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オバマ政権の環境・エネルギー政策(その17)

石炭を巡る攻防


環境政策アナリスト


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 電力業界はワックスマン・マーキー法案を支援した。エジソン電気協会(EEI)は2009年1月に無償割当に関する提言を行った。この中でEEIは米国全体のCO2排出量の40%は電力セクターであるため、40%に対し無償割当を認めてもらえるよう求めた。
 この際の排出枠の割当方法としてエジソン電気協会(EEI)は「50対50対50」の提案を行い、同法案で認められている。自由化市場における石炭火力にその排出量の50%分(全米総発電量の4%程度)を割り当て、その残りの50%を規制された地域の購入電力の排出量見合いで各社に配分、さらにもう一方の50%分を販売電力量見合いで各社に配分するものだ。 
 これは自由化市場における石炭火力発電事業について、ガス火力との競争上の配慮により、その排出量の50%を認めるものだ。また、販売電力量をベースに配分するのは、原子力などにより販売電力量が多くても低炭素化に努力している一方の事業者にとって有利になる点を認めるようにするためだ。
 火力発電を持つ会社にとってキャップ&トレードは不利となるが、排出枠の無償割当を法案において実現するためには事前に業界団体として内部の割り振りを調整しておく必要がある。これはエジソン電気協会(EEI)幹部にとって重い仕事だったと想像できる。それだけにワックスマン・マーキー法案が可決したときにエジソン電気協会(EEI)理事長は、法案成立に向けて努力をしてくれた人に電力関係者から賛意を送ろうと提案した。法案の成立の安堵感が感じられる呼びかけだった。

ワックスマン・マーキー法案によるGDPへの影響試算

 ワックスマン・マーキー法案は2009年6月下院を通過したが、上院では別の法案が用意される。2008年に廃案になっていたリーバーマン・ウォーナー法案の中の合意が可能な要素は、ワックスマン・マーキー法案に含まれたが、上院で用意されるものは国際的な合意内容を考慮しながら、合意可能な要素を盛り込まなければならない。上院は国際合意への批准を求められるため上院内の(多くの場合党派を超えた)批准合意への到達が可能かどうかを常に想定した審議を迫られている。そもそも下院でも薄氷を踏む通過だった原因は経済悪化の懸念であった。議会予算局(CBO)が試算した家計への影響は2020年に1家族あたり175ドルの負担だとした。法案提出者であるマーキー議員は、これを「1日切手1枚程度」だと主張した。これに対し共和党系のシンクタンクであるヘリテージ財団が、4人家族で2020年1870ドル、2035年には6800ドルとの別の試算を発表した。電気やガスなどのエネルギー価格上昇とそれに伴う消費の減少、さらには産業製品への影響など間接的な影響まで試算したものだ。この試算によれば、経済全体で考えると、海外移転などで生産が減少し、雇用が減少することなども考慮すると、2020年には経済全体に1610億ドルの影響を与えるとしている。
 さらに、先に紹介したCRAインターナショナルは2009年5月、炭素価格は2020年28ドル、2050年124ドル、雇用は2020年マイナス270万人、2050年マイナス300万人、年間平均賃金は2020年マイナス270ドル、2050年マイナス960ドル、電気料金は2020年で16%増、2050年45%増と見込んでいる。リーバーマン・ウォーナー法案と比べるとGDPへの影響力は同じ、電気料金への影響でやや緩和されているが、2020年でGDPマイナス1.2%と、依然、その経済への影響は大きいと見ざるを得ない。

CRAインターナショナルによるワックスマン・マーキー法案の経済影響評価

2015 2020 2030 2040 2050
CO2価格
(1トンあたり)
$22 $28 $46 $74 $124
雇 用
(百万人)
-2.3 -2.7 -2.5 -2.5 -3.0
平均賃金への影響
(2008年比)
-$170 -$270 -$390 -$600 -$960
購買力への影響
(一家庭あたり)
-$730 -$800 -$830 -$850 -$940
GDPへの影響 -1.0% -1.2% -1.3% -1.3% -1.5%
電気料金への影響
(2008年比)
7.3%

(1.1¢/kWh)

16%

(2.0¢/kWh)

22%

(2.8¢/kWh)

34%

(4.5¢/kWh)

45%

(6.1¢/kWh)

出典:CRAインターナショナル

 なお、リーバーマン・ウォーナー法案に関するCRAインターナショナルの分析と同様、この試算でも、2050年に全体で約1億キロワットの原子力発電所を新たに導入拡大することがベースになっていることを再び付け加えておきたい。共和党でも気候変動法案にこれまでも熱心だったマケイン上院議員は、ワックスマン・マーキー法案について「これはまるで『キャップ&タックス』である。とても支持することはできない」とテレビ(ABC放送)で述べている。ワックスマン・マーキー法案がベースになって上院の法制化への動きになることはもうないだろう。

