オバマ政権の環境・エネルギー政策(その1)

はじめに


環境政策アナリスト

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 オバマ大統領は2012年の再選に向けた大統領選挙を有利に展開することができた。米国の多くの州は大統領選において伝統的に民主党の強い州と共和党が強い州にはっきりと色分けされる。それ以外のいわゆるスウィングステーツと呼ばれる選挙ごとに候補者次第で投票結果の異なる州がある。フロリダ、オハイオ、ペンシルバニア、ヴァージニア、アイオワ、ミシガンなどの州である。周知のとおり、米国では過半数を得た党が「大統領選挙人」の全部の票を獲得するので大統領選挙人が多く割り当てられたスウィングステーツの動向はきわめて重要である。2012年の大統領選挙がどうしてオバマ大統領にとって有利だったかはオバマ大統領が中西部出身(イリノイ州)であることから同じ中西部の特に大票田のオハイオ州を制することが予想されたからである。実際そのとおりとなったらが、さらに同じく大きなスウィングステーツのフロリダ・ヴァージニアの両州を得ることができ、大差をつけて共和党ミット・ロムニー大統領候補に勝利することができた(大統領選挙人獲得数オバマ大統領332、ロムニー候補206)。ちなみに2000年の大統領選挙でブッシュ大統領が僅差でゴア大統領候補を破ったのも大激戦となったスウィングステートであるフロリダ州をブッシュ大統領が世紀の僅差で勝ったことも記憶に新しい。
 大統領候補がスウィングステーツ(そのものまたは周辺)から出ていることは重要である。中西部出身の候補を選ぶこと、あるいはもっと端的に言えばオハイオ州を制することができること、が民主党にとって「勝利の方程式」となることが今度の大統領選は示したと言える。クリントン前国務長官も生まれはイリノイ州で高校卒業までイリノイで過ごしている。彼女が民主党の候補となった場合、再び民主党に大スウィングステートを獲得する可能性は強くなる。さらにヒスパニック人口の全国規模での増大など将来の人口動態を考慮するとその移住に前向きである民主党が再び有利に動くことは想像に難くない。フランクリン・ルーズベルト大統領、トルーマン大統領の20年間に続く匹敵する16年の民主党時代が米国政治史に登場する可能性も考えられる。他方、共和党の大統領が登場するケースを考えてみると長い民主党政権に倦んだ国民がなにかしらのカリスマ性を共和党候補に見出す場合である。それ自体は日本や英国と異なり、米国はどちらの党も中央の統制が弱く、草の根的に地域の選好がベースとなることからありことではあるが、とは言っても共和党がヒスパニックにどのように歩み寄るか、あるいは北東部で一時隆盛をみたティーパーティーは、2012年インディアナで中道派で長い議会経歴をもつルーガー前上院議員を指名から落とすという組織力を見せたが、どこまで全米展開するか、まだ具体的姿が見通せない。現の情勢から鑑みるとルーズベルト時代に匹敵する民主党の長期政権となると考えた方が蓋然性があるように思える。そういう意味においてオバマ大統領は幸運の流れに乗っていると言えよう。
 もうひとつのオバマ大統領の幸運は言うまでもなくシェールガス革命であろう。この点はまた別の機会にも述べるが、今就任直後から生産が本格化した。それは決して政権の政策が功を奏したわけではない。むしろ2005年エネルギー法によって本当に小さな条項であるが、水圧破砕法を連邦の規制を受けないと規定したことにも明らかなように、民間の長年による技術革新が実を結んだということに注目しなくてはならない。エネルギー政策がないところで革命が生まれた、それがオバマ政権にとっては大変心地よいに違いない。マルサスの人口論がハーバー・ボッシュ法の開発による固定窒素の生産が可能になることによって否定されたということと同じように「成長の限界」論が「限界」を迎えたというくらいのマグニチュードを認めなければならないかもしれない。米国経済が貿易収支を改善し、エネルギー安全保障上の懸念も緩和し、タイトオイルの生産増を促し、近くサウジアラビアを超える原油生産量になる(エネルギー情報局)との見通しはこれまでいくつかの政権が多大の努力をしてもできなかったことを、特段の政策的後押しをしないままに実現するかもしれないということはオバマ大統領の幸運というべきだろう。(ただし、LNG輸出ということになると必ずしも楽観視はできないことは後で述べる。)
 本報告は日本での米国ウォッチャーを対象とすることを念頭において書いた。その意味ではやや詳細に過ぎた点もあるかもしれない。また、日本からみたエネルギー輸入の可能性などといった問いには直接答えるような論考ではない。しかし、米国の環境・エネルギーを米国サイドの視点から見ていくことによって日本へのインプリケーションがにじみ出てくるであろうと期待している。そのために、今後の米国の行く末に新しい展開をみせることになったオバマ大統領のエネルギー・環境政策をその第一期の前から遡ることにより、今後を考える視座を提供することを本論の目的としたいと思う。 

