福島第一原発汚染水漏れ対策について
安倍首相の言う「コントロールされた状況」をつくるには


東京工業大学名誉教授

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 いま、福島第一原発の汚染水漏れが大きな注目を集めている。ことの発端は、原発敷地内汚染水貯留用地上タンクからの水漏れ事故であったが、その後、地下タンクからの水漏れも発見、さらに7月には、汚染された地下水が海に流出していることが判明、これが国際問題にまで発展した。この問題が、東京へのオリンピックの誘致に影響することを恐れた安倍首相は、開催地を決めるIOC総会の場で、この福島第一原発の汚染水漏れの問題について「状況はコントロールされている」、「汚染水は原発敷地港湾内0.3 (km)2 の範囲内で完全にブロックされている」と発表した。この首相発言に対し、世論は「コントロールされているとは思わない」が76 % を占めるとのアンケート調査の結果も報道されている(朝日新聞 10/7)。しかし、一般の人には、この放射性物質を含む汚染水の海洋流出について、「コントロールされた状況」とはどういう状況なのか、また、どうすれば、そのような状況をつくることができるのかが判っていないままに、無責任に(と言っては失礼かもしれないが)、このようなアンケート調査が行われ、また、その回答が寄せられていると言ってよい。
 ここでは、国際問題にまで発展してしまったこの重大な問題について、かつて水環境問題の研究に携わった者の一人として、私見を述べるとともに、国際世論を納得させることのできるような「コントロールされた状況」をつくるための提言を行う。ただし、一浪人の身として、ここで採り上げた情報は、主として、最近の新聞(私の場合は朝日新聞)の報道記事に限定されていることを許して頂きたい。

放射性物質の海洋放流法定基準から見た福島の汚染水漏れの現状

 いま、福島第一原発敷地内の汚染水漏れが国際的な社会問題にまで発展しているのは、当初、問題になった汚染水貯留用地上タンクから漏れたと同様の汚染水が、地下水に混入して海にまで流出していることが明らかになったからである。メルトダウンして原子炉格納容器内底部に落下した熔融核燃料を発生源とする放射性汚染物質が、敷地内下部の地下水流に混入して、敷地東部の港湾内に流れ込み、その海水中濃度を表 1 に示す放射性物質の放流法定基準値の程度にまで上昇させた。

表1 放射性汚染物質の海洋放流法定基準、単位; Bg/ℓ (文献 1 から引用)

セシウム 134 セシウム137 ストロンチウム トリチウム
60 90 30 60,000

 実は、この汚染地下水の敷地東部港湾内への流入は、事故後まもなくから予見されていたし、実際に始まっていた。東電も、この汚染地下水の港湾内流入を防ぐための遮水板を港湾岸壁に設置するなどしてきたが、汚染地下水の流入を止められなかったため、港湾内海水の放射能汚染物資濃度は徐々に上がって行ったと考えられる。しかし、その濃度上昇が比較的緩やかであったのは、次のような理由によると考えられる。
 いま、この港湾内を海水の完全混合を仮定した体積 V = 3×106 m3 (港湾面積 0.3 (km)2 に、水深 10 mを仮定 )の水槽として、そこへ汚染地下水が流量 F = 800 m3/日=0.292×106 m3/年(正確な把握は困難なはず)、汚染物質濃度 Coで流入すると仮定すると、この港湾水槽内の汚染物質濃度 C = 0.1 Coに達するまでの時間は、2.3 年と計算される(化学工学の基礎的な問題で、計算法は省略)。実際には、港湾開口部を通しての潮の満ち干による港湾内と外海との間の海水の交換があるので、港湾内の汚染物質濃度の上昇は、これより大幅に遅れるであろう。
 実際の港湾内の最近の測定値を表2 に示した。トリチウムについては分析が非常に困難であるために測定が行われていない。

表2  福島第一原発敷地東部の港湾内部、外部、及び沖合の海水中放射性物質濃度の観測値。放射性物質濃度単位; Bq/ℓ (朝日新聞 9/20 から)

セシウム 134 セシウム 137 ストロンチウム
港湾内部(海岸に近い地下水流入の影響を受けやすい地点)
   Ⓐ地点上層 (9/15) 22 47 320
   同地点下層 (9/15) 11 23 190
   Ⓑ地点 (9/9) 27 66 400
   Ⓒ地点 (9/16) ND 3.7 24
港湾開口部 Ⓓ地点 (9/9) ND ND ND
港湾外北部海岸付近 Ⓔ地点 (9/9) ND ND ND
沖合1 km Ⓕ 地点 (9/11) ND ND ND
港湾外南部海岸付近 Ⓖ地点 (9/11) ND ND ND

 表2に示した港湾内外の海水中の放射性物質濃度の観測値を、表1に示した放流法定基準濃度の値と比較すると、港湾内海岸に近い地点での観測値として、セシウムは基準値以下に保たれているが、ストロンチウムでは、観測地点による変動が大きいが、基準値の10倍程度になっている。しかし、表1 の放流基準の適用箇所を、港湾内海水が外海に流出する港湾開口部とみなせば、そこでの放射性物質濃度の観測値は、検出限界以下(ND)となっているので、港湾外の海水中の測定値が全てND となっていることと合わせて、現状では放射性汚染物質は、「港湾内の0.3 (km)2の範囲内にブロックされており」、表1 の放流基準に照らしても、何とか「コントローされた状況にある」と見なすことができる。
 ただし、港湾開口部においては、一日2回の潮の満ち干に応じて、外海との間で海水が出入りしているので、港湾内に蓄積された放射性汚染物質の一部が外海に流出していることは事実である。しかも、上記したように、港湾内の放射性汚染物資の濃度がゆっくりとではあるが上昇するから、放射性汚染物資の外海への流出量も次第に増加する。したがって、完全に「コントロールされた状況」をつくるためには、何としても、港湾内に流入する地下水中の汚染物質濃度をできる限り低減しなければならない。政府も、このような地下水中の汚染物質濃度を削減するための具体策の実行を計画している。この対策が実効をあげることができてはじめて、国際社会からも認めてもらえる「(完全に)コントロールされた状況」が実現できる。