上院ケリー議員の提出法案廃案へ

 上院では2009年10月、のボクサー環境公共事業委員長とケリー議員が起草した「Clean Energy Jobs And American Power Act」(通称はケリー・ボクサー法案)が提出された。下院を7月に通過したワックスマン・マーキー法案をある程度下敷きにしたものだが、温室効果ガス排出量の削減についてはさらに踏み込み、20%削減としている。
 同法案では、2012年からキャップ&トレード型の排出量取引制度を導入し、規制対象部門の温暖化ガス排出量を2020年に2005年比で20%、2050年に83%削減するとした。米国全体の削減目標も同じ値で、規制対象部門の2020年目標を同17%減とした下院法案よりもやや厳しい内容となっている。一方で原子力発電の推進や石炭・天然ガス火力の環境負荷低減技術開発への支援も盛り込んだ。
 2012年から発電事業者や石油精製・輸入事業者などが排出量取引の対象になり、2014年からその他の「特定産業」に、2016年から地方の天然ガス供給会社を含める。排出量削減に使うクレジットは20億トンの利用を上限とし、その4分の3を国内クレジット、4分の1を海外クレジットとするとしている。クレジット価格の高騰防止へ一定量を備蓄しておき、価格がある水準に達したら放出し、価格を安定化(上下価格制限を設ける)する仕組みも採用する。
 再生可能エネルギーへの投資を進める一方、原子力発電については従業員のトレーニング、安全性改善、寿命延長、研究開発の促進などが盛り込まれているが、インセンティブに乏しいと産業界側は不満であった。一方で、石炭・天然ガス火力は環境負荷低減技術の開発を加速し、特にCCS技術に10年で計100億ドル(約8900億円)を投資するとしている。
 この法案は、オバマ大統領の提案した医療保険改革案審議との関係で環境・公共工事委員会は通過したものの上院本会議での本会議議決に至らず審議は未了のまま廃案となった。2009年にワックスマン・マーキー法案を通したが、上院ではケリー・ボクサー法案の可決ができなかった米国オバマ大統領は、結果的には2009年12月デンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15に、まったくの徒手空拳で参加をせざるを得なかった。

COP15における米国の動き

 2009年コペンハーゲンで開催されたCOP15ではいわゆるコペンハーゲン合意が採択に至らず「留意」(take note)にとどまることで閉会した。コペンハーゲン合意は、下記から成り立つ。

長期目標
 
世界全体の気温上昇が2℃を超えないようにすべきであるとの科学的見解を認識し、長期の協力的行動を強化
先進国の緩和行動
2020年における国別、全体の排出削減目標の実施を約束
2010年1月31日までに国別の排出目標を事務局に提出
京都議定書締約国は京都議定書によって開始された排出削減を強化
途上国の緩和行動
緩和行動を実施
2010年1月31日までに緩和行動を事務局に提出
支援を受ける緩和行動についてはCOPによるガイドラインに従い国際的なMRV(測定、報告、検証)の対象。その他は国内的なMRVの対象。
(国際的な協議および分析を受ける形で、行動の実施に関する情報を報告)

 COP15は世界のトップを集めるという会議であったものの、波乱含みで開幕・推移した。直前に英国イーストアングリア大学気候研究ユニットで電子メールが漏洩して気候変動にとって不都合なデータの隠蔽が明らかになった(クライメートゲート事件)こともあったり、デンマーク政府の勇み足(合意案の英紙ガーディアンへのリーク)などがあったりし、ゴシップが続いた。第二週木曜日にクリスチャンボー宮殿でのマルグレーテ2世主催のディナーの後、EU(メルケル首相他)の提案で合意案に関する26ケ国首脳会議が開かれた。米国クリントン国務長官、サルコジ大統領、メルケル首相、メドベージェフ大統領、鳩山首相(杉山審議官同席)、中国は於慶泰大使のみ。中国は途上国への責任が言及されていることに終始徹底的に反対しサルコジ、メドベージェフ、カルデロン「なぜ首脳会議なのに、首脳でもない中国の、たった一人の意見をここまで聞かねばならないのか」と苦言を呈した。翌金曜日オバマ大統領が到着し、スピーチの後、夕方からのBASIC(ブラジルルラ大統領、南アズマ大統領、インドシン首相、中国温家宝首相)の協議にオバマ大統領が飛び入り参加。いったんは最終バージョン一歩手前の政治合意文書(2050年50%、先進国80%削減条項が入る)を合意。その後、20:30、日、英、仏、独、露の首脳が入る。二つの特別作業部会(AWG-LCA、AWG-KP)決議文交渉では、日本がAWG-LCA決議文書にlegally binding instrumentの作成を求める旨の文言を入れようと提案したが、インドの反対で盛り込まれず、その代わりAWG-LCAのmandateを1年延長することは決まった。その後、オバマ大統領は短いコペンハーゲン訪問を終え、夜帰国した。その後深夜から早朝にかけてのやりとりは周知のとおり、結果的にデンマーク首相(議長)への不信から合意案は成立せず、諦めかけたところ英国からの提案により「take note」というぎりぎりの決着となった。

