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EUの2030年40%削減目標は野心的か?(第2回)

EUの2030年目標を分析して見ると・・


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール技術企画部理事 地球環境グループリーダー


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2030年目標案~ハイブリッド方式

 それではいよいよ今回発表された2030年目標案について検討してみよう。(今回の分析ではGHG削減量についてのみ分析し、同時に発表された再生可能エネルギーの導入目標等の他の目標の分析については別の機会に譲ることにする。)まずは今回、欧州委員会が1月22日に発表した”Communication from the Commission to the European Parliament, The Council, The European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions” に記述されている具体的な削減目標値である。
 GHG排出量については90年比で2030年に40%削減するというピンポイントの目標となっており、そこに至る途中経過は規定されていない。ただ、これを達成するために、欧州で実施中のCap&Trade制度(EU-ETS)の下で、対象セクターに課する排出キャップ(上限枠)を、2021年から毎年2.2%ずつ縮小していき、2030年までに05年比で43%の削減を図らなければいけなくなると解説している。(2012年から2020年までの排出キャップは毎年1.74%で漸減することになっている。)一方、EU-ETS非対象セクターについては、05年比で30%の排出削減が必要となるという。
 ところで、同文書では「加盟各国が現在の目標(20年20%削減)を満たすために導入している政策を続け、それが継続的に効果を表せば、2030年に90年比32%の削減をもたらす。」(P5 パラ3)とも記述されており、今回の新目標案でBAUに対して追加的に削減しなければならないのは8%に過ぎないとも読むことができる。この点については、環境NGO(Friends of Earth、WWFなど)が、本目標が発表された直後から、今回の40%削減目標は甘すぎるとの批判を展開している。(例:”Barroso’s credibility at stake on 2030 dossier” by Brook Riley)
 欧州委員会によると、このEU全体の削減目標はEU全体の拘束力ある目標(EU-wide binding target)であり、かつEUの域内対策のみで達成するとしている。ただ今回の発表では、加盟各国の個別の削減目標は設定されておらず、メンバー各国はそれぞれ、欧州委員会が今後規定する「国別計画のガイドライン」に基づき、具体的な各国毎の(削減)計画を立てることになり、その際に近隣諸国との協力や事前協議をもつ事が推奨されている。さらに欧州委員会は、そうして作成された各国の具体的な計画と削減目標を合算して、それがEU全体の削減目標(40%)を達成するのに十分なものになるかどうか評価し、もし不十分ということになれば、各国目標の深堀り(reinforcing its content)を目指して、更なる協議(deeper interactive process)を行うことになる、という。
 つまり今回の提案では触れていないEU加盟各国の具体的な削減計画、目標は、加盟各国が今後独自に(bottom upで)作成、提示することになるのだが、それを足し合わせてもEU全体のtop down目標(40%削減)に達しない場合は、深堀りのための交渉をするというわけである。
 これは、国連気候変動枠組み条約の下で行われている2020年以降の新枠組み交渉の行く末を予見させる提案といえる。国連交渉では、米国が提唱し、2009年のカンクン合意に取り入れられた、各国がそれぞれの温暖化対策とその目標を自主的に掲げ(pledge)て、その努力水準や効果について、相互に国際的にチェック(review)するという「Pledge & Review方式」が主流になっている。その一方でEUは、それでは温暖化を2℃以内に抑えるという長期目標達成に不十分となる可能性があるので、相互チェックのプロセスの中で各国の自主的なPledgeについて、top downによる深堀りを図るべきと主張している。こうしたtop downとbottom upの「ハイブリッド方式」は、今回の欧州委員会の域内政策の案と合致しており、まさにこれは国連の新枠組み交渉を先取りしたものと言ってよいだろう。
 問題は、一旦メンバー各国が自主的に提示した目標(Pledge)について、欧州委員会の場で、その多寡を叩きあって、40%削減というtop down目標を満たすように深堀りする、というプロセスが本当に機能するか?ということである。自主提案後にこうした深堀り交渉が想定されるのであれば、各国が欧州委員会に提示するPledgeは、「糊代」を含んだ、小さめの「駆け引き的」な数字にならざるをえず、最終的に40%削減と整合した各国目標が決まるまでには、さまざまな政治的な交渉が必要となることだろう。果たして2015年末までに、EU各国がEU全体で40%削減を実現できる具体的な国別削減目標の割り振り(=割り当て)に合意できるかどうか、については全く予断を許さない。もしこれが経済共同体を組み、共通通貨を導入しつつあるEU内で容易に合意できないプロセスであるとしたら、ましてや先進国・途上国、大国・小国などはるかに多様な国々が集まるUNFCCCの場で、同様にbottom up とtop downの「ハイブリッド方式」の国別目標設定が合意される可能性は、遥かに低くなるだろう。

40%削減目標は野心的か?

