電気料金高騰に悩む英国が下した決断

福島事故を検討したうえで25年ぶり原発新設


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2013年12月号からの転載)

 英国で長年、エネルギー・環境政策の立案に関わり、日本のエネルギー事情にも詳しい元英国議会科学技術局事務局長でケンブリッジ大学クレアホール終身メンバー、デビッド・R・コープ氏(67)がこの秋来日し、忙しいスケジュールの合間を縫って小誌のインタビューに応じてくれた。迷走する日本のエネルギー政策に対する見解や、原子力発電所の新設を決断した英国のエネルギー政策の最新動向をうかがうとともに、気候変動問題とどう向き合えばいいのかを聞いた。インタビューの模様は12月号と1月号に掲載。本号ではまず、日英のエネルギー政策についての話を取り上げる。

(インタビュアー・国際環境経済研究所理事 竹内純子)

David R. Cope(デビッド・R・コープ)
元英国議会科学技術局事務局長
(ケンブリッジ大学クレアホール終身メンバー)
1946 年6 月7日生まれ。ケンブリッジ大学卒、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了。国際エネルギー機関(IEA)環境課長、ケンブリッジ大学経済・環境開発環境所所長、英国中央電力庁環境開発諮問委員会メンバー、同志社大学教授などを歴任した。1998 ~2012 年まで英国議会科学技術局事務局長を務め、議会の科学技術関係の政策立案をサポートした。環境・エネルギー分野で日英間の交流促進に貢献した功績が認められ、2012年に旭日小綬章を受章。

―― 福島原発事故が起きて以降、日本のエネルギー政策は迷走しました。こうした状況をどのように見ていますか

 「福島事故以降、日本の政治には不安定性がありました。これは一つには政権交代があったことが影響していると思います。エネルギー政策を含めて、政策全般が不透明になってしまいました。これはある意味、避けられなかったことだと思います。しかしその混乱が尾を引き原子力発電所の再稼働が出来ず、化石燃料の輸入に莫大なコストがかかっています。年間約300億ユーロ(3.8兆円)もの燃料代が消費者の負担になるわけですので、これは長期的に見て全く持続可能とは言えないと思います」

―― 電気料金の上昇はどのような影響を与えるとお考えですか

 「1990年代当時、日本の電気料金は欧州と比べてずっと高い水準にありました。それを徐々に低下させ、やっと今の料金水準になってきたと聞いています。高い電気料金は家計にも影響を与えますが、とりわけ産業界への打撃が心配です」

―― 英国では電気料金が高騰していて、2003 年と比べ180% にもなると聞いています。消費者への影響は

 「電気料金の高騰は英国でも議論の的で、“ エネルギー貧困” という言葉も頻繁に聞かれます。電気料金が高騰して家計の大きな負担となり、電力会社に電気を止められる家庭も多い。主な原因は(火力発電所の燃料でもある)天然ガスなどの輸入価格が高騰していることです」

―― 英国のように冬の寒さが厳しい国では、“エネルギー貧困”は命に関わります。政治に対しどのような声が出ていますか

 「どの政党も電気料金を下げるための様々な政策を提案し、政界で優位に立とうとしている状況です。ただ、電気料金高騰の要因の3分の2くらいは国際的なエネルギー価格の高騰によるものです。残り3分の1は英国政府が国内で課している税金によるもので、エネルギー保全のための税金や環境税と呼ばれているものがあります。そのなかにはFIT(Feed-in Tariff= 再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度)も含まれます」
 「国際的なエネルギー価格高騰に対して英国政府が打てる手はほとんどありませんが、税金は国内で解決できる問題です。ここ数カ月、環境税は正当化されるものかという論調が高まっており、クリスマスまでに、環境税を引き下げる決定がなされるだろうと私はみています」

―― これだけエネルギー価格が高騰すると、省エネへのモチベーションも高いのではないでしょうか

 「確かにそうですが、英国政府は馬鹿げた失敗もしてしまいました。電力会社などに、エネルギー節約のためにお金を使うことを指示したのですが、事業者は最も安価でできる対応として、消費者の自宅に、エネルギー効率が良いとされる電球を送りました。この施策では、消費者が電球をちゃんと使っているかチェックする義務はなく、単に消費者に配ったことを示せばよかった。私の家にも2、3回、電球入りの小包が届きましたが、周りの人たちも含めて使っていません。その電球を必要としていないからです。これはお金の無駄遣いで馬鹿げた政策でした。日本はこのようなことをしてはダメです」

