起因している面も強く、現在の日本の電力業界がおかれている環境とは異なっている。
 ただし、格付評価の主たる基準は総括原価主義に基づく料金規制の帰趨であって、組織問題としての発送電分離自体はコスト回収可能性に直接的には影響しないため、「信用度」には関係がないとみられている。そのため、後述する東京電力の燃料・火力部門の戦略にみられるように、当該部門を本体から切り出して他社とのアライアンスを実現することで規模や範囲の経済を実現する(たとえば、より強力な燃料調達交渉力や火力発電の広域最適運用)ことが可能だとすると、本体にとどまるよりもより収益力がアップすることでコスト回収可能性が高まり、より有利なファイナンス環境を得られることになる。もちろん、こうした戦略的な企業再編に際しては、本体の資産と負債の子会社に対する配分が、事業遂行に必要な財務体力を阻害するものになってはならないことはいうまでもない。

一般担保制度の行方

 次に、LGD=倒産時損失率への影響をみよう。LGDは担保や保証条件によって左右されるが、既発の電力債にはネガティブプレッジ条項(担保制限条項)が含まれていることから、新たな抵当権設定によってLGDを低減することは実質的に不可能である。これまで電気事業法で認められてきた電力債の一般担保は、社債権者に対してデフォルト時に民法上の先取特権に次ぐ順位を与えていることから、LGDの低減対策としてきわめて大きな役割を果たすポテンシャルがある。
 確かに、社債の発行体の信用力が高くて倒産確率が非常に小さい場合には、一般担保付社債と無担保社債の間に経済価値評価上の差異は生じないため、一般担保の価値は認識されない。実際、一般担保付社債発行が認められていたJR東日本・東海・西日本の3社が、無担保社債発行に転じた2001年当時をみても、スプレッドの差異は生じていない。また、電源開発株式会社も03年の前後で一般担保付社債(さらに、それ以前は政府保証債)から無担保社債へと変化しているが、同様にスプレッドの差異は生じていない。これは両方とも、もともと国営企業体だったものが民営化した例であり、それだけ信用力が国に近いものとみなされていたからだろう。
 デフォルトした企業の資産が十分な清算価値を有しているとすれば、そもそも資金調達面からデフォルトに至ることは考えられない。一方、清算価値がまったくないような逆の極端なケースにおいても、一般担保による先取特権は実質上意味をなさなくなる。したがって、一般担保の経済価値の発現には、デフォルトした企業がある程度の資産を有し、清算価値が残っていることが必要である。その際、バランスシート上の負債のうち一般担保付負債の割合が小さいほど、全額回収可能性が高まるため、一般担保の経済価値が高くなる。また、清算価値が一般担保付債務の額と一致しているか、または、上回っているがほかの無担保債務全額はカバーできないという状態であれば、一般担保の経済価値は高まることが実感できるだろう。
 電力システム改革の進展では、もともと民間企業体であった電力会社(一般電気事業者)の競争条件が厳しくなることから信用力の低下が見込まれていることは先に述べたとおりであり、むしろ格付が低下する近い将来においてこそ、この一般担保付社債が認められるか否かの意味が大きくなってくるのである。この一般担保の経済価値がどの程度になるかは、たとえば一般電気事業者の倒産確率や倒産時損失率は観測困難なので、格付会社が公表している長期平均実績倒産確率や倒産時損失率のデータを使いながら、さまざま条件を仮定しながら試算する必要がある。
 その結果、格付が低下した際に、スプレッドが数十bspも上がるという試算値が出るようであれば、電力会社の資金調達条件は相当厳しくなり、電気料金上昇にも有意に影響するだろう。こうしたなかで、電力システム改革を継続しながら、事業者による中長期の供給力確保のための設備投資や安全対策投資を確保したり、さらにはエネルギー・インフラ産業政策上、必要な投資を誘導したりするためには、一般担保あるいはそれと代替的な資金調達支援政策措置を検討する必要が出てくるだろう。