 さて、それでは仮に上記のような複雑な政治プロセスを経て、EU各国の具体的な削減目標設定を伴った、正式な40%目標にEU全体で合意できたとしよう。果たしてそれは野心的で、実現のために多大な努力を要する目標といえるのだろうか?前述のとおり、欧州委員会の発表資料自身が、この目標によるBAU(現状政策の維持・継続)から8%しか積み増ししていないものであると記述しているのだが、欧州各国、特に対策の中心国であるドイツ、イギリス等では現状政策でも、再生可能エネルギーの導入や省エネの推進など、それなりに積極的な対策を取り入れており、それに伴うエネルギーコスト上昇への批判の声が上がり始めている。そうした中で、さらに目標積み増ししていくのは必ずしも容易とはいえないだろう。しかし、だからといって「30年40%削減」が、EUにとって多大な努力を伴ってしか実現できない「野心的」かつ「国際交渉をリードする」ような目標であると鵜呑みにするのは早計である。
 実は1月22日の発表では、同時に欧州排出権取引制度の改革案が発表されているのだが、そのQA資料(Question and answers on the proposed market stability reserve for the EU emission trading system)に興味深いデータが示されている。(図3)

 これは現状から2030年までの、欧州排出権市場における余剰排出権(排出量相殺のために企業や国によって償却されずに市場に滞留している排出権)の推移と、将来見通しを示している。EU-ETSでは、排出キャップのかけられている産業セクターに対して、毎年一定量に制限された排出枠をオークションで有償配布する、ないしは国際競争にさらさせるセクターについては一定枠を無償配布しているのだが、欧州経済危機のあおりで経済活動が落ち込んだ結果、生産活動に必要な排出枠が縮小しており、莫大な排出権の余剰が発生している。その結果、欧州排出権(EUA)の価格は、当初の30ユーロ前後から5ユーロ前後にまで落ち込んでおり、それが環境投資のブレーキになり、また(排出の大きな)石炭火力発電のコスト競争力を上げるという皮肉な結果をもたらしている。この余剰排出枠を何とか減らそうとして、欧州委員会で様々な方策が議論されてきたのだが、結局2014年~16年に発行する予定だった排出枠から9億トン分の発行を保留し、2019年~20年に発行時期を先送りする措置(Backloading)を取る方針を決め、目下その決定のための手続きに入っている。 
 ここで注目すべきは、余剰排出枠の削減とは言っても、市場から排出権を吸い上げて償却(消滅)するのではなく、単に発行量を先送りするにすぎないということである。図3をごらんになればわかるように、このBackloadingにより2014年から余剰枠は一旦減少するものの、保留分が放出される2019年から再び激増し、2020年のピークには約26億トンもの余剰を抱える見込みとなっているということである。
 その後、EUのシナリオでは、新たな「40%削減目標」に即してETS対象産業セクターへの排出枠発行量を年率2.2%で絞っていく結果、2030年には20億トンまで余剰排出枠は縮小するということになっている。(それでも排出権が5ユーロ前後に低迷している現状の余剰枠水準に戻るだけなのだが。)2020年以降の対策でこの余剰排出枠がどれだけ使われるか(償却に充てられるか)についての記述は、今回の欧州委員会の発表をざっと読んだところでは見当たらないが、10年間で余剰枠が6億トン減少していることから、毎年6千万トン程度が「排出削減」として使われることが想定されているようである。これは90年のEU27の総排出量56億トンの約1%に相当するので、言い換えれば、EUは40%削減目標からBAU削減を除いた正味の追加削減8%のうちの1%は、過去からキャリーオーバーした余剰排出権の償却で達成するということのようである。この削減分は08年以降の経済危機時における過剰な排出割り当てによって過去に発生したいわゆるホットエアーであるから、2020年以降の地球全体の新たな排出削減には全く寄与しない。
