誤解を招く里山生活でのエネルギーの自給

藻谷浩介、NHK 広島取材班 著『里山資本主義―日本経済は「安心の原理」で動く』


東京工業大学名誉教授

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バイオマス以外の再生可能エネルギー利用のスマートシテイは里山とは無縁である

 日本全体のエネルギー需要を考えるとき、やがて枯渇する化石燃料に何時までも依存することができないことは明らかである。そこで出てきたのが再生可能エネルギー(再エネ)の利用である。太陽光や風力、さらには中小水力や、地熱、バイオマスなどによる電力生産が、再エネ利用の対象となっている。しかし、現状では、これらの再エネ電力の生産コストは、安価な石炭を用いた火力発電のコストに較べて大幅に高くなる。そこで、考え出されたのが、上記のバイオマス発電について述べたFIT制度である。昨年7月に施行されたこのFIT制度を利用して、太陽光発電を主体とする再エネ発電が、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる形で進められている。その中に、里山でのバイオマス発電も含まれるが、里山での電力需要が、このバイオマス発電により到底賄えないことは上記した通りである。
 したがって、里山資本主義社会での電力自給のためには、里山においても、発電量に変動の多い太陽光や風力などの再エネ電力を地域社会において効率よく使うためのスマートシテイの構想を取り入れるべきだとして、本書の第5章で、「スマートシテイが目指すコミュニテイ復活」として、かなりの紙数を費やしている。このスマートシテイの電力供給システムでは、例えば、自家用の電気自動車の蓄電池を使うなど、IT 技術を駆使して、コミュニテイにおける電力需要と供給のバランスを取ること(スマートグリッド)が想定されている。さらに、この「スマートシテイ」のシステムを次世代産業の最先端技術とみなすことが、里山資本主義の志向と「驚くほど一致」としているが、果たして、そうであろうか?
 スマートシテイの構想は、地産の再エネとして発電量変動の大きい太陽光や風力発電が主体として用いられる場合に適用される。しかし、日本の再エネとして、量的に、また経済性を考慮して、国内需要を満たせるのは、風力だけと考えてよい(文献5 )。しかし、その風力では、その生産地が北海道や東北地方、九州などの需要地からの離れた所にある。したがって、電力変動の調整は、主として、現状の電力事業者の仕事となる。また、もし、再エネ電力を地域社会の地産エネルギーとして利用する場合でも、現在、その利用・普及のために使われているFIT 制度で広く国民の経済的負担で、それを進めることは、地産・地消で里山資本主義の精神に反する。どう考えても、本書にあるように、「スマートシテイ」技術が、「数年後には、数十兆円から100兆円規模の世界規模の市場をもつ」とは考えられないし、地産・地消の原則を基礎とする里山資本主義の志向とは、「驚くほどの一致」どころか、全く相容れないものと考えるべきである。

里山資本主義の「里山」と「資本主義」とは?

 最後に、本書の題名としている「里山」と「資本主義」の用語についての私の違和感について触れたい。先ず、「里山」については、いま、生物多様性の保持のための里山の役割などと、環境学者や、メデイアが盛んに騒ぎ立てるが、肝心の林業白書(文献4 )には、どこを探しても、この里山林の面積が記載されていない。林野庁は、つい最近まで、森林の機能区分として「森林の人との共生林」として、全森林面積の13 % を割り当てていたが、2010 年の林業再生プランのなかでは、この機能区分は廃止された。本書で言う「里山」とは、かつての薪炭材の供給としての里山とは違って、木材を生産できる森林を抱えた地方都市を漠然と指していて、他に、適当な用語が見当たらないので「里山」としているのではないかと考える。
 もう一つ「資本主義」について、本書では、「マネー資本主義」と「資本主義」を区別して使っているが、私の理解では、現在のマネー万能の経済的な利益の追求が「資本主義」で、「マネー資本主義」と同義と考える。いま、世界の経済を支配してきたこの資本主義が破綻をきたしつつある(文献6 )。このマネー万能を離れ、物々交換や地域マネーの導入などで、田舎暮らしの生活のなかに新しい経済の考え方を導入しようとするのが、本書の「里山資本主義」である。私も、基本的には、この考えには賛成であるが、用語として、何か違和感を持たざるを得ない。もっと、適切な表現がないものだろうかと考える。

<引用文献>
 
1.
藻谷浩介、NHK 広島取材班:里山資本主義―日本経済は「安心の原理」で動く、角川oneテーマ21
2.
日本エネルギー経済研究所編:「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2012年版」、省エネルギーセンター、2013 年
3.
久保田宏、中村元、松田智:林業の創生と震災からの復興、日本林業調査会、2013 年
4.
林野庁:森林・林業白書、平成24 年版、2012 年
5.
久保田宏:科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年
6.
水野和夫、川島博之編:世界史の中の資本主義、エネルギー、食料、国家はどうなるか、東洋経済新報社、2013

『里山資本主義-日本経済は「安心の原理」で動く』 
著者:藻谷 浩介、NHK広島取材班 (角川書店)
ISBN-10: 4041105129
ISBN-13: 978-4041105122

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