東京電力「新総特」の革新的取組み

 こうした電力システム改革に伴うファイナンス環境の変化を先取りしたかたちで、東京電力は、今次新総合特別事業計画のなかで、これまでの電力会社では考えられなかった事業展開戦略を示した。それは、フュエル&パワー・カンパニーの成長戦略である。発電、送配電、小売り事業部門をそれぞれ子会社化する計画が示された新総合特別事業計画のなかでも、最多のページを割いて詳細が述べられているのがこの成長戦略である(なお、パワーグリッド・カンパニーについては海外への事業展開が計画されている点が目新しいが、カスタマーサービス・カンパニーはガス事業への進出や他地域への電力販売が計画されているものの、その規模感においていま一つ迫力に欠ける)。
 このカンパニーの成長戦略には、福島第一原発関連の賠償や廃炉についての負担が継続する一方、運営を引き継ぐ柏崎刈羽原子力発電所の不稼働リスクがいまだ払拭できない持株会社との関係が密接であればあるほど、同カンパニーは電力他社や新規参入者との競争において、資金調達条件の面で不利になるのではないかという問題意識が根底にあるようだ。発電コストを引き下げるため、燃料費の7割を占める天然ガスの調達を大規模化することによって交渉力を強化し、同時に電源建設のスピードアップやリプレース、電源多様化(他地域への石炭火力設置)などのための資金調達力を向上させる方策として、他社との資本提携を含む包括的アライアンスを軸とした経営ビジョンを描いている。さらに、この包括的アライアンスが実現することを前提に、その共同事業として海外発電事業展開や燃料の上流事業への進出までを視野に据えている。この包括的アライアンスはSPCを介在させる仕組みを念頭においているようだが、それを実現するためには、持株会社から一定の財務的隔離が必要となってくる。
 しかし、もちろん金融機関としては、同カンパニーが東電持株会社から独立していくことは、融資対象先の持株会社の信用力を低下させかねず、子会社資産に対する一般担保を危うくしかねないと懸念したようだ。これまでの電力債では子会社の設立や資産の移転は、発行条件のなかで原則禁止されている。そこで、新たな事業形態を成立させるためには子会社による「連帯保証」が必要ではないかという議論もあったようだが、上限額が定まらない連帯保証は財務的には健全な方法とはいえない。関係者間での検討の結果、事業用資産を移転された子会社が一般担保付社債を発行し、それを持株会社が引き受けることによって、金融機関は間接的にグループ全体の資産に対して一般担保を維持することを可能とする仕組みが編み出された。
 一方、同カンパニーとしては、社債によって得た資金を他社との共同で設立するSPCに出資することができるようになるわけだ。これは東京電力にとどまらない一般的な手法に進化していく可能性が高い。なぜなら、この手法は、原発事故やそれによってもたらされた東電の財務的苦境とは直接関係するものではなく、他の電力会社も法的分離に至る際には、同じ手法が適用可能だからだ。そうなると、電力会社は事業構造の構成とその体制について、大きな自由度を得ることになる。こうした変化を毛嫌いしたり、みて見ぬ振りをするのではなく、自社の事業展開にどう活用していくかを積極的に検討すべきだ。電力事業とはファイナンスなりと喝破した松永安左衛門の慧眼をあらためて評価することが必要な時代がきたのである。