 さらにいえば、今回提案された2030年目標が、30年にピンポイントで40%削減するという単年度目標にすぎないことを考えれば、2030年にも20億トンが余剰すると予想されている排出権を政府が市場から買い上げて、一気に償却に充てることも理屈の上では可能である。20億トンはEU27の90年総排出量55.7億トンの約35%である。2011年のEU27の排出実績は45.5億トンであり、90年比で40%削減するという2030年目標は、排出量を33.4億トンに抑えることを意味するので、今後必要とされる削減量は12.1億トンになる。仮に今後EUが全く追加的な削減を行わず、現状の排出量を出し続けたとしても、2030年に12.1億トン分の排出権を余剰枠でだぶつく市場から買い上げ、一気に償却すれば40%削減目標は達成できる計算となる。2030年の余剰枠が、予想通り現状と同じ20億トンもあるとすれば、排出権価格も現状の5ユーロ前後と同等と想定できるが、その場合12.1億トンを買い上げて償却するコストは60億ユーロ(8500億円)程度ということになる。もちろんこれだけ一気に余剰枠を買い上げれば、価格は高騰するであろうし、そもそも2030年単年度だけ40%削減すればよいのか?という問題もあるので、現実にはこうしたことが実施される可能性は小さいだろうが、ここで言いたいのは、90年比40%削減という目標自体は、EUが今後1トンも追加削減せずとも、8500億円かければ形式的には確実に達成できる数字だということである。逆に言えば過去にこれだけ過剰達成を積上げたということは、EUの掲げた目標が、EUの実態を考えればもともと大甘な数字だったということである。(もっともユーロ経済危機による経済活動低迷の効果までは予期していなかっただろうが。)
 同QA資料の中では、この膨大な余剰排出枠についての対策が提案されているが、そこでは余剰枠を一気にキャンセルすることは否定されており、あくまで排出枠は排出枠としての価値を永続させ、流通量だけを事前に決められたフォーミュラで市場から一定量吸いあげてMarket Stability Reserveという一時保管所に凍結し、市場がタイトになってきたらそれを自動的に放出するということが提案されている。具体的には前年度の年間の市場流通量(余剰枠-一時保管量)が8.3億トンを超えている場合、翌年に流通量の12%を自動的に吸いあげてReserveに保管し、一方流通量が4億トンを下回った場合、自動的に1億トンをReserveから放出するというものである。この制度が今後EU加盟国間で合意された場合、グラフに示された余剰排出枠は2021年から漸次Reserveに吸い上げられて保管され、2030年の余剰枠は4億~8.3億トンの範囲に押さえ込むことができるかもしれない。ただし、このMarket Stability Reserve制度が承認されるかどうかは今後の加盟国間の議論によっており、また仮に認められたとしてもReserve内に積みあがった余剰枠はキャンセルされないので、2030年に膨大な排出権が存在することに変わりはない。政府が目標達成目的でこのReserve内の排出枠を一気に償却すれば、上記のとおり40%削減は容易につじつまあわせができるのである。
 一方、Reserveに吸い上げなくても、企業が余剰排出権を欧州委員会の想定以上に購入し、余剰枠がグラフの予想より早く消化されていく自体も想定される。この場合、企業は与えられた排出枠より多く排出して生産活動をするために、余剰枠を購入拡大するわけであるから、EU全体の実排出量を見たとき、21年から30年までの累積排出量が、余剰枠を使わなかった場合に比べて大幅に拡大することになる。(余剰排出権の実態はホットエアーなので、これを使うということはその分の実排出量が増えることを意味する。)仮に2021年から30年の10年間で20年の余剰枠26億トンを毎年平均的に企業が余剰排出枠を使っていき、2030年に余剰枠がゼロになると仮定した場合、毎年償却される余剰枠は2.6億トンになる。これは90年の排出量の約4.7%であるから、今後EUが欧州委員会のいうとおり、現状政策に追加して削減しなければならない量が8%であるとすると、そのうち4.7%は毎年余剰枠を使うことで充当できることになり、正味の追加対策は3.3%しかないことになる。
 これを環境政策的に見たときには、環境NGOが主張しているようにこの20億トン余りの余剰排出権を2020年以降まで持ち越す(banking)は回避するべきであろうし、もしそれが(EU内部の政治的事情で)できないのであれば、国際社会としては、2030年目標からこの余剰枠26億トンを控除した削減目標を「正味の」EUの目標とみなすべきではないだろうか。

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