エネルギー基本計画に原子力をどう位置づけるか
原案の重要ポイントと解決すべき三つの課題


国際環境経済研究所前所長

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(「ダイヤモンド・オンライン」からの転載)

揺れ続けた原子力政策
計画策定で決着つくか

 エネルギー基本計画改定に向けての議論が進んでいる。

 福島第一原発事故直後から原発に反対する世論が盛り上がり、脱原発・再生可能エネルギーによる代替をエネルギー政策の柱として主張する有識者や政治家が急増した。その間、菅直人元総理が法的根拠なく中部電力浜岡原子力発電所の停止を要請したり、他の原子力発電所についてもストレステストを要請したりするなど、「法律による行政の原理」が破られ、原子力政策や原子力規制行政は混乱した。

 2012年9月には、「革新的エネルギー・環境戦略」が取りまとめられたが、2030年代の原発稼働ゼロを目指すと同時に、鳩山元総理の2020年温室効果ガス25%削減目標を放棄することが出来なかったために、現実的な火力代替を認めえず、再生可能エネルギーの導入割合が非現実的なまでに高い計画となった。そのため、「柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」とする文書を閣議決定し、戦略そのものの閣議決定は見送るという異例の扱いとなった。

 そのうえ、核燃料サイクル政策は放棄する方向で調整が進んだため、米国や青森県が強い憂慮や反発を示し、最終的には核燃料サイクル政策は維持の方向にはなったものの、関係者に強い不信感を植え付けてしまった。

 こうした混乱を脱して、自公政権としてのエネルギー戦略を打ち立て、これまでの振り子のように揺れた政策論議に一応の決着をつけることを目的としているのが、今次エネルギー基本計画の見直しプロセスだと言えよう。ただ、安倍政権になっても、原子力に慎重な公明党との連立政権であり、原子力問題についての方針は未だに不鮮明なままだ。

温暖化問題の国際交渉が山場へ
原子力発電には再び焦点が当たる

 エネルギー基本計画の原案は、経済産業省の総合資源エネルギー調査会という審議会から、政府が閣議決定すべき同基本計画の内容に対する「意見」を述べるという形を取って、昨年末に示された。この基本計画原案は、エネルギー政策の本筋らしく、原子力だけではなくすべてのエネルギー源にも目を行き届かせ、それぞれの長所・短所を評価するとともに、それらの活用方針の方向性を打ち出したものになっている。

 今回の原案では、原子力規制委員会の再稼働に対する判断が未だ見えないため、エネルギーミックスの数値的な目標は打ち出していない。しかし、今年秋から来年にかけて、地球温暖化問題に関する国際交渉が山場を迎えることが予想されるため、温室効果ガス(特にエネルギー起源のCO2)についての将来目標を国内的にも固めておく必要が出てくることから、今回閣議決定される計画に示された方針のもとに、今後数値的な議論も進められることは間違いない。

 その際には、発電時にCO2を出さないため、これまで地球温暖化対策の切り札と考えられてきた原子力発電ついて、再び焦点が当たることになろう。

計画に記された
原子力関連のポイント

 まず、「意見」の形を取ったエネルギー基本計画原案のなかで、原子力はどのように扱われているかを見てみよう。原案のさまざまな場所で原子力関連の記述がなされているが、そのうち重要なポイントを挙げると以下のようになる(下線は筆者)。

*  *

(一次エネルギーとしての原子力の)位置付け

 燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる準国産エネルギー源として、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に引き続き活用していく、エネルギー需給構造の安定性を支える基盤となる重要なベース電源である。

政策の方向性

 原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる。その方針の下で、我が国のエネルギー制約を考慮し、安定供給、コスト低減、温暖化対策、安全確保のために必要な技術・人材の維持の観点から、必要とされる規模を十分に見極めて、その規模を確保する。

 安全性を全てに優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げる前提の下、独立した原子力規制委員会によって世界で最も厳しい水準の新規制基準の下で安全性が確認された原子力発電所については、再稼動を進める。

(中略)

 さらに、原子力利用に伴い確実に発生する使用済核燃料は、世界共通の悩みであり、将来世代に先送りしないよう、現世代の責任として、その対策を着実に進めることが不可欠である。」

(中略)