電力システム改革の今後の進め方

 これまでの「総括原価方式による料金規制」+「地域独占」+「発送配電一体」の3点セットの体制は、右肩上がりの需要増に対応した設備形成を確実なものとするためには非常に効果的なシステムだった。すなわち、総括原価方式による料金規制がコスト回収の確実性を高める結果もたらされる倒産確率の低下と、発送配電一体による膨大な資産を背景とした一般担保によって実現する倒産時損失率の低さが、電力会社のファイナンスを円滑化してきたのだ。実際、格付会社による電力会社の格付手法では、この制度的保証を最も重くみており、格付の判断要素として全体の半分程度の重みをもつといわれている。
 しかしながら、高度成長を終え、かつ電化の一服感がみられる昨今では、電力需要が頭打ちになるなか、右肩上がりの投資形成を続けて行くことは、かえって資産効率を下げる懸念が発生する。そうなれば、むしろ他社の電気や資産を効率的に活用するほうが国民経済的に望ましいという見方も成り立つため、今後の電気事業は前記の3点セットによる「計画経済的資本形成」ではなく、各社間の電気の融通や購入を自由にしたほうがよいというのが、電力システム改革の背景にある状況認識だ。東日本大震災によって原子力発電所はもちろん火力発電所も大きな被害を受け、さらに日本中多くの電力関連設備の老朽化が迫ってきている現状において、こうした状況認識が正しいのかどうかについては大きなクエスチョンマークが付くが、現在の政治状況では、電力システム改革自体は徐々に進展していくと見込まれている。
 そうなれば、これまでの経営環境は激変し、各社間の電力融通や購入にとどまらず、究極的には他社の資産・会社自体のM&Aを視野に入れていくことが当然の流れとなろう。電力システム改革が進んで前記の3点セットの制度的保証が崩れていけば、発送配電一体の垂直統合よりも、水平統合のほうが倒産確率を下げる方向に作用する。さらに、ある戦略的な電力会社が、ほかの財務構造の健全な事業者(資産に比して負債が少ない企業)を対象としたM&Aを行うことができれば、その統合先の事業者資産を含めた一般担保によって、倒産時損失率を大きく低減化させることが可能となる。このように、財務戦略を勘案したM&Aを行う戦略的電力会社が、他社に比べて一層ファイナンスコストを下げることに成功し、競争上優位に立つことになろう。こうなれば、以前から筆者が提案してきた(たとえば、『精神論ぬきの電力入門』新潮新書)、水平的展開による「大規模化」が夢物語ではなくなり、むしろ電力会社の合理的な戦略的行動から導かれる将来の産業構造になっても不思議ではない。
 電力システム改革を進めていく政府にとっては、新たな総合特別事業計画に盛り込まれている東京電力の戦略的動きは歓迎すべきものだろう。法的分離という形式的な改革を越えて、各電力会社が独自の戦略を策定し、それを実現するファイナンス手法の革新が生まれれば、電力間競争は本格化するからである。ただ、今回の東電の取組みを越えて、子会社の完全独立というところまで突き進もうとすると、それは法的分離にとどまらず、資本分離まで視野に入れることになる。そうなれば、既発の電力債の債権者が保有する権利の希釈化回避はむずかしくなる一方、グループ全体だからこそ有する信用力が毀損し、単独の発電会社はアメリカのように投機的格付程度にまで落ち込むことになるかもしれない。一方、ヨーロッパのように、送配電部門の分離後、立地に地域固有の制約がある発電事業者と地域の需要充足をメインとする小売事業者が再度統合していく動きがみられるようになれば、個別の子会社ではなくグループファイナンスに戻ることになろう。ことほどさように、電力システム改革によって生み出される競争構造は、資金調達方法の変化と表裏一体なのである。
 一方、原子力問題の解決策との整合性にも目配りしていく必要がある。原子力問題については、今後、新設やリプレースに取り組まなければ、人材や技術の継承に大きな問題が発生し、持続可能な解決策が見当たらない(21世紀政策研究所「原子力事業環境・体制整備に向けて」13年11月参照)。その新設やリプレースの可否については、電力システム改革に伴うファイナンス環境の変化が最も大きく影響することは確実である。原子力はたんなる競争的な電源としてではなく、それ以上に国家として継承すべきエネルギー技術体系だという政策をとるとすれば、電力システム改革と同時並行的に原子力問題を整合的に検討していく必要がある。
 政府においては、エネルギー基本計画の閣議決定に続く原子力問題の検討や電力システム改革の検討にあたっては、電力事業や電力インフラに対するファイナンス面からの影響について十分吟味し、低成長下で必要とされる産業再編をも視野に入れながら、必要な施策や制度設計を検討していくべきである。