電力システム改革と金融

東京電力の新・総合特別事業計画にみる新たな方向性


国際環境経済研究所前所長

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電力産業の構造変革は不可避

 きわめて重要な論点であるにもかかわらず、これまで重点的に議論されてこなかったのがファイナンス問題である。もちろん、電力システム改革に伴って行われるさまざまな規制改革や制度変更などと密接な関連があり、ファイナンス問題は独立して存在しているわけではない。問題は、そうした規制・制度改革が、電気事業者の資金調達にどのような影響をもたらすのかを十分に認識しないまま進められようとしていたことなのである。冒頭に述べた電力システム改革の本質からは、現在の一般電気事業者に認められてきた地域独占、総括原価主義による料金規制、好条件による資金調達を可能としている一般担保付社債などの仕組みは、すべて廃止される方向に向かう(ただし、送配電部門には独占―料金規制は残る)。役所も一般電気事業者もこれまでファイナンスに苦労したことがなかったためか、こうした規制改革が引き起こす問題点や事業戦略に与える影響をそれほど意識していなかったことも、検討が遅れた原因だろう。
 しかし、自公政権になって新たなエネルギー基本計画が検討されはじめたなかで、大規模な初期投資や多額の安全対策を必要とする原子力発電が、ファイナンス面で電力システム改革による制度変更とどう折り合っていくのかが検討の対象として認識される一方、電力システム改革議論自体のなかでも、発送電分離が法的分離まで進んだ場合にそれぞれの分割された会社はどのように資金調達していくことになるのかが話題になりはじめた。そのうえ、1月15日に政府から認可された東京電力に関する新総合特別事業計画には、後述するように、電力システム改革を先取りしたかたちで持株会社への移行と事業子会社(とくにフュエル&パワー・カンパニー)のファイナンスについての新工夫が盛られている。
 この仕組みは東京電力の成長戦略と一体的に結びついているのだが、幸か不幸か、原発事故によって財務的に追いつめられた東京電力だからこそ発想しえたものだろう。しかし、今後電力システム改革が法的分離にまで進んでいけば、他の一般電気事業者にも大きな影響をもたらす仕組みである。あえていえば、競争によってもたらされる産業構造は、各事業者がファイナンス戦略をどう構築していくかと表裏一体だということだ。アライアンス戦略、海外戦略、総合エネルギー企業化などについてどのように経営ビジョンを描き、それをどのようなファイナンス方法で実現にもっていくか。これまでどおりの「前例・横並び」主義的発想しかもてない電力会社は、経営戦略を周到に企画・実行していく同業者や異業種からの参入者のフォロワーとならざるをえず、アイデンティティーを失う危険もあると肝に銘じる必要がある。

ファイナンスコストに与える影響

 ここで電力システム改革による制度変更がファイナンスコストに与える影響を表わす基本的関係をみておこう(図表)。

 ここで、PD=倒産確率の大小は債券格付に反映される。また、LGD=倒産時損失率は担保条件によって変動する。
 ファイナンス環境に影響する最大の電力システム改革関連制度改革は、総括原価主義による料金規制撤廃だが、これによって投下コストの回収可能性は低下するため、PD=倒産確率は上昇する。どの程度上昇するかの評価は格付機関によっても異なるが、昨年11月13日に電力システム改革のプロセスを盛り込んだ電気事業法改正案が成立した翌日、格付投資情報センターはいわゆる9電力会社の格付をそれぞれ1ノッチ下げた。その理由は、「改革目的に『電気料金の最大限の抑制』や『需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大』が盛り込まれており、中長期的に競争圧力を増す可能性が高い」(同社のプレス発表)との見通しによるものと説明されている。今後の電力システム改革は、小売の完全自由化、発送配電の法的分離を段階的に進めていくことになっているが、そのたびに競争環境が現実化していくことから、今後とも格付の方向性は「ネガティブ」が継続することが予想される。
 実際、これまでの欧米での自由化前後の各電力会社の格付変化をみても、通常2~4ノッチ程度の格下げが行われている。とくにアメリカの発電事業者は投機的格付も多くなっている。日本の電力会社の格付がそこまで下がるという見方は多くないだろうが、それでも今後も格付低下が続くならば、現在の日本の金融環境では、スプレッドにして50~100bsp程度拡大することになっても不思議ではなく、今後デフレ脱却が順調に進めばますますスプレッドは大きくなろう。さらに、こうした格付は当然、長期借入金の金利にも影響することから、自己資本比率の低い電力会社は相当なファイナンスコストの上昇に悩まされることになろう。「自由化や分社化でファイナンスコストは低下する」という議論があるが、それはたまたま市場環境(図表の式におけるα)が金利低下の局面だったことに起因している面も強く、現在の日本の電力業界がおかれている環境とは異なっている。
 ただし、格付評価の主たる基準は総括原価主義に基づく料金規制の帰趨であって、組織問題としての発送電分離自体はコスト回収可能性に直接的には影響しないため、「信用度」には関係がないとみられている。そのため、後述する東京電力の燃料・火力部門の戦略にみられるように、当該部門を本体から切り出して他社とのアライアンスを実現することで規模や範囲の経済を実現する(たとえば、より強力な燃料調達交渉力や火力発電の広域最適運用)ことが可能だとすると、本体にとどまるよりもより収益力がアップすることでコスト回収可能性が高まり、より有利なファイナンス環境を得られることになる。もちろん、こうした戦略的な企業再編に際しては、本体の資産と負債の子会社に対する配分が、事業遂行に必要な財務体力を阻害するものになってはならないことはいうまでもない。