ノーベル平和賞受賞を受け声明を発表したオバマ大統領(2009年10月9日)
ホワイトハウスホームページより

オバマ政権が始まるまで

 2004年からの4年間、つまり2期目のブッシュ政権時代を筆者はワシントンで過ごした。ブッシュ政権の米国は、当初こそ穏健な伝統的な保守主義(リバタリアン主義)に立脚していたものの、次第にディック・チェイニー副大統領を中心にしたネオコン主義者が力を得、ユニラテラリズム(単独行動主義)を標榜していった。そしてイラク戦争をはじめとした力による外交政策によって、国際関係が年々緊張していった。そんな中で、ブッシュ支持の多かった中西部の保守主義者は、ワシントンでよくあるようなにイラク戦争の批判をすると、とても悲しい顔をした。彼らは日々、イラク戦争で犠牲になった若者の葬儀を目の当たりにしていたのだ。国民はイラク戦争に疲れていた。
 経済状態も悪化した。戦費がかさむ一方で、ブッシュ政権はイラク戦争を起こす前の第一期から金融市場至上主義ともいえる経済政策に固執していた。規制緩和をすれば経済は上向くという神話を信じ、経済活動の多くを、金融市場に依存する姿勢を貫いた。それに先立つエンロン事件、そして続いて起きたワールドコム事件は金融本市場の信頼を貶めるには充分であった。これに伴って発生したアーサー・アンダーセン監査法人問題も立法府を企業監査改革へと駆り立てた。その成果のひとつがサーベンス・オックスリー(SOX)法であることは周知の通りである。
 しかし、同時に金融市場そのものの改革に対しても多くの議論が惹起され、金融市場が充分透明でないとして改革の必要性があちこちで提起された。その主旨は「アメリカという魅力ある市場が世界の資本流入を独占してきたが、EUがそれに挑戦し、中国も登場している。金融市場の改革を行わなければ米国そのものの信用度に影響が出る」という、極めて深刻な叫びともいえるものであったが、結局、金融市場改革には手付かず仕舞いだった。その裏には、後に明るみになったサブプライムローン問題のリスクの程度が予測できないという事実が横たわっていた。2008 年、それはリーマンショックとして現実のものとなった。しかも米国の金融市場の問題は、リーマン・ブラザーズ1社の破綻にとどまらず、未曾有の金融危機を迎えることになる。
 こうした中でオバマ政権は誕生した。温暖化の国際会議でもみられたように、米国はブッシュ政権時代のユニラテラリズムから国際協調重視へと変わったが、共和党支持者でもオバマ大統領の取り組みに一定の評価をしている人は多い。金融危機後の米国経済は相変わらず深刻であるが、第一期のオバマ大統領は矢継ぎ早にさまざまな重要案件を打ち出した。医療保険改革、気候変動、上記で述べた金融市場改革などである。オバマ大統領には守りと攻めが常に同居しているように見える。第一期目で、その徹底振りには疑問をもつ向きもあると思うが、一応医療保険改革は済ませている。金融市場改革も一応の成果を示したが、十分とはいえないであろう。気候変動も国連重視で交渉を目指しているが、他の政策と同様に下院は野党共和党が引き続き過半数を有する議会との関係の中で妥協をしながら現実的にことを処することに最初から余儀なくされている。

2004年大統領選で登場したオバマ

 筆者が印象に強く残っているのは2004年7月ボストンで開催された民主党の党大会である。ジョン・ケリー上院議員(当時)を民主党の大統領候補として決定する公式な手続きでもあるこの会議の冒頭、イリノイ州議会の上院議員にすぎなかったオバマ氏が登場し、ケリー候補支援演説を行った。全米的にはほとんど無名の、連邦上院議員候補のひとりが、全米注目の民主党の檜舞台で演説をする。しかも、その清新さはケリー候補に勝っていた。「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系のアメリカも、アジア系のアメリカもなく、ただ一つ、アメリカ合衆国があるだけだ(There is not a Black America and a White America and Latino America and Asian America — there’s the United States of America.)」と力強く説くその姿は、多くの人の目に焼きついたはずである。
 そしてケリー候補がブッシュ大統領(現職)に一敗地にまみれ、ブッシュ大統領政権(二期目)の後、2008年大統領選挙に際し、ヒラリー・クリントン候補を破り、オバマ氏は民主党の候補となった。一方の共和党はマケイン候補を選出した。マケイン候補というと、連邦上院で1987年から議員を務めるベテランである。しかし、その政策は「Lone Wolf(一匹狼)」というあだ名に表れているように、いわゆる共和党の中軸ではなかったが、ベトナム戦争の生き残りとして確固として定見をもっていた。安全保障・外交ではタカ派、しかし、自身の経験もあってか捕虜虐待が公になったときにはこれを激しく批判している。
 また、共和党では少数派の環境積極派である。民主党(当時)のジョゼフ・リーバーマン上院議員(コネチカット州)と共同提出したキャップ&トレードを中心とするマケイン・リーバーマン法案は、その後のリーバーマン・ウォーナー法案として引き継がれた。彼は地球環境問題の解決のためには原子力では不可欠であると繰り返し議会で証言している。
 もし、2008年大統領選挙がイラクなどの安全保障を中心とする大統領選挙になっていたら、マケイン候補の支持はもっと集まったであろう。リーマンショックはオバマ大統領候補に重荷を背負わせることになったが、逆にこれが彼を大統領にさせるひとつの誘引となったことは否定できない。 