核燃料サイクル政策の着実な推進

 我が国は、ウラン資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減等の観点から、使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム等を有効利用する核燃料サイクルの推進を基本的方針としている。

(中略)

 核燃料サイクルについて、これまでの経緯等も十分に考慮し、関係自治体や国際社会の理解を得つつ、引き続き着実に推進する。

 こうした核燃料サイクルに関する諸課題は、短期的に解決するものではなく、中長期的な対応を必要とする。また、技術の動向、エネルギー需給、国際情勢等の様々な不確実性に対応する必要があることから、政策・対応の柔軟性を高めることが重要である。特に、今後の原子力発電所の稼動量とその見通し、これを踏まえた核燃料の需要量や使用済燃料の発生量等と密接に関係していることから、こうした要素を総合的に勘案して進める。」

*  *

予想される政府と世論の脱原発の声
最終決定で原案はどう修正されるか

 こうした原案に対して、予想されたとおり、政治プロセスに時間がかかっていると言われている。自民党のなかにも原子力発電の活用や核燃料サイクル政策についての反対論が存在するほか、特に公明党はそのマニフェストから見ても、原子力にはより慎重だ。

 またパブリックコメントでも脱原発についての意見は多数寄せられるだろう。そのうえ、ここ最近急に浮上したのが、都知事選における争点としての脱原発である。こうした政治的な背景を抱えるなか、最終的に政府で決定される内容が、この原案(特に上記の下線部分)とどのように異なった表現になるのかが注目されるところである。

 具体的には、次のような点が重要だ。

(1)
原子力の位置づけとして「エネルギー需給構造を支える基盤となる重要なベース電源」というなかで、審議会の最後の方で挿入された「基盤となる」という表現が残るか、それとも削除又はより弱い表現となるか

(2)
「原発依存度については……可能な限り低減させる。」という表現のなかで「可能な限り」という表現が残るかどうか

(3)
「必要とされる規模を十分に見極めて、その規模を確保する。」という表現は、リプレースや新設を含意するとして、その表現が弱められるかどうか。その理由としての「技術・人材の維持の観点から」という点が維持されるかどうか

(4)
核燃料サイクル政策についての必要性や表現ぶりについて、原案が維持されるかどうか(ここでは省略したが、高速増殖炉原型炉の「もんじゅ」についての取り扱いも焦点の一つ)

原子力維持に原案は不十分
解決すべき三つの課題

 エネルギー政策や地球温暖化対策上の、原子力の必要性に関する筆者の認識については、上記の原案とほぼ同じだ。

 だが、技術や人材を今後とも維持し、原子力事業を継続していくためには、次に述べるような3つの課題を解決することが必須であり、そのためには、より政治的な後押しが必要となることを考えれば、現状の原案に含まれる内容だけでは不十分である。

 しかし、上記のような政治情勢のなかでは、この原案以上に原子力に対するコミットメントを強めることは不可能だろう。仮に、上に掲げた注目の各点で原案よりも後退する形で閣議決定に至るとすれば、今後原子力を持続可能なエネルギー源として維持していくことは極めて困難になると思われる。

 原子力事業を今後とも維持可能としていくために解決すべき三つの課題とは次のとおりだ。

(1)電力システム改革のなかでの原子力の位置づけを明確にする

 電力システム改革の目指すところである市場自由化のなかでは、総括原価主義による料金規制や電力債の一般担保廃止、地域独占の撤廃など、固定資産投資が大きい原子力は特に厳しい状況に置かれることが予想される。

 こうした状況のなかで、原子力は再生可能エネルギーと同様、国策として「公益電源」と位置づけ政策支援の対象にするか、あるいは、火力発電などと同様、市場における「競争電源」と位置づけ、支援策を講じるにしても他電源との関係で市場を歪める程度ができるだけ小さな、市場親和性の高い補完的なものにとどめるべきかを明確化する必要がある。

(2)民間主導でリプレースを進める

 エネルギー政策のなかで原子力を重要なエネルギー源として位置づけるならば、原子力技術や人材を維持していかなくてはならない。そのために必要なことは、技術の改善向上のために必須となる「現場」を確保しなければならない。