地下水中のへの汚染物質の混入を防止する具体策について

 問題の放射性汚染物質の主要な発生源は、メルトダウンを起こした熔融核燃料で、福島原発1~3号機の原子炉格納容器の底部にある。この建屋内の原子炉格納容器へ送り込まれた循環冷却水に溶解した水溶性放射性汚染物質が、原子炉格納容器底部から、あるいは、冷却水の排出用トレンチや地下貯水槽から漏出して、地下水を高濃度で汚染し、それが地下水流に乗って港湾内に流出していると考えられる。一方、地下貯水槽から汲み出された汚染水は、敷地内に設置された地上タンク内に貯留されていているが、現在、汚染水処理設備の能力の不足から、その貯留タンクが増設される一方で、この大量の貯水タンクの構造上の欠陥から、汚染水が敷地内に漏れて雨水とともに地下に浸透し、地下水汚染の一因になっているようである。しかし、これは、汚染物質の絶対量としては余り大きくないし、タンクからの漏れを防止することで制御可能である。
 したがって、主要汚染源の原子炉建屋内からの汚染物質の地下水中への流出を防止することが、海洋汚染防止対策の主体となる。その具体的な方法としては、原発敷地山側から海に向かって流れている地下水流が原子炉格納容器底部に入り込まないように建屋部分敷地全体を地下水流から遮断するための遮水壁を設置する方法がとられるべきである。いま、この遮水壁をつくるための工法として「凍土壁」の工法が選ばれようとしている。しかし、この工法で、果たして原子炉下部の熔融核燃料の地下水からの完全な遮断ができるどうかとの懸念も寄せられているようである。
 いずれにしろ、この熔融核燃料の地下水からの遮断の方法について、首相が「責任を持った対応をとる」と言い切った以上は、国内の技術者の全ての叡智を集めて、将来に禍根を残さない対策が採られるべきである。世界中が注目しているこの対策に、失敗は絶対にゆるされないことを肝に銘じて欲しい。

貯まり続ける未処理の汚染水

 汚染水漏れの問題の発端は、はじめにも述べたように、処理できない汚染水を貯留する地上部の貯水タンクが原発敷地内に増え続け、その一部からの漏水が発見されたことであった。原子炉建屋部分からの汚染物質の流出を完全に防ぐことができれば、処理を必要とする汚染水の汲み上げ量が低減することも期待できるが、いま、難航しているのは、海外から導入した汚染水処理設備がまともに稼働しないことである。とにかく、全力でその稼働率を上げることが必要だが、実は、もう一つの大きな問題がある。それは、この処理水中のトリチウムの存在である。政府の汚染水処理対策委員会は、新たに必要な対策として、この「トリチウムの除去」も入れている。しかし、通常の水と化学的性質が変わらないトリチウムを含む水を大量の処理水(通常の水)の中からトリチウムを分離・除去することは技術的に不可能である。したがって、その除去が必要条件とされる場合には、この汚染処理対策は半永久に終焉しないことになる。
 このトリチウム問題の唯一の可能な解決方法は、トリチウムを含む処理水を港湾内に導き、これを港湾内海水とともに、表1 に示す放流基準濃度以下にあるとして海洋放流することを漁業関係者に納得して貰うことである。姑息な手段と言われるかもしれないが、トリチウムは、他の放射能汚染物質と違って、生物濃縮されることが無いので、海水により十分希釈された状態では、その放射能汚染被害のリスクが小さいとして、表1に示した基準値(他の放射性物質の1000倍近い濃度)で放流することが国際的にも認められている。

国際的な基準での監視について

 大きな国際問題に発展してしまったこの汚染水漏れの問題について、IAEA(国際原子力機関)は、4月についで今秋に2度目の調査団の派遣を予定しており、天野之弥IAEA事務局長は、海洋汚染についての「国際的な標準に従った監視」の必要性を強調している。今回の原発事故に伴う海洋の放射能汚染は、世界で初めてのことで、何が国際的な標準になるのかは明らかでないが、天野氏は、海洋汚染のモニタリングについて、海洋の観測点の採り方や深さにも国際的な標準に従うことを要求している。福島第一原発の場合、上記したように、汚染水の放流口が海岸を離れた港湾出口にあるので、海洋中に設けられた現状の観測点での汚染物資の濃度は、大量に存在する海水の希釈作用により、今後とも検出限界以下に保たれることが十分期待できる。しかし、現在だけでなく、汚染水漏れ対策が進んでも、放射能汚染物質の港湾を通しての海洋流出は確実に継続する。
 したがって、上記したように、陸上の汚染水対策を進めることで、港湾内への汚染物質の流入を削減するとともに、その効果を確認するために、港湾内の汚染物質濃度をモニターする方法が採られるべきと考える。すなわち、港湾内汚染物質濃度の値を、先ず国際的な放流水の法定基準以下にし、さらに、それを最小化する努力を継続することで、国際社会での「コントロールされた状況」と認めてもらう以外に方法がない。

<引用文献>
 1.青木一三: 福島原発汚染水処理と廃炉(ウエブサイト2013/9/4、改訂2013/9/24)

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