気候変動国際交渉に対する対応の変化

 2009年4月、ドイツのボンで行われた国連の気候変動枠組み条約に基づく特別作業部会※。米オバマ政権の気候変動問題担当特使として初めて登場したトッド・スターン氏と主席交渉官のジョナサン・パーシング氏は、颯爽としていた。
 彼らは終始、会議を積極的にリードしたのははもちろん、民間からの参加者に、何度も説明の機会を用意し、発言に耳を傾けた。また、議長が2009年8月のボンでの作業部会を非公開にしようと提案したときも、民間参加者にも開かれるべきだと強く主張し、実現してくれた。また米国交渉団は参加していない京都議定書における特別作業部会でも発言を求めるなどの意欲的な姿勢を見せた。その前のブッシュ政権時代での交渉での姿とはだいぶ違った印象を受けた。
 オバマ政権が送り込んできたスターン氏とパーシング氏の積極的な姿勢は、米国が地球温暖化問題の主役に帰ってきたことを世界にアピールすることになった。
 ちなみに筆者は、パーシング氏が世界資源研究所(WRI)にいるときに何度か訪れたとき、彼はWRIの前に国際エネルギー機関(IEA)にいたこともあって欧州連合(EU) 域内排出量取引制度(EU-ETS)の情勢にも大変詳しく、強い信念をもってキャップ&トレードを擁護していた。パーシング氏の地球環境問題に関する主張にぶれはなかった。その活躍ぶりが米政権内部の人々に信頼と安心感を与えたであろうことは想像に難くない。
 この主張は当時の国内におけるオバマ大統領の議会で環境政策を形成したいという強い思いと連動していた。これはその前のブッシュ大統領の路線、すなわち国連プロセスではなにも決まらない、もし地球環境政策を前進させたいのなら、国連とは離れたプロセスを別途設置し、そこを実質的な交渉の場とするべきである、とする考えとは異質なものであったといえよう。

米新政権の特使が気候変動枠組み条約の特別作業部会に颯爽と現れた
(左:2009年4月ドイツ・ボンの作業部会 筆者撮影 / 右:スターン氏)

現実的なオバマの現実的な原子力政策

 新大統領は2009年1月20日の就任直後から次々と政策を打ち出している。危機に陥っている米国経済を立て直す手段として注目されているのは、グリーン・ニューディール政策だ。再生可能エネルギーや省エネルギーを産業に育て上げ、道路や橋、エネルギーインフラを建て直す。それにより経済の復興とエネルギーの独立を目指すことが狙いであることは、周知のとおりだろう。温暖化防止法案の議論に着手するなど、地球温暖化問題についても積極的な姿勢を見せる。
 一方、ブッシュ政権で強化された原子力発電については、オバマ大統領は多くを語らない。2009年の予算教書では使用済み原子燃料の処分場であるユッカマウンテン計画の見直し方針を打ち出した。オバマ大統領は原子力発電に否定的ではないかとの声も聞かれる。
 しかしオバマ大統領は決して原子力発電を否定してはいない。むしろ冷静に現実路線を歩もうとしていると筆者には見える。オバマ大統領は、2012年の再選において盛んに「All of the above」(どの既存のエネルギー源も安全保障のために活用するべき)という主張を言い出している。これはどのエネルギーも総動員するべきであってどれかひとつに偏るべきではない、とする考えであり、日本がずっと主張しきている「ベストミックス」の考えとあい通じるものがある。原子力をどうみるかというのは明確にオバマ大統領の肉声と聞こえることは少ないが、第二期においてエネルギー省長官にマサチューセッツ工科大学のアーネスト・モニーツ教授を起用したことは原子力に対して前任のスティーブン・チュー長官以上に前向きあることを示している。
 それぞれ横に縦にお互いに関わりあっている米国のエネルギー・環境政策であるが、これを紐解いて解説するため、以下に、オバマ政権のエネルギー・環境政策を個別にみていきたい。

※ 条約の下での長期的協力の行動のための特別作業部会第5回会合(AWG-LCA5)及び
京都議定書の下での附属書 I 国の更なる約束に関する特別作業部会第7回会合(AWG-KP7)

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