COP15(コペンハーゲン)主要途上国BASICの会議に飛び入り参加したオバマ大統領

 オバマ大統領は、多くの期待を持ってコペンハーゲンに来たかどうか?少なくとも国際的には米国内の法案が少なくとも下院を通過しており、本人もきわめて強く気候変動問題を推進すると言っていた。しかしながら条約締結の義務を伴う国際的合意にはオバマ大統領としては慎重にならざるを得なかったろう。国際条約の批准をする米国の上院であることから、上院がリーバーマン・ウォーナー法案、ケリー・ボクサー法案を審議するについて大変大きな経済的・貿易的課題があることが明らかになっていた。少なくとも国際社会の見方と米国国内からの見方には齟齬があった。このとき以来オバマ政権は条約を伴う国際合意に訴えることはなく、行政府での対応で行えるもののみの枠組みで進めることになったように見受けられる。
 仮にCOP15においてポスト京都議定書の枠組みに関する合意がまとまったとしても、批准には、条約批准の権利がある上院において3分の2の賛成が必要となる。これは大変高いハードルである。現状の議会の勢力ではほとんど批准は不可能とみてよい。国連気候変動交渉は実は米国の議会の与党の多寡に依存していると言ってよいのは京都議定書の批准になんらの働きかけを行わなかったクリントンとゴア、大統領副大統領コンビのことを思い出せば明確である。

注目される「中間」派の動向

 では、焦点となる上院の勢力分布を見てみよう。
 気候変動法案が大きなアジェンダとなっていた第111国会において米国のインターネット上のエネルギー環境関係のレポートE&Eデイリーで気候変動法案に対する上院議員(100人)のインタビューに基づいた調査結果を報告している。気候変動法案にはキャップ&トレードは前提になっているのでキャップ&トレードおよびその経済的影響に対する見方も包含していると言っていい。
 それによると「支持」34人(民主党32人、民主党系独立派2人)、「たぶん支持」9人(民主党7人、共和党2人)、「中間」21人(民主党15人、共和党6人)、「たぶん反対」13人(共和党10人、民主党3人)、「反対」22人(共和党22人)となっている。ここでいう「中間」を「条件付き容認派」と位置づけることもでき、気候変動法案の法制化で重要な役割を果たすと考えられる。(ただし、調査時の「支持」にはエドワード・ケネディ議員が入っているためその逝去後の数字は33人になる)。
 「中間」というのは、法案の条件によって投票行動を変えうる議員たちである。現上院でも議席を持っている比較的議員経験の長い有力議員が多い。民主党ではオハイオ選出ブラウン議員、ウェストバージニア選出ロックフェラー議員、ミシガン州選出スタベナ議員、モンタナ州選出テスター議員ら、共和党には、大統領選挙でオバマと戦ったマケイン議員、エネルギー天然資源委員共和党側トップマコウスキー議員らである。マケイン候補は自身も気候変動法案を提出したことがあるので、原子力の支援などが盛り込まれるなど彼の主張が認められれば賛成投票をするということになる。「中間」にいる民主党議員は15人であった(現在もほぼ同じ傾向)。これらの議員は法案化に際しては、アメリカ経済への影響への十分な配慮、アメリカの製造業の雇用の保護と国際競争力の強化、農業と林業の役割の十分な認識 などを求めている。したがって、法案の通過にあたっては20人前後の「中間」派、特に15人前後の民主党「中間」派の動向は大変重要である。
 「中間」派巻き込みのためには、筆者は先に述べた2008年6月6日民主党中間派10人の書簡(前述)で示された条件――コスト抑制・経済への影響緩和措置など――への手当てが重要だと考える。しかし、これまでのところこれらの点については、キャップ&トレードの導入に際して条件として満たすことは不可能であることがさまざまな指摘で明らかになっている。
 さらに、条約の批准権限を持っている上院で批准するためには、3分の2の67票が必要となる。この点、エドワード・ケネディーの上院議員逝去の2010年1月のマサチューセッツ州補選で伝統的に二議席を確保してきた民主党が敗退、共和党が1議席を奪いとった。これは当時のオバマ大統領の医療保険改革への批判票として実現したインパクトのある出来事として受け止められた。民主党後退を印象づける結果ともなった。また、民主党が維持してきた議事妨害を排除できる安定的多数の60議席を割り込むことにもなった。こうした上院勢力図の変化は米国が気候変動条約を批准するということを一層困難なものとした。

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