―― 化石燃料価格の高騰に英国政府はどのように対処しようとしているのですか

 「実は英国では、電力市場の自由化以降、原子力発電所の新規開発がありませんでした。今後、高経年原子炉の閉鎖のほか、EU の環境規制によって火力発電所の多くも閉鎖される予定であるため、全体的に供給力不足になることや、全電源に占める原子力の割合が下がっていくことが予想されています。電気料金を安価に抑えるためにも、エネルギーセキュリティの観点からも、原子力発電は維持しなければならない。そのため英国政府は一つの決断をしました」

―― 英国政府は供給力の確保と電気料金抑制、温暖化対策を目的に原発新設の支援に乗り出しました。詳しく教えていただけますか

 「英国南西部における原発新設計画の発表が10月に行われました。英国にとって重要になってくるのは、欧州委員会による国家補助金の審査です。EU(欧州連合)では域内の企業や商品の競争を歪曲させないため、加盟国が実施している国家補助金を欧州委員会で審査していて、次世代原発プロジェクトへの補助金も審査対象になっています。ただ、ブリュッセルのEU 本部にいる官僚たちには、英国の計画を止める勇気はないと思いますので、原発新設は計画通り進むとみています」
※フランス電力公社(EDF)は10 月21日、イングランド南西部のヒンクリー・ポイントに新たな原子力発電所を建設することで英国政府と合意したと発表した。総工費160億ポンドで、仏アレバ社が設計した欧州加圧水型原子炉(EPR)2基を建設する。

―― 原子力事業への支援策を具体的に教えていただけますか

 「具体的には、FIT-CfD(Feed in Tariff-Contract for Difference)という制度により、太陽光や風力などの再生可能エネルギー、そして原子力は低炭素電源として投資を活性化しなければならないとして、一定期間一定の価格を保証するものです。投資回収に必要な長期的な予想価格(strike price)と電力の市場価格の差額が、再エネについては15年、原子力については35年保証されます。strike priceは、洋上風力は155ポンド/MWh、陸上風力は100ポンド/MWh、大規模太陽光は125ポンド/MWhであり、原子力についてはつい数日前(10 月21日)に政府とEDFとの交渉合意が発表され、92.5ポンド/MWhとなったそうです」

―― EU本部は計画を止める勇気はないという部分を、もう少し説明していただけますか

 「今、英国がEU から脱退するのではないかという観測が出ています。EU 本部による英国への干渉が過剰ではないかとの指摘があり、それが脱退観測につながっています。このような状況にあるのに、EU 本部があえて英国の原発新設計画を止めるような動きをするとは思えません」

―― ドイツとは全く逆に、英国政府は原発開発を進める方向に舵を切ったわけですね

 「その通りです。原発はベースロード(基幹電源)としての特徴が生かせるため、推進していくことになりました。これは非常に興味深い動きだと私は考えています」

―― 日立製作所も英国での原子力事業に乗り出しました

 「今回決定した南西部の新設計画には、EDF のほか中国企業なども参画しています。また、今回の計画とは別に、日立製作所主導のコンソーシアムが計画している『ホライズン・プロジェクト』があります。ここも原発新設計画を提案してくるでしょうから、2014 年中には今回発表された分と合わせ計3基の計画が固まってくるとみています。残念ながら英国企業の力で原発を建設する力は、今はもうないのかもしれません」

―― 北海の石油や天然ガスが枯渇しつつあるという話を聞きます。このことと原発開発とは関係がありますか

 「英国内の石油、天然ガスの埋蔵量が減ってきていることは(原発開発の判断に)それほど影響していないと考えます。といいますのも、英国は友好国であるノルウェーから石油や天然ガスを輸入していますが、彼ら(ノルウェー)の埋蔵量は減少していません。ノルウェーは人口約500万人の国ですが、英国に石油や天然ガスを売ることによって世界でも裕福な国となっています。英国はこれからも、ノルウェーを頼って石油、天然ガスを輸入することになりますので、英国内の埋蔵量減少はそれほど影響しないとみています。しかし、先ほどからお話ししている通り、原子力技術を維持することは様々な面で非常に重要です。英国では2023年までにほとんどの原発が高経年化を理由に停止予定であるため、発電所の新規建設が急がれているのです」

