原子力問題を総合的に解決する事業環境整備法策定を


国際環境経済研究所前所長

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原子力問題の総合的解決の提案

 これらの諸問題を総合的に解決する政策パッケージを提案したい。そしてそれを構成する関連法改正事項や新規措置を束ね、「原子力事業環境整備法案」のような形で結実させて、原子力に対する国としてのコミットメントを政治的・行政的に再確認することが重要だ。

 さらに原子力は大きな固定資産投資を必要とすることから、長期的な視点に立った計画に基づいて政策を進めていかなければならず、その策定主体が政府部内に存在していなければならない。現行制度の下ではそれは原子力委員会の役割だが、今後同委員会が縮減の方向で検討されるのであれば、同委員会に代わる行政責任組織を構築することが必要だ。

 提案する政策パッケージを一つの図にまとめると図2の通りである(東京電力の取扱いは別途検討が必要であり、図の東電関連部分記載は問題の構図上の位置づけを表しているにすぎないことに注意。また本稿では紙幅の関係上、触れられていない部分もある)。

 第一の要素は、民間主導で高経年炉のリプレース(新設を含む)を進めることだ。原子力技術を維持保有していくためには、技術の継承を確実に行うための人材育成が必要になる。また、原子力発電所の建設現場で実際に建設作業に携わることによって得られるノウハウや知識は、今後国内の原子力発電所における安全性向上に繋げていくために必須だ。原子力の国際事業展開も、技術の切磋琢磨の観点から積極的に推進すべきである。

 商業炉である限り、リプレースは民間資金によるべきだ。しかし、一方で自由化が進む場合、資金調達は困難化することは右に見たとおりである。電力会社が原子力を自らの経営構造の中でどう位置づけ、どの程度の投資を、どういう資金調達で行っていくのかを経営判断しなければならない。

 その判断を可能にするため、原子力は国策として「公益電源」として政策支援の対象にするか、あるいは、火力発電などと同様、市場における「競争電源」として位置づけるかを、政府が明確にする必要がある。その際、例えば、リプレース分や政策的意義が大きいものは公益電源、既存分は競争電源という区別もありうるだろう。

 まず、原子力を今後とも国策の「公益電源」として位置づける場合には、廃止される総括原価主義による料金規制の代替手段として、(1)国(又は同等の信用力を持った公的機関)による債務保証、(2)引取価格保証(温暖化対策として、英国で類例)、(3)送配電会社又は卸電力取引所が、希望する電力会社の原発による発電電力の一定量を常時調達する契約を結ぶことなどが考えられる。

 次に原子力を新たに「競争電源」として位置づける場合には、安全規制を含む諸規制の変更に伴って回収できなくなった逸失利益を資産として計上し、その償却費用(stranded cost)を託送料金から回収する仕組みを用意する必要がある。

 さらに、今後発送電分離議論が進む中で、法的分離下での持ち株会社やグループ各社の資金管理や資金調達の制度設計が決まってくるにしたがって、原子力事業の再編を余儀なくされるケースもあろう(図2では「中長期的経営オプション」と表示)。

 こうした事業再編が余儀なくされる場合には、政府としては事業再編に必要な資金の供与(出資、債務保証等)、税制措置(登録免許税の減免等)、上記stranded costの取扱方針の明確化、独占禁止法上の措置(適用除外、要件明確化、審査迅速化等)、安全規制上の認可状態の継承その他関連法規の許認可迅速化などを検討する必要がある。

国主導で解決すべきバックエンド問題

 原子力発電を維持・継続していく上での最大の阻害要因になっているバックエンド問題については、使用済み燃料の処理や廃炉以降最終処分に至るまで、国がより主体的な責任を持って政策遂行の役割を担う必要がある。そのための統合的な政策を企画立案する行政組織として原子力委員会に代わるバックエンド政策本部を内閣の直轄組織として設置する。

 さらに、この原子力バックエンド政策本部が決定する基本方針にしたがって、官民の事業進捗のペースや規模を調整するメカニズムとして、(ア)特認法人又は特殊会社「原子力バックエンド機構」を設立するオプション(例えば国が3分の2、電力会社が3分の1を出資する恒常的組織として設立。政策の継続性や責任の所在が明確)、(イ)「原子力バックエンド事業調整官民合同協議会」等の緩い官民連合体を設立するオプション(中間貯蔵や再処理は現在民間の事業であり、急激な変化による混乱を回避)が想定される。

 バックエンド事業は相当長い期間(少なくとも100年以上)存続可能な事業体が担うことが必要になるため、当初は前述(イ)のオプションから始まることになったにしても、中長期的には(ア)のオプションへと移行させていくことが適当である。すなわち、一つの主体が廃炉、中間貯蔵、再処理、放射性廃棄物の最終処分及び横断的研究事業全体をその傘下に統合し、実行責任を統一的に担っていくのである。

 その際、費用を最小化するとともに事業を効果的に実施する等の観点から、英国のNDA(Nuclear Decommissioning Authority)のモデルなどを参考とし、事業戦略の意思決定は機構、事業実施は民間へのアウトソーシングによることを基本とする。

 福島第一原発の事故炉の廃炉についてはその実施体制について別途検討が必要(当面は東電を主体とすべき)だが、福島第一原発以外の商業炉やこれまで国の機関(原研や動燃など)が設置してきた炉についても、いずれすべて廃炉という課題に直面する。こうした「古き遺産」の処理を原子力バックエンド機構の役割として有償で引き受けることが重要な視点になってくる。

 これらの処理費用のうち廃炉技術全体の向上に資するものについては、エネルギー対策特別会計からの公費投入を行うなど、長期間にわたる廃炉事業を効率的・効果的に実施していく仕組みを構築する必要がある。さらに、廃炉作業完了時に除染した土地を売却することにより、一連の処理に要した公費の一部を取り戻すための制度的措置を講じることを検討すべきである。