 即ち「リプレース(中長期的には新設を含む)」を進める必要があるのだ。そのため、原子力事業に関するさまざまなリスクについて、これをカバーする方策を検討する必要があるが、その文脈において原子力損害賠償法のあり方や原子力事業に関するリスクを国がバックアップする手法を検討することが重要である。

(3)政府主導で原子力バックエンド問題を解決する

 核燃料サイクル政策については、民主党政権下で大きく揺らいだ国内外の信認を早急に回復する必要がある。そのためには、これまで実施主体や意思決定の最終責任の帰属先がバラバラだった原子力バックエンド政策・事業の遂行について、統合的な取り組みを着実に進めていくことが極めて重要である。

 これまでは原子力バックエンド政策を総合的に検討していく役割を担っていた原子力委員会の機能が縮減されるなか、それに代わる組織を政府部内に立ち上げなければ、国の原子力バックエンド政策の企画立案と実施に関する責任の所在が曖昧化されたままとなってしまう。「政策」が成り行きによって行われることとなれば、政府のバックエンド政策についての信頼感が、ますます失われてしまうことになりかねない。

 こうした問題を解決するために、原子力バックエンド政策の企画立案についての司令塔的役割と実施の最終責任を担う組織として、内閣(官房又は府)に原子力バックエンド政策本部のような組織を立ち上げ、さらには、廃炉から最終処分までのそれぞれのバックエンド関連事業進捗のペースや規模を調整する目的をもつ官民合同の組織体を設立することも検討しなければならない。

原子力のメリットがどう国民に
還元されるかを再認識すべき

 自公政権になって、特に原子力の扱いを中心に、従前の官民一体となった原子力推進政策が戻ってくると期待した向きも多かった。しかし、実際にはそれほど旧に復してはいないのはこれまで述べた通りだ。

 その理由はさまざまであろうが、それほど原子力政策についての政治的な支持が構造的に変化し、希薄化しているからではないだろうか。その原因としては、次のようなことが考えられる。

(1)
原子力発電に反対する世論が長期化・定着化していること。事故後2年半以上が経っても汚染水問題等の解決が不安視されていることもあり、このような世論に変化が見られないこと。そのうえ、選挙の度に原子力政策を争点としようとする候補者が後をたたず、世論の関心も高水準が続いていること。

(2)
1950年代の原子力発電導入当初に存在した原子力技術に対する期待感や先進性のイメージは徐々に薄れつつあったが、東電福島原発事故によって完全に喪失したこと。事故後の情報発信の混乱や不足もあって、国民は、事業者はもちろん国に対しても不信感を抱いていること。

(3)
オイルショックの記憶が風化し、エネルギーの量的確保の必要性の認識が薄れていること。長い経済停滞により「低廉豊富」なエネルギー供給源としての原子力発電の必要性が認識されにくくなっていること。

(4)
こうした世論の変化を受け、2013年7月の参議院議員選挙では自・公が大勝したものの、その原子力政策が支持された訳ではないとの見方があること。

(5)
自民党の新人議員はもちろん、中堅議員においても、原子力黎明期のように、深く原子力政策に関与した経験を持つ政治家が少なくなったこと。また、行政機関のなかでも、原子力政策の必要性について強く認識する時代を経験した世代が去りつつあり、原子力政策との関わりの出発点が東電福島原発事故となる層が増えていくと予想されること。

(6)
連立パートナーの公明党は、再稼働には一定程度の理解を示しているものの、新設・リプレースについては反対しており、原子力よりも再生可能エネルギーを政策の優先課題としていること。

(7)
上記のような原因が複合して、東電福島原発事故以降は、原子力が日本の国益・国力(及び地域振興)にとって「特別に」必要なものとの政治的確認が正式な形ではなされていないこと。

 このように政治的支持が風化してしまっているといってもよい状況のなかで、原子力事業の維持・継続のための政策を採っていくためには、原子力が「日本にとって特別に重要である」ことに関する政治的・行政的再確認が必要となっていると言ってもよいだろう。

 ある種の使命感を感じて原子力事業を推進しようとする政治家・官僚・事業者が少なくなっていくことが懸念される現在、将来にわたって原子力技術や人材を維持していくことのメリットが、国民に対してどういう道筋をたどって還元されていくのかという根本的な問題について、エネルギー基本計画の策定を契機として、今こそ広く議論されるべき時期が来ているのではないだろうか。