―― 英国の各政党は原発に対してどのような立場をとっていますか

 「英国では今、政治的に非常に興味深い現象が起きています。現与党の保守党は、圧倒的に原発を支持してきました。これに対し、野党の労働党は、常に原発支持派と反対派に割れていました。労働党内には核兵器に反対する集団がいまして、彼らは核兵器に反対なので原発にも反対という立場をとっていました。非論理的なことで、核兵器と原発を混同してしまっているわけです。一方で、同じ労働党内には、労働組合を支持母体とする集団があります。労働組合は原発推進の立場をとっていますので、彼ら(労働組合を支持母体とする集団)も原発を支持しています。近年、労働党の中の原発反対派の声は弱まってきています。党内に、原発を推進することが経済的利益につながるという認識が広がってきたためです」

 「このほか、英国には自由民主党という政党があります。彼らはもっとも環境に配慮した政策を提唱してきました。自民党は地方の村落部に票を持っていて、村落部では原発への反発が強いため、結果的に彼らも原発に強く反対してきました。ところが、今年になって状況が大きく変わります。英国の王立協会(科学アカデミー)などが原発は必要だと指摘する中、2010 年の総選挙ですべての政党が(下院で)過半数を獲得できず、その結果、保守党と自民党が連立政権を組むことになりました。自民党は連立政権に加わった後も原発新設に反対してきましたが、これは経済的に非合理的です。そして自民党は今年9月に年次総会を開き、投票により原発反対の姿勢を転換することを決めました。自民党は勢力的には小さな政党ですが、連立政権の一員として一定の権力を持った重要な政党です。保守、自民、労働の3党すべてが原発を支持する立場になりました。これは政治的状況の大きな変化です。英国国民の原子力に対する支持率も、福島事故後いったん下落しましたが、今は事故前より高い支持率になっています」

―― 原発は大規模な投資を必要とするので、長期的視野に基づく政治の判断がなければ導入できません。3政党とも原発は必要という方向性で一致したのですか

 「はい、その通りです。原発は初期投資にかなりのコストがかかるということがポイントになります」

―― 日本が福島第一原発事故を乗り越えていくためのアドバイスをいただけますか

 「福島事故は非常にひどい災害で、廃炉や環境への影響を減らすことだけでも巨額のお金がかかります。しかし、日本の将来に大きな影響を与えることはないのではないでしょうか。といいますのも、この事故は福島第一原発に固有なものだったと考えるからです。津波の大きさは異例のものでしたし、福島第一原発は設計に弱点があり、非常に古い原発でした。他の原発にはないような、これらの要因が組み合わさって起きたのが福島事故ですので、技術的観点からみれば、事故は日本の今後の原子力の平和利用に影響を与えるものではないでしょう。英国でも福島事故について研究・検討し、詳細な報告書も作成されています。報告書の結論はこうです。福島事故は非常にひどい災害で悲劇だった。英国も日本に対して出来るかぎりの支援をしなくてはいけない。ただ、この事故が英国の将来の原発利用に何か影響を与えることはない」
 「日本が福島事故に対応するための技術を開発すれば、例えばロボット技術などですが、他のことに転用できるというメリットもあります。開発された技術は原子力分野にかぎらず、幅広い市場で用途が見つかる可能性があります。技術を開発したからといってかかるコストをすべて賄えるわけではありませんが、何らかのメリットは享受できるのではないかと思います」

インタビューを終えて
 コープ博士は日本と深い縁でつながっています。東日本大震災が起きた2011年3 月11日は東京・六本木で会議をしていたそうで、「会議の議長が避難した方がいいというので、駐車場に逃げました。本当に大きな地震でした」と振り返っていました。今回の来日では三陸海岸も視察しています。
 昨年11月には、環境・エネルギー分野での日英交流に貢献したとして日本の旭日小綬章を受章。小誌のインタビューは多忙なスケジュールの合間を縫って10月23日に行われましたが、インタビュー前には安倍晋三首相と面談していたそうです。
 これも縁なのか、コープ博士の夫人は実は日本人なのです。夫人はTBSを退社後、BBC(英国放送協会)に勤めていたのですが、エネルギー・環境政策についてコープ博士をインタビューしたのがきっかけで知り合い、ゴールインしたそうです。

(本誌編集長 本